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2026-01-18 18:19:38
2504文字
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Funkeln
ヒュビビ10作目
妬いてるビビアン、かなりかわいい。
自覚ありのヒューゴは素直で強い。
「貴方も弾けたんですね」
「あれに弾き方を教えたのは、俺だからな」
「そうだったのですか」
静かな夜に、柔らかな弦の音が響く。窓辺に腰かけ、ギターをはじく彼を、隣で眺めていた。どこにしまってあったのやら、浜辺で過ごした日以来、彼はそれを引っ張り出してきて、時々こうやって、私の知らない旋律を奏でる。
「
……
懐かしい曲だった」
記憶に浸る彼の横顔は、やさしい。
「思い出の曲だったのですか?」
「そんな大層なものではない。君も知っているだろう?流行り映画の劇中歌で、あの頃ならだれでも歌えた」
「そんなに有名な曲だったのですか?私にはさっぱり
…
」
勉強不足だっただろうか。けれど、これを口実に今度ビデオ屋を訪ねるのもいいかもしれない。
「君、いま店長くんのこと考えていたろう」
「なっ」
「顔に出すぎだ」
ヒューゴは、楽しそうに笑って、視線を手元に戻した。旋律はなめらかに展開していく。
確かに、せっかく二人で過ごす夜に、別の人のことを思い浮かべていたのは失礼だったかもしれない。けれど、貴方だって、その思い出の先にいるのは私ではないのでしょう。
「
……
俺と違って指が太くて爪も大きいからな、練習中によく弦を切ってしまっていた」
気づけばまた彼の話だ。
「一曲弾けるようになるより先に、弦を張り替えることの方が得意になっていた。あれは傑作だったな」
「
…
そうですか。思い出しましたよ、その曲。ずいぶん古い映画でしたよね。幼いころの記憶だったので、すぐには思い浮かびませんでした」
「
……
言っても十数年前だぞ?」
「貴方、私と何歳離れていると思っているのですか
…
」
冷たく言うと、ヒューゴは手を止めて、こちらを見た。音が止んで、夜風さえもそこで立ち止まってしまったかのようだった。
「
…
どうした?何か気に障ることでもしてしまっただろうか」
「いいえ、別に」
「ビビ
…
」
ああ、またその呼びかけ方。誤魔化したいとき、私の機嫌を取りたいとき。
「
…
すまない。君を不快にさせたいわけではなかったのだが」
「私は
…
。いえ、なんでも
……
」
ヒューゴの申し訳なさそうな表情を見て、混乱してきた。自分でも、よくわかっていないのかもしれない。私はヒューゴに何を求めているのか。
「
…
君も弾いてみるか?器用だし、案外すぐに弾けるようになるかもしれない」
突拍子もない提案に、拍子抜けする。何をもって、今のやり取りの後に勧めようと思ったのだろうか。
「
…
私は
……
遠慮しておきます。今日ネイルし直したばかりですし」
「そうか」
そうして、彼は少し思案したあと、聞き馴染みのある前奏を弾き始めた。
「
…
これなら君でも分かるだろう?」
これも古い映画だが、記憶に新しい。
海にすむエーテリアスの少女が、陸の世界を夢見る物語。リンに勧められ、彼女と共に見た1本だった。元となった物語では、主人公は夢かなわずに泡となって消えてしまう。しかし、この映画では、想い人と結ばれる結末になっていた。ひたむきな願いは、未来を変えることができるというメッセージが、彼女曰く私にぴったりだと思ったらしい。
水流のような、海の底から海面を見上げた時の、光のきらめきのような、美しい旋律。
「
…
ほら、メロディは君が歌ってくれ」
「え?」
「楽譜を覚えたわけではないからな。即興では伴奏だけで精いっぱいだ」
「
…
何故、私が歌う必要が」
「そうだな
…
俺が君の声を聞きたいと思った。それで十分だろう」
「何様のつもりなのですか」
「それは、君が決めてくれ」
何を言っているのだろう。そして、私は何故歌おうとしているのだろう。
分からないまま、口ずさんでいた。
ずっと繰り返されていた伴奏が、前に進みだす。それを合図に、私の歌も、新しいメロディを紡ぐ。歌詞は覚えているはずもなく、ほとんどハミングに近い。それでも、伴奏と重なりあって、熱が増していく。自由にテンポを揺らしても、彼は上手くそれについてくる。歌うという行為が、こんなに気持ちの良いものだったなんて。
最後のロングトーンとともに、静かに消えゆく泡のような後奏が流れ、部屋はふたたび凪に包まれた
「
……
こ、これで満足ですか」
思ったよりも満足感があり、なんだか恥ずかしくなって、ビビアンは強い口調でそう言った。
「ああ、素晴らしい歌声をありがとう」
彼は幸せそうに笑って、ギターの上に寄りかかるように頬杖をつく。
「きっと次にこの映画を見た時、今日のことを思い出すだろう」
「せっかくのパエトーン様との思い出が
…
」
「そう、わざとだ」
「
…
私を怒らせたいのですか?」
「まさか。むしろ逆だ」
「
……
」
「美しい思い出は、記憶の中で消えることはなく、風化すればより色の濃い部分だけが残る。だが、それ自体が、現在を奪うことはない。記憶は、時を超えることはできないからな」
「またわけのわからないことを
…
」
「俺の過去を君は辿ることは出来ない。同時に、俺は君の過去を辿ることは出来ない。だが、そのどれらも、これから俺たちが共に見る未来を偽りにすることはない。そういうことだ」
「ああ、分かりました。
…
私がさっき考えていたこと、見抜かれていたんですね」
そう。本当は自覚していた。けれど、認めたくなかった。彼の過去に触れたいと思ったことは何度もあったが、こんな感情、抱いてしまったのは初めてで。
「これからも続く甘い夜に。どうかね、このあと一杯付き合ってくれないか」
「いえ、寝ます」
「
……………
」
「そんな顔しないでください。どうせなら、回りくどい言い方をしないで『もう少し一緒に話したい』と言ってください」
「もう少し一緒に話したい」
「な
…………
」
「ほら、言ったぞ。何を飲む?」
「
……
」
呆気に取られて何も言えなかった。揶揄われているのか、本気なのか。
―――
俺が海の魔女なら、君から奪いたいと思うのは歌声だけではないかもしれない。そう言いかけて、まだきっとそこまで踏み込む必要もない、と言葉を夜の静寂に溶かした。彼女との未来は、これからも続いていくのだから。
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