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浮き流し
2026-01-19 01:45:12
4946文字
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右松
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【期間限定web再録】おかえりがうれしい【沢松】
2/1松受けオンリーで頒布予定だった「手中に揺蕩う夜半の月」より1つ。
~~こちらのミスで頒布ができなかったため、期間限定ですが先行web再録していました
→再掲期間が過ぎたので非公開にいたします。ありがとうごさいました。
シチュガチャで出た「おかえり、が、うれしい」がテーマ。そしてちょうどお正月だったので沢松餅食べてぬくぬくしてもらいました。
1年沢北+2年松本
あんまり打ち解けてはない
関東でも大雪になるかもしれないから、と早く帰らさせられた。
最寄り駅から寮に来るまでは想像通り、雪がたくさん積もっていた。屋外の至る所にあるバスケコートで練習はできそうにない。かといって体育館は正月休み中、使用禁止だ。それなら家でテツとバスケしてた方がいいのに。
それに、息をするだけで肺が凍りそうなほど寒い。バス停からほんの数分歩くだけだというのに、冷気が痛みとなって突き刺さってくる。足元も最悪だ。ツルツルと凍った路面を慎重に歩く。
しかし寮から道路までの道はきれいなままだ。帰省の日からある程度増えてはいるものの、脅されたほどの積雪はないようだ。
下駄箱に靴を入れて部屋へ向かう。もっと寒いと思ったものの、意外と寮内は暖かい。冷えた体を震わせながら廊下を歩くと食堂から音が漏れ聞こえてくる。何人かの話し声と男女の笑い声。おそらくテレビの音だ。先に戻っている人が食堂にいるらしい。
「誰かいるんですか?」
食堂の中には扉から1番奥、ストーブの前に人いる。
「おお沢北。あけましておめでとう」
1月の最初にしかしない挨拶をされ、母さんとテツにしたきり使うことのなかった言葉を返す。
「あけましておめでとうございます。松本さん、早いですね」
「ウチは姉貴が受験でピリピリしてるんだよ。それに大雪だって言うし早く帰れって」
口では困るとは言うものの、松本さんはどこかのんびりとした雰囲気はをまとっている。なんというか、シュートメのような口うるさい感じはない。
「それにしてはなんか嬉しそうですけど」
「まあな。先輩も怖い姉貴もいないから羽伸ばそうかと思って」
なのにお前が帰ってくるんだからなと残念そうに言われ、複雑な気持ちになる。
3年の先輩よりマシではあるが、松本さんだってあまり絡みのない先輩だ。取っ付きにくいし、誰がいるのか知ってたら入らなかったのに。
「それはスミマセン」
まだ休みはあるのに広い部屋を使えないのは痛手ではあるが、小言を言われても面倒臭い。なにか言われる前に退散しようとすると、松本さんに引き止められる。
「帰ってきたなら仕方ない。腹減ってないか?」
「いえ? 特には」
寮に戻ってもご飯は出ないため、お昼は既に駅の近くで食べてきた。そう答えると、松本さんはそうかと呟く。
「ならオレだけだな」
松本さんがストーブの上に置いた四角いものを見て、思わずズルいという言葉が出る。
「え。餅食べるんですか!」
そういえばストーブには網が乗っている。先に言ってほしい。餅なら話は変わってくる。オレが声を張り上げると松本さんは苦笑する。
「だから聞いたんじゃねえか。食べるか?」
「食べます!」
松本さんから個包装の餅を貰い、オレの分もストーブの端の方に並べる。
形が膨むのを今か今かと見守っていると、調理場へ行った松本さんに呼ばれる。
「見てても早くはならねえぞ。お前も手伝え」
「スミマセン!」
松本さんに指示されてテーブルにお皿と醤油や砂糖、海苔を持っていく。餅をおかわりする気満々のため、量は多い方がいい。
再びストーブの前に戻り餅を確認する。高温に熱された餅は少しずつ踊りだし、側面の真ん中が小さく口を開ける。それを合図に松本さんが餅をひっくり返す。
使うのはわざわざ用意してきた菜箸だ。ということはオレが自分の分を取るときでも自分の箸は使ってはいけなくなる。大掃除のときに洗った網もさっき洗い直していたらしく絶対汚すなと言われた。こういうところが面倒臭いなと思う。
しかし餅には罪はない。網の上に所狭しと並べられた餅は、どれもこんがりとおいしそうな焼き色が付いている。
「おお~。おいしそうです!」
「きなこもいいんだが用意が面倒だからな」
そのまま食べられるよもぎ餅と悩んだんだけどと言う松本さんのチョイスはお年寄りみたいだ。オレの好みとしてはバターとあんこやチーズとケチャップの方がおいしいと思う。
焼きたての餅を持ってテーブルに戻る。
「やかん取ってくれ」
向かいに座った松本さんはコップを差し出す。「入れろ」の意味だ。
「ハイ」
「まだ熱いから気を付けろよ」
やかんは餅に定位置を譲ってから10分は経っているにも関わらず、しっかりと熱い。また、元々松本さんが1人で飲むつもりだったからか、大容量の見た目に反し中身は少なさそうだ。
「コレお湯ですか?」
先に松本さんへ、次に自分の分を注ぐ。透明だと思った中身は濃い茶色だ。明らかにお湯ではない液体が入ったコップからは湯気が立ち、視覚からも熱を伝える。
「お茶だ。味は保証できないけどな」
「すごい。作ったんですか?」
大概は寮母さんが用意してくれるものの人数が多く、またよく飲むためなくなってしまうことは少なくない。そんな時は手間と半分以上他人が消費する労力を考えて、手軽な水道を選ぶ。わざわざ自分でお茶を作る人はほとんどいないというのに。
「パックを入れただけだぞ」
松本さんは何事もないように言い、ズズッとお茶をすする。
マメなのはこういう時に役立つんだな。松本さんがオレより先に帰っていたことを嬉しく思う。
「あざっす。それでも嬉しいです」
しかしオレもお茶を飲もうと口に含んだ瞬間、噴き出してしまう。
「ちょっ、これ熱すぎませんか!?」
やかんを持った時点で熱いことは予想できたものの、想像の10倍は熱かった。口の表面にお茶が触れたこの一瞬で舌がヒリヒリと痛むし、上顎の表面がぺろんと剥けてしまった。多分これは確実にヤケドしている。
オレの口の中が大惨事になっているというのに、松本さんはこの殺人級に熱いお茶を普通に飲んでいた。汚ねえなと布巾を持ってきてオレに渡してはくるものの、特に熱そうな様子はない。
「そうか? ぬるいよりいいだろ」
松本さんがお茶を冷ましていたらもっと気を付けていた。普通にしているからちょっと熱いぐらいだと思ったというのに。
「熱いとかぬるいとかどころじゃないんですけど!!」
「大げさだな。
……
あ~、お前猫舌だっけ?」
「ヒ~
……
。苦手ではないですけど、熱いの飲むのは時間かかりますね」
「それが猫舌だろ」
「
……
舌がヒリヒリします
……
」
しばらく涙目で舌を扇ぐ。すると松本さんが山盛りの氷を持ってきてくれる。案外優しい。もしかしたら自分のせいだと少しは思っているのかもしれない。
「ありがとうございます
……
」
「多分冷やした方がいいんだろ? 餅食べれるか?」
あと2つ残っている餅を指して言われるが、もう餅どころではなくなってしまった。氷を熱々のお茶に2つ、1つを口に入れる。口の中はヤケドのヒリヒリと氷の角で刺激される痛みと冷たさで大変なことになる。
「食べてください
……
松本さんって、お茶までおじいさんなんですね」
ぽろっと口をついた感想に、松本さんは眉を歪める。
「お前
……
どういう意味だソレ」
「えっ違っ、濃くて熱すぎるお茶がおじいさんみたいって思っただけで松本さんがおじいさんみたいなんてそんなことは!」
「なにも違わねえじゃねえか」
そのあと松本さんはしばらくこっちを向いてくれなくなった。
ヒマになったオレは餅に集中している松本さんぼんやりと眺める。他の人に比べ松本さんの食べ終わりまでが遅いのは、1口は大きいくせによく噛んでいるからなんだなということを再発見する。
春の暑い日ようにぽかぽか少し暑いぐらいの温かさ。眠たくなるほどの穏やかな空気。ぼんやりと流し見するテレビの賑やかな声と正月特番らしい鮮やかな衣装。そしてたまに前から聞こえる「うまっ」というひとりごと。
気まずいと思っていた先輩の意外と人間らしい部分に触れて、こんな時間もいいなと思う。
氷を入れて若干ひんやりとしたお茶を少しずつ口に運んだり、たまに小さくなってきた氷を含んだりしていれば、舌の痛みも大分薄れてくる。
その間松本さんはせっせと餅を焼いては消費していき、最終的には餅1kgが入った大袋の残りはわずかになってしまった。
「松本さんの非常食、ありがとうございます。おいしかったです」
お腹はもう少し食べられると主張するものの、松本さんに感謝を伝える。先輩のものを食べ過ぎた気はするけれど、オレは途中退場だったし松本さんの方が断然多く食べていた。そもそもお腹がすいたときに食べる餅なんて1人で食べても大して残るとは思っていなかっただろう。その証拠に松本さんは呆れも怒りもしていない。
「あとで代わりのモンよこせよ?」
「はい」
「あとこれ。デザートに」
松本さんはテーブルの上に置いてあった白いレジ袋からみかんを取り出す。
「どうしたんですか? これ」
「実家帰ったら持って行けって」
松本さんは別に農家でもなんでもないのにわざわざ買ってきてさ。と愚痴る。
確かに松本さんはこの種類が好きだとか旬がどうとか、よくフルーツの話をしている気がする。まだ小腹はすいている上、大分マシになった舌の痛みよりも食べたい欲の方が大きい。
「オレん家だと、あんま食べないんで嬉しいです」
みかんもストーブで温めてから食べる。元のみかんもきっと甘いだろうけど、加熱するとより甘くなる。これも秋田へきてから教わったことだ。
「甘くておいしいです!」
「ならよかった」
そう言うと松本さんは口角を上げる。
ずっとオレのことを見ていたし、もしかして沁みないか心配してくれたのかな。
自分の分を食べ終わり、もう1つ。とみかんに手を伸ばすと松本さんに叱られる。「他の人の分も残しておけ」
「えー。でもみんなの分なくないですか?」
寮生の傾向として、学年が上がるにつれて人数が少なくなる。みかんの総数は最初の時点で寮生全学年分よりは少なかった。上の学年ほど地位が高いことを踏まえると、1年全員の分はない。
「ダメだ。2年3年の分ぐらいはある」
「え〜」
「ただ、そうだな。もし余ってたら持って行ってもいい」
「えっ! いいんですか?」
「ただし1コずつ。特別だぞ」
「へへっ。ありがとうございます!」
松本さんはふ~。と席に座ったまま両手を上げ伸びする。
「そういや沢北。ここ戻ってくるとき歩けたか?」
「まあまあ。凍ってたんで結構時間かかりました。けど道路から寮までは雪積もってなくてよかったです」
「ならよかった」
松本さんはそれだけ言うとストレッチの続きをする。家で体が鈍っているにしてはやたらと入念だし、労わるようにさすっている。
「もしかして、除雪してくれたとか
……
?」
「少しな。人が歩くところだけだけど」
「それでもありがたいです。めっちゃ歩きやすかったです!」
「夕方お前も手伝えよ」
「ハイ!
……
でも、なんかいいですね。こういうの」
「なにがだ?」
「オレ、早く帰らさせられてやだーって思ってたんですけど、なんかいつもと違う感じでいいなって思いました」
「先輩たちがいると窮屈だしな」
「それもあるんですけど、松本さんなんか優しいし」
「へえ? いつもは厳しいってか」
そう言うと松本さんは悪い顔をする。
これもやっぱりいつものオレにはしない表情だ。どちらかというと、部活以外や2年の比較的仲のいい人たちといるときにしている。雰囲気も、”松本先輩”をしていないときの雰囲気だ。
「そうじゃないんですけど、なんか丸いとかトゲトゲしてないとか」
自分でも言葉にできない感覚は当然、松本さんにも伝わらない。
「なんだそりゃ。まあ、ゆっくりできるのは今日明日ぐらいだろうからな。今のうちに好きなことしとけよ」
松本さんは立ち上がり使ったものを調理場へ持っていく。ドアノブに手をかけたところで一時停止し、オレを振り返る。
「そうだ忘れてた。沢北、おかえり」
それだけ言うと松本さんは洗面所へ向かうため扉を閉めてしまう。
最初食堂に入ったとき、いたのが松本さんでうわぁと思ったのに、認められたようで嬉しくなる。
その嬉しさを扉越しに元気よく返す。
「松本さん、ただいまです!」
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