2026-01-18 20:01:40
2548文字
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kraulen

ヒュビビ14作目
次の日ヒューゴが自室のベッドで寝ようとすると、めちゃくちゃ良い匂いがしてビビる。

「ヒューゴ、お待たせしました」
 後部座席のドアを開けて、ビビアンはゆったりと席についた。
思ったより早かったな」
 バックミラー越し、色の違う瞳がこちらをとらえて、かすかに見開かれる。
「パエトーン様に追い返されてしまいました。私の体調を心配してくださって。本当に心の美しい方なのです。」
 先ほどのアキラとの会話の記憶、しぐさ、表情の移り変わり、抑揚のひとつひとつを頭の中でくりかえし思い出しながら、ビビアンは幸せに浸っていた。
「出すぞ」バックミラーの瞳は既に前を向き、車は静かに進みだした。
「ちょっとヒューゴ!聞いているのですか」
「聞いているとも」
「実は、2日後に、ファンタジイ・リゾートでバカンスを楽しむ約束をしたのです!今から早急に計画を立てなければ

***

……アン」
 遠くの方で、ぼんやりと、輪郭のつかめない音がした。かろうじて、自分の名前が呼ばれたのだと気づく。
ぁ、ヒューゴ。もう、つきました?」
 とろとろ、舌足らずな返事になってしまった。寝起きのせいか、視界が定まらない。
なんだか、疲れました。少し眠り
 言いながら、車を降りようとして、突然力が抜けた。目の前が白んで、平衡感覚がなくなる。
気づけば、かぎなれた彼の匂いでいっぱいの胸に、抱き留められていた。
。ヒューゴ?……
「力、抜けるか?」
「え、は……
 従った瞬間、すかさず背中と足の下に腕が回る。足が、明確に地を離れた。
「待っ!?ヒューゴ、おろしてください!!」
 抱き上げられている自分の今の状況が、いわゆる姫抱きだ、と気づいたビビアンは、ますます顔を赤くした。なけなしの抵抗をするが、完全に無視されている。彼は足で玄関の扉を開け、靴を脱ぎ捨てた。
「あの、ヒューゴ、もう大丈夫、です」
「何処が」短い返事は、どこか棘があった。
怒って、ます?」
「君には怒っていない」
……」では誰に、なんて問いは、あまりにも意地悪だ。

 されるがままに運ばれ、おろされたのは彼の部屋のベッドだった。一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、よく考えれば、丁度今日の朝、天気がいいからと自分の部屋の布団の類を洗濯してしまっていたのだった。
「ソファの方が良かったら遠慮なく言ってくれ」
 相変わらず、ヒューゴの表情は硬い。
「いえ、ここで。ここがいいです」
少し待っていてくれ」
「ヒューゴ、待っ」
 聞かずか聞こえずか、彼は足早に部屋を離れてしまった。本当に勝手な人だ。勝手で頑固で、優しい人。

 彼が戻ってくるまでの間、手持ち無沙汰になって、ビビアンはゆっくり身体を起こした。頭の位置を変えるだけで、鈍い痛みが走る。自分の額に手をあててみたが、手も熱を持ってしまっているのか、何も分からなかった。
 彼の部屋は、自室のグッズで飾られた部屋と比べて、随分と質素だ。棚に置かれた時計やピアスが、西日を浴びて強い光を放っている。それ以外に特に目につくものもなく、整えられているが、生気のない空間だった。
「ビビ?」
「ひゃい!」
なんだ」
「別に、何も。びっくりした、だけなのです」勝手に人の部屋をじろじろと観察していたことに、後ろめたさを感じていたことなんて、彼にはお見通しだろう。
「部屋着と、体温計」流れるように手渡される。
……あの、私が勝手に働きすぎただけですからね」
 彼の動きが一瞬だけとまって、こちらを見た。
「余計なことは考えなくて良い」
「いつもいつも、余計なことを考えているのは貴方のほうでしょう」
……良いから寝ていろ」
「レスバに弱すぎるのです」
「やかましい」
 くしゃ、と頭を撫でられた。あまりにも自然にするから、驚きがずいぶん遅れてやってきた。くらくらするのは、熱が上がってきたせいだろうか。

 世話を焼かれているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。カーテンは閉め切られているが、おそらくとっくに日は沈んでいる。
身体を起こそうとして、布団が引っ張られている感覚がした。見ると、床に座ったヒューゴが、上半身だけをベッドにのせて、突っ伏すように眠っている。腕が伸びているのを見るに、咳き込む私の背中をさすってくれていたらしい。
先の仕事で疲労が溜まっているのは彼の方も同じなのだ。それでも、自分のせいだと勝手に決め込んで、世話を焼いて
アホなのです」
 薄く寝息を立てる彼の頭に指をのせ、ぎこちない動きで、その髪をなでる。誰かを撫でる機会なんて、これまでの人生で一度もなかった。もちろん、撫でられたことも。過去の彼は、誰かを愛しいと思って、その頭を撫でたのだろうか。きっと相手は、その嬉しさを、上手に伝えられるような人だったに違いない。
っ、ふ」
「!!」
 想像の中の幸せの記憶は、彼の堪えるような笑い声でたちまち掻き消えた。起き上がった彼は口元を抑えているが、目元が笑っているのを隠せていない。とたんに恥ずかしくなってきてしまった。
「な、な、なんなのです!?人が慈しみを込めて、撫でてあげたというのに!!」
「何、くすぐられているのかと、思っふふ
「肩まで震わせて笑わないで欲しいのです!!」
「大きな声を出すな、喉に良くなっ……
「何失笑してるんです!!」
「はあ君は本当に面白いな」
「貴方は本ッ当に失礼な人なのです!」
 耳まで真っ赤にして笑うなんて、恐ろしく失礼な人だ。
その様子なら、明日にでも熱は下がるだろう。良かったな」
「はあ、もう。早くパエトーン様に会って癒されたいのです
「そのためにも養生したまえ」
「言われなくても。ほら、罰として何かあたたかいものでも淹れてきてください」
「仰せのままに」

***

 その場を離れられたことに、どこか安堵していた。
 細い指の感覚が、よく知るものと似ていたから。それを思い出すとき、決まって身体に毒が回る感覚があった。けれど、つい先刻のそれは全く違っていて、むしろ心地よささえ感じたことが、とても不思議だった。それが、彼女の魅力なのだろう。
 秒針を聞きながら、紅茶に蜂蜜を加えた。