A4
2026-01-18 21:14:50
4541文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

ビデオ屋とチャンピオンの話/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

A4が編集したアンソロジー「助手2号のお兄ちゃんのイトアキが読みたい!」の自分の掲載作品です。First Takeという話の前くらいを想定。


ここは新エリー都のヤヌス区、六分街。新エリー都の中でも最も住みやすい地区として常にランキング上位に入っています。規模こそ小さいですが、街の住民の心を掴み続けていますし、評判のいい店が軒を連ねるため、治安もよく、ここを訪れたいと思っている人は多いのです。
この新エリー都で映画を観たいなら、まずはRandomPlayをチェックしましょう。ビデオ屋は兄妹が営むレンタルショップです。ここで情報を仕入れてからルミナ・スクエアのグラビティに行って鑑賞するのが通なのだとか。
RandomPlayには様々なビデオを豊富に取りそろえています。さあ、さっそく中に入ってみましょう。……入り口に、誰か立っていますね。常連客でしょうか。ちょっと、六分街ではあまり見ない服装をしています。RandomPlayの隣にはカスタムショップがあるので、そこの客かもしれません。待ち時間に、ショーウインドウでものぞいているのかも。
ああ、こちらを見ています。気づかれるはずがないんですけれど。でも、サングラスの向こうからも認識されているのがわかる。
今日のところは退散するとしましょう。
賑やかな六分街、RandomPlayのドアを開ければ兄妹が出迎えてくれるはずです。

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ドアを開けると、兄妹の賑やかな声が出迎えてくれた。
「RandomPlayへようこそ」
「六分街一番のビデオ屋だよ」
「お兄ちゃんたら、控えめすぎる! 新エリー都で一番のビデオ屋なんだから」
「はは、今なら新規会員大歓迎だ」
「年会費が20パーセントオフだよ」
しかし、入ってきた人物の顔を見るやいなや、二人は笑顔を引っ込めた。
「なんだ、ライトさんか」
兄のアキラは肩をすくめると、カウンターから出てきた。
郊外からライトが街にやってくるのは、彼の所属するカリュドーンの子のおつかいくらいしかなかったが、近頃、それにもう一つ、用事が加わった。それがビデオのレンタルと返却である。
「滞納が一回もないのは優秀だ」
ライトからビデオを受け取り、アキラは再びカウンターの中に戻ると、端末を使って返却登録をした。
「何か借りて帰る? 新しい入荷はないんだけれど」
アキラの問いかけに、ライトは首を横に振る。
「あいにく、何がいいかさっぱりわかってない」
「うーん、おすすめしたのは全部借りてくれたしね……
「僕のはあまり好みではないみたいだし」
「そんなことはない。あの、『私たちのあるべき姿』はよかった」
「本当に? それはかなり嬉しい」
アキラの表情が明るくなる。
「そうだ、お兄ちゃん、一緒に仕入れに行ってきたら? 連絡来てたでしょ」
「今日は君の回だったと思ったけれど」
「せっかくライトさんが来たんだもん、遊びついでに行っておいでよ」
「なら、そうしようかな」
アキラはライトの顔を見る。
「ライトさんはどうかな?」
「荷物持ちくらいならいくらでも」
「おや、高くつきそうだ」
「あんたたちから金は取らないさ」
アキラはバックヤードで準備を済ませると、店内に戻った。
リンが午前中に返却のあったビデオを棚にしまっている。ライトの姿は見えない。
「ライトさんは?」
「外にいるよ。ごゆっくり」
「君の好きなものもチョイスしよう」
「期待してるね」
妹に送り出され、アキラが外に出ると、ライトは入り口の傍でたたずんでいた。六分街に全く不似合いな姿である。
「準備は済んだか?」
「うん。行こうか」
そうして、二人して歩き出した。

□■□■□

ビデオテープは磁気記録媒体のひとつである。PETシートに磁性体を塗って膜を作り、そこに情報を記録させるのだ。
かつて、ビデオテープのあとに光ディスクが登場し、一時はビデオテープを駆逐するかに思えたが、樹脂の円盤の表面に凹凸をつけ記録、読み取る記録媒体はホロウの侵蝕にめっぽう弱かった。そのため、特殊な研究機関をのぞいて、一般的に流通しているのはビデオであった。
危険なホロウと隣り合わせの日常では、とっつきやすい娯楽が必要となる。新エリー都では映画やテレビドラマなどのエンターテイメント産業が今もなお活発だった。そして、それらはビデオテープに記録された。
再生するためのビデオデッキも盛んに生産され、初任給で買うものリストには常に上位ランクインしている。が、ビデオテープそのものは大量生産ができておらず、かなり高価だった。人々にとって、ビデオはレンタルショップで借りるものだった。
そんな、新エリー都市民のささやかな楽しみを支えているのがビデオ屋RandomPlayである。もちろん、競合の店舗はあるのだが、ここを経営する兄妹のふたりは自分たちが一番の品揃えと自負していた。それに、なんでも取り扱うかわりに、それぞれのこだわりがあり、これも好事家たちには響いた。だが、一方で、カジュアルに楽しみたい層には店の喧伝が弱く、悩みの種でもあった。あまりにとがりすぎていると敬遠するものも出てくるのである。
アキラとリンは一緒に、あるいは代わる代わる、仕入れに出かけていた。一方が出向くときは己の好み全開で選んでいい。二人で一緒に選ぶときは喧嘩寸前まで意見を交わし、決める。どちらかの好みに合わせるときは、何か後ろめたいことがあるときか、埋め合わせのときだった。
今日はそのどちらでもなかったが、ライトがついてきているので、アキラはやや自我を抑えることにした。マニアの知識のひけらかしほど目の当てられないものはない。
ビデオの仕入れ先はまちまちだったが、今日はルミナ・スクエアにほど近い区画にある問屋に行った。
店に入ったライトは物珍しそうに棚を見る。ビデオ屋のように整然と並んではいない。作られた時期によって違うのか、ビデオのパッケージの高さがまちまちだった。また、ビデオが段ボール箱一杯にあふれかえっており、それがいくつも床に置かれているので、人の通る道すらない有様だった。
どこかほこりっぽい店内で、じっとアキラを観察する。
目当てのものがあったようで、アキラはぱっと顔を明るくしたのち、それを手に取ってまじまじと眺めていた。
しばらくして、アキラはハッと我に返った。
「ライトさん、ごめん。没頭していた。退屈だっただろう」
「いや?」
「あなたがビデオに興味あるようには、とても思えないんだけれど」
「心外だな。俺はあんたの妹のおすすめを全部観たぞ」
……それはすごい」
言葉とは裏腹に、アキラは眉をひそめた。
「彼女のおすすめはどれも痛快だろう。それに、バイオレンスでホラーもある。ライトさんはどれが好きだったのかな」
「言っただろ、『私たちのあるべき姿』だ」
「リンのおすすめタイトルにあったのかい? 本当に?」
実のところ、アキラはライトがRandomPlayで言ったことをあまり信用していなかった。ライトへの貸し出しに彼は一切関与しておらず、妹とどのようなやりとりを交わしていたのかも知らない。そのため、あのドキュメンタリーを口にしたのは、リンによる入れ知恵ではないかとも勘ぐっていた。
「ああ。プロキシはあんたの好きなやつだと言っていたぞ」
「なるほど。あれについては僕と彼女の見解は少し違っていて、いつも議論になるんだ。せめてディレクターズカット版が出てくれれば、僕の考えもわかってくれそうなんだけど」
「観たが、俺には議論はできんぞ」
「それは求めてないから安心してくれ。……でも、好きなんだ?」
「難しく考えなくていいからな。作り物の話は、どうしてそうなったかわからんところがあるだろう。その点、ドキュメンタリーはそのまま受け入れればいいだけだから、俺には合ってる。途中からぐっすり眠るにもぴったりだ」
ライトは淡々と自分の考えを述べていたが、最後の方はサングラスをくいっとあげて、口の端を上げた。
アキラはライトの表情の変化の意味がわからなかったが、彼の言ったことは面白いと思った。
「そのまま観るひとって、本当にいるんだなあ」
「含みのある言い方だな」
「素直にそう思っている。ある意味、純粋な鑑賞の仕方じゃないかな」
ライトはアキラから目をそらすと、ぶらぶらと店の中を歩き回り始めた。その様子は、大きな牧羊犬がゆったりとしたテンポで警戒しつつも気ままに散歩しているようでもある。
気になっていた旧作のいくつかと、ビデオになったばかりの新作(リンが絶賛していたもの)を選び、アキラはふと、ライトに呼びかけた。
「気になるものがあったら、お店に並べるよ」
ライトは片眉を上げた。手に10本ほどビデオテープを積んだ状態で、アキラがこちらを見ている。
ふむ、とライトは棚からビデオを手に取ってビデオテープのタワーの一番上に積んだ。
「ええ、これ?」
「あんたが最初に見て、戻したやつだな」
「これ、リンになんて言われるか……
「でも、気になるんだろう」
「ライトさんが観たいものを選ぶんだよ」
「俺はこれが面白いかどうかはどうだっていい。が、あんたの感想は聞いてみたい」
……変な人だ」
アキラは呆れてしまう。が、ここに長居をしてもしょうがないし、ライトの選んだものに文句などあろうはずもない。
寝ぼけた顔のシリオンの店主からビデオテープを買い取り、二人は帰路についた。

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ここは新エリー都のヤヌス区、六分街。新エリー都の中でも最も住みやすい地区として常にランキング上位に入っています。規模こそ小さいですが、街の住民の心を掴み続けていますし、評判のいい店が軒を連ねるため、治安もよく、ここを訪れたいと思っている人は多いのです。
この新エリー都で映画を観たいなら、まずはRandomPlayをチェックしましょう。ビデオ屋は兄妹が営むレンタルショップです。ここで情報を仕入れてからルミナ・スクエアのグラビティに行って鑑賞するのが通なのだとか。
どうやら、新しいビデオが入荷したようで、今日は入り口の周りにも人がたくさん、大混雑です。
おや、前に入り口あたりでぐずぐずしていた郊外ファッションの男が、またいます。でも、今日は様子が違うよう。RandomPlayのエプロンをつけているではありませんか。
ドアが開いて、ビデオ屋の経営者、兄の方のアキラが出てきます。
「ライトさん、休憩の時間だよ」
「わかった」
「あなたのおかげなのか、今日はすごい人だ。何をしたんだい」
「何、ちょっとそこでトレーニングをした。で、呼び込みをした。そうしたら人が集まってきた。それだけだ」
「ライトさんは高級なボディガードって感じがするから、それがいいのかな」
「なんだ、高級な、ってのは」
「品位がある、とでも言っておこうか。まあ、このエプロンがかわいらしすぎるけれども」
「似合ってるだろ」
「言わせたいひとなんだね、あなたは……
そんなことを話しながら二人は店の中に入ってしまいました。
いつ、どうしてこうなったんでしょう?
これからもこの店をチェックする必要がありそうです。
ビデオ屋には場違いな男が出入りするなんて、不思議で仕方がありませんから。