2026-01-18 18:37:12
2260文字
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Sichel

ヒュビビ11作目
もう危ないことしちゃだめだよ

 ビビアンは、浮足立った様子で部屋を行き来していた。今日の夜は、愛しのパエトーン様と映画を見て、お泊りなのだ。この絶好のチャンス、絶対に素敵な思い出にしてみせる、と意気込みながら、とっておきのシャンプーを携帯用容器に移し替えたり、手ずから作ったお菓子をラッピングしてみたり、せわしく動き回っている。
 ソファで新聞を読みつつ、カップを片手に、ヒューゴは、それをちらちらと盗み見ていた。ビビアンが視線に気づいてしまうほどには、何度も。何か言いたげなその行為に、思わず声をかけていた。
何です?」
「何が」
 緩慢な動きで視線を上げたヒューゴは、どうでもよさそうに軽く応える。
「いえ、さっきから。視線ぐらい、気取られないようにして欲しいのです」
?」
 小首をかしげた彼を見て、ビビアンはため息をついた。どうやら、無意識でやっていたらしい。
「浮かれすぎて事故にあったりするなよ。夜の街は危ないのだからな」
かと思えば、いきなり保護者面だ。
。他に、何か言いたいことがあるのでは?」
 一歩、踏み込んでみる。
「君こそなんだ。行くなとでも言って欲しいのか?」
……いえ、別に」
 真意が分からない。巧妙だ。視線は向けてくるくせして、面と向かって話せば、踏み込めないように薄膜を張る。わざとなのか、それが癖なのか。
これ以上何か言うのは悪手に思えて、ビビアンは部屋を出ようとした。
「ああ、そうだ
わざとらしい一言を背中に受け、足を止める。
「六分街に行くのなら、ビデオ屋の隣の店でパーツを探してきてくれないか。店長君が贔屓にしているなら、珍しいものでも置いているかもしれない。詳細はあとで送っておく」
……
 振り返って、彼を見た。いたって普段と変わらない口調、しぐさ。けれど、表情には「面白くない」という不満が浮かんでいる。そして、今の話を聞いて、彼が決定的な勘違いをしていることに気づいた。
「ヒューゴ、貴方苛々しているでしょう」
 逆手にとって、賭けに出てみる。これで彼の本心が引き出せるかもしれない。得も言われぬ緊張感があった。
は。なんだね、藪から棒に」
……嫌なら、行くの、やめます」
「君はもう子供ではないのだから、俺の許可は必要ないだろう。なんだ、何が嫌なんだ。どんな反応をしたら納得する」
「本気で言ってます?貴方、自分が今どんな顔をしているか、分かりますか」
 ビビアンが詰め寄ると、ヒューゴは瞳の色を暗くした。効いている。もう一押し。

「貴方こそ、子供じみた独占欲で、不快にさせないでください。自覚ぐらいしたらどうなのですか」

 言い切ってから、しばらく、ヒューゴは表情を変えずに座っていた。ビビアンは、緊張しつつも、高揚をおぼえていた。あまりにも酷い言い方だが、こうでもしなければ、きっと何年も次に進めない。
突然、ヒューゴは無表情で立ち上がり、ビビアンの手を力づくでとった。
「な」
 驚きと恐怖で何も言えないまま、されるがままに壁際まで押しつけられる。逃げられない。
……
 いわゆる壁ドンというものなのだろうが、こんなに恐ろしいものとは知らなかった。逆光で陰になっている彼の表情は、暗い。彼の匂いと呼吸があまりにも近くて、緊張と恐怖でおかしくなりそうだ。けれど、ビビアンは頑として表情を崩さずに、彼を見つめ返した。

……これは、」
 掠れるほどの小さな声が、降ってくる。
「これは、子供じみた独占欲か?」

 ビビアンにではなく、自分自身に対する問いかけのようでもあった。数呼吸置いて、彼は我に返ったように、ビビアンを解放した。
……
 ばつが悪そうに、ヒューゴは視線を逸らして、口元を抑えている。
「あ、あの。よく、分かりました。すみません、試すようなことして」
 ビビアンは、予想以上の成果に妙な感動すら覚えつつ、話を切り出した。
……は?」
「ヒューゴ、私、今日、パエトーン様の家に泊まるわけでは無いのです」
……
「今日パエトーン様と行くのは、ルミナスクエアの映画館です。話題作の最速上映が0時からあるのですが、映画が終わった後はもう電車が無いので、近くのカプセルホテルに泊まろうと。パエトーン様は車で帰れるので
…………?」
「ご、ごめんなさい。鎌をかけるようなことして。その、知りたくて。貴方が、私をどう思っているのか」
……とんだ大悪党だな、君は。怪盗なんてやってみたらどうだ?向いているのではないかね」
「貴方が怒るのはもっともなのです」
「怒ってなどいない、呆れているのだ、己に」
「はあ?」
「君のことは、前々から兄のような立場で、庇護欲のようなものを抱いているつもりだった。しかし、そうでもないらしい」
素直に認めるのですか」
「認めざるを得ないだろう。だが、それをわざわざ確かめたというのは
。私も……
 言いかけて、ヒューゴの後ろに見えた掛け時計を見て驚愕した。あと数分で家を出なければならない。
どうした」
「間に合わないのです!貴方のせいですよ、ヒューゴ!!」
「おい、落ち着け、俺を殴るな」
「責任取って車で送るのです!!」
「分かった、分かった
 そう言って、ヒューゴは腹のあたりを軽く殴っていたビビアンの手を、今度は丁重に優しくとって、口付けた。
「泊まるための準備はもう必要ない。終演後に俺が迎えに上がろう。そうしたら、続きを聞かせてくれるかね?」