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やまだ
2026-01-20 19:41:58
2294文字
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羅小黑戦記
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2021.02.22 師弟と羅兄妹
なんとなくシャオバイの前でムゲンに甘えるのは気が引けたのだ。
本当は久しぶりに顔を合わせたムゲンに飛びつきたかったし、猫になってぐいぐいと額を押しつけたい。
すっかり詳しくなったこの村や裏山を案内して回りたかった。
それをシャオヘイはぐっと我慢していたというのに、おじいちゃんの晩酌に長々と付きあったあげくムゲンは今度は庭先でアゲンと何か話を始めてしまった。シャオヘイだって話したいことがたくさんあるのに、なんでアゲンなのだろう。崩れた石垣に並んで腰かけている大小の影が恨めしい。
「ちえっ。師匠のばーか」
窓枠に顎を置いたまま舌打ちする。揺れる尻尾で床をぴしぴし叩くのをやめられない。
「シャオヘイはあっちに行かないの?」
にゅっと隣に現れたシャオバイの顔が、シャオヘイと同じように窓枠に乗った。いつも楽しげによく動く目が、下唇を突き出したシャオヘイを不思議そうに見ている。
「行かない。たぶんぼくが行っても師匠は怒らないけど、困るから」
「どうして?」
「困らない話だったら、師匠もアゲンも家の中で喋ってるよ」
「そっかぁ。そうかもねえ」
ぬるい風が皇先を掠めていく。風から香る蒸れた土の匂いはシャオヘイにとっていつも懐かしく、好ましい。
シャオヘイが目だけで左を見ると、シャオバイも目だけで右を向いた。同じ格好で視線を合わせて小さく笑う。その声までもぴたりと揃って、もやもやが少し軽くなる。
そのままシャオバイとしばらく睨めっこで遊んでいたら、やっと庭の人影がひとつゆらっと動いた。小さなほうだ。家を振り向いて大きく手を振る。
「シャオバイ! おいで、川に蛍がたくさんいるよ!」
「わあ、今行く!」
ぱあっと笑ったシャオバイは、玄関に回る時間も惜しんで勢いよく窓枠に膝をかけた。一瞬で体をぐうっと半分外に押し出して、庭へ飛び降りる直前でまるい目がシャオヘイを振り返る。
「シャオヘイとムゲンさんも行く?」
「うん。あとからついて行く」
「わかった! すぐ来てね」
にっこり笑って窓を乗り越えて行ったシャオバイを見送って、シャオヘイは小走りで玄関に向かう。緊急時以外は人間の生活様式に従って過ごしなさい、と、まだ小さかったころ師に教わった。
その師がいつも通り後ろ手を組み、いつも通りの微笑みを浮かべ、玄関の前でシャオヘイを待っている。
「師匠」
「おまえも話に混ざりに来ると思ったのに」
「よく言うよ!」
ムゲンの背を尻尾でぴしゃんとやる。軽く笑う声の横に並ぶと安心してしまうのは、もうシャオヘイの習性のようなものだった。
隣でゆらゆらする手を捕まえると当たり前に握り返してもらえる。ふざけて寄りかかってもムゲンの歩みはびくともしない。
「暑くないのか?」
「暑いよ。でもいいじゃん」
シャオバイにはこんなことできないし、アゲンにするつもりもない。
それは、なんだか違うのだ。
想像するだけで左右履き違えた靴のような、裏と表をひっくり返して着た服のような、ちぐはぐな感じがする。それにあんまり格好よくない。
「背が伸びたんじゃないか?」
ふいに話しかけられて瞬いた。仰向くとムゲンの顔があり、そこまでの距離はシャオヘイには変わっていないように映る。
「ええ? そうかな」
「肩の位置が高くなった。前は私の肘のあたりだったろう」
「そんなの覚えてるんだ、師匠」
「覚えてるさ」
ふっと笑うムゲンはいつもこうだ。シャオヘイの術の練度が上がったときよりも、背が伸びたり手足が大きくなったことに嬉しそうにする。
それがシャオヘイにはいつまで経っても不服で、そして不服以上にこそばゆいのだった。近づいてくる川のせせらぎに笑声を混ぜこんだ。もう胸のもやつきなど、ひとかけらだって残っていやしない。
「ぼく師匠に聞いてほしい話がいっぱいあるんだ」
「うん」
「あのね、相談したいこともある」
「相談?
……
何かあったのか?」
真剣な声だ。頼もしい。
「うん。
……
あのさ、
……
シャオファンって雄猫がぼくに発情しててさ、その
……
どうしたらいいと思う」
しばらく沈黙が落ちた。どこかの草の陰から虫の声がする。
「
……
そうか」
「
……
師匠さあ」
シャオヘイの吐露した深刻な悩みに対してムゲンが素早く横を向いたこと、ぐっと喉を鳴らして何かが口から漏れ出ないようこらえたことに、きりきりとまなじりを吊り上げる。前言撤回だ。ちっとも頼りにならない。
川辺からシャオバイとアゲンの屈託ない笑い声が届いていたが、その程度でムゲンの無礼を見逃すほどシャオヘイは甘くなかった。
「本当に笑いごとじゃないんだってば! 真面目に聞いてよね!」
「いや
……
そうだな、なんと言うか
……
凄いじゃないか。シャオヘイ」
「凄いって何がだよ! 師匠絶対に面白がってるじゃん! ちゃんと考えて!」
あくまでシャオヘイから視線を外そうとするムゲンに手足を総動員してしがみつく。ねえねえと繰り返しながら背中に乗りあげるとき、昔を思い出した。
しがみつく手の大きさが今の半分だったときから、ずうっとこの背中と笑い声がシャオヘイの帰る場所だ。
額を押しつける。
「あと。
……
あとさ。
……
師匠、ただいま」
シャオバイたちの手前、と格好をつけていたせいで、再会してから言いそびれていた一言だ。ようやく告げることができた。
うん、と呟くムゲンの声に微笑みが滲む。
「ただいま。シャオヘイ」
うん、と頷いて見上げた夜空には、蛍たちが星を追いやらんばかりにきらきらと舞い踊っている。
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