2026-01-18 19:48:41
2280文字
Public
 

new moon

ヒュビビ13作品目
このあと、2人とも喋りすぎたと思って後悔します。する必要ないのにね。

「まったく、こんなの、どう考えてもおかしいでしょう。私がやってもらう側ならまだしも
 ビビアンは、ドライヤーをセッティングして、ヘアミルクやブラシを手元に用意した。そして、座っているヒューゴの後ろに回り込む。これらは、自分のヘアケアのために用意したわけではない。片腕を負傷して、髪を乾かせなくなってしまった彼のために、だ。
「して欲しいのか?」当の本人は、反省する様子もなく、楽しげにそう言う。
「パエトーン様に、です。あの綺麗な指先で、私の髪を
「いつものことながら、妬けるな」
「ちょっと、いいかげんな返事をしないでください。雑に乾かしますよ」
「先に適当に誤魔化したのは君の方だろう」
……

 気を取り直して、ビビアンはまず、タオルを手にとった。身長差から、普段はこの位置から彼の頭を見ることはない。新鮮な景色だった。細く繊細な金糸から、とがった耳の先がちらりと覗いている。
長い後ろ髪を持ち上げると、指先が首元に触れた一瞬、少し彼の身体が強張った。
「す、すみません」思わず謝ると、彼は薄く笑った。
「急所だからな、反射だ」
やっぱりやめておきますか?」タオルドライする手を止めて、問いかけた。なんとなく、彼の過去の記憶に触れる行為に思えて、はばかられたから。誰かに触れられることが、恐ろしく思えた夜が、ビビアンにもあったから。
「それは困るな。今度は看病までしてもらうことになる」そんな彼女の考えを察してか気づかずか、ヒューゴは軽くそう答える。
「その気になればなんでも一人で出来るくせに
「されど、俺には君が必要だ」するりと長い指が、ビビアンの細い指をからめとった。流れるように、手の甲にキスを落とされる。濡髪から覗く鼻筋が特段色っぽくて、何故か無性に腹が立った。
「よくもまあ、そんな、臭い台詞を
「本心だ。曰く、俺は『甘ったれ』らしい」
「ええ、もう、本当に」
呆れながら、タオルを再びあてがった。

***

 ドライヤーを終え、ブラッシングをする。細い髪は、丁寧に梳かなければすぐに絡んでしまいそうだった。彼が髪を伸ばし始めたのはいつごろからだったのだろうか。思えば、過去のことは推測され可能であれ、実際の姿は全く分からない。無数のピアスも、濃い隈も、元々の彼ではないのかもしれない。事細かに、何もかもを知りたいと思うと同時に、知る意味も、必要もないような気もする。
そんなことを考えているうちに、彼の頭が傾いた。
ヒューゴ?」
 声をかけても、返事は無い。眠っているようだった。急所を晒す緊張よりも、人の手に触れられる心地よさの方がまさったのなら、とんだ憂慮だった。最近はよく眠れていないようだったし、このまま終わるまで寝かせてあげよう、と再び髪を梳く手を動かし始める。
ああ、そうだ。この前、パエトーン様から、貴方の秘密を聞いてしまったのです」
 夜風の音だけでは寂しくて、思わず、言葉をこぼしていた。寝物語を聞かせるように、つぶやくような小さな声で。

「あの日。一度、貴方が死んだ日。パエトーン様と二人になったとき、私のことを彼に頼んだそうじゃないですか」
「『太陽のもとで生きている人間と歩むべき』?笑わせないでください。貴方が教えてくれたんでしょう。コインの裏表は、私自身が決めます」
「私は強欲ですから。貴方とパエトーン様、どちらとも幸せになりたい。だから、貴方が月すら身を隠す闇夜を行くのなら
「私が手をとって、太陽の元へ引っ張りだしてあげるのです」
「大丈夫。陽の光が強すぎる日は、私の傘に一緒に入れてあげますから」
「だから
 手を止めて、数秒うつむいた。月光の川のような髪から、柔らかく深い、かぎなれた香りがする。彼の匂い。

だから?」
「ひ!?」
 突然、低い声が鼓膜を震わせて、思わずびくりと肩を揺らした。心拍数が急上昇して、体全部が心臓になったみたいだった。
「続きは?」
 いつのまにやら、目覚めていたらしい。どこから聞いていたのか、はたまた狸寝入りだったのか。
「お、起きましたか。では、終了なのです。早く自分の部屋に戻ってください」
「美しいさえずりが聞こえたからな。続きは?」
 向き直って、面と向かって聞いてくる。
「残念でした。もう言いません」
 彼は、しばらくこちらを真顔で見つめていたが、ふいに意地の悪い顔で笑った。
「まあ、今回はこれで許してやろう」
「は、はあ?!何様なんですか、貴方は!」
「さあな。君が決めてくれるんだろう」
」全部聞かれていたようで、羞恥と動揺で何も言い返せなかった。勝ち誇ったような満足げな笑顔が恨めしい。
どこにも行ってほしくないと思っているのは、貴方の方の癖に!!」
。いいや、あの日彼の前で言った言葉は本心だった。本気で、俺なんぞより彼と共にいた方が幸せになれるだろうと、今でも
「怒りますよ」
最後まで聞け。君を手放すつもりは毛頭ない。置いていくつもりも、勝手に死ぬつもりもな」
ふん、それでいいのです」
「愛してる」
「当然なので……は?」
「今日は助かった、感謝する。良い夜を」
「は?ちょっと、待ってくだ待ちなさい!!ヒューゴ!!」
 慌てて追いかけると、ヒューゴは扉の前で突然振り返り、ビビアンの額に軽く口づけた。

「おやすみ」
 とびきり甘く優しい囁きだけを残して、彼は満足げに立ち去った。ビビアンは、しばらく茫然と立ち尽くしていることしかできなかった。