2026-01-18 17:58:59
3036文字
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I'm...

ヒュビビ8作目
自分で書いててちょっとヒューゴのことが羨ましくなりました。聖母ビビアン。

 ゆるやかに意識が浮上した。いつのまにか眠ってしまっていたようだ。ビビアンは、ベッドサイドに置いてある紙袋を見て、今朝のことを思い出した。ずっと狙っていた限定品のコスメを、早朝から並んでやっと手に入れたのだ。帰宅後、インターノットで、共に限定品を手に入れた戦友たちの投稿や、使用レビューをしているインフルエンサーの投稿を見ているうちに、いつのまにか寝落ちてしまっていたようだ。
時計を確認して、思ったよりも眠ってしまっていたことに気づく。慌てて起き上がり、キッチンへ向かった。今日の夕飯の当番は私だ。冷蔵庫には何が残っていたっけ。

 リビングを通り過ぎかけて、開けっ放しのドアの向こうに長い影が見えて、足を止めた。窓辺のチェアに、ヒューゴが座っている。窓の外は濃霧のせいか重い灰色で、部屋は薄暗い。長い足をくんで、窓の方を見る彼は、こちらに気づいていないようだった。
「ヒューゴ?」
 声をかけてみるが、こちらを振り返らない。近づいていくと、足音でやっと気づいたのかこちらを向いた。
「どうしたのですか。考え事でも?」
いや」
 一言、小さな呟きで否定し、黙ってしまった。様子がおかしい。疑念を抱かれていると思われれば、隠し事があろうとなかろうと、矢継ぎ早に言葉を続けるのに。体調が悪いのであれば、こんなところにいるはずもない。であれば、不調なのは――
ビビ、アン?」
 両の手で、彼の左手を包み込むようにとった。顔を上げた彼の、異なる色の瞳が、こちらを見据えている。しかし、遠いどこかを眺めているか、何もとらえていないようにも思えた。妙に感情が読み取れない。しかし、すっと通った鼻筋の下で、くちびるが微かに震えている。
「何か、あったのですか」
 座るヒューゴに目線を合わせ、彼のそばにかがみこむ。真剣に取り合う彼女の姿を見て、ヒューゴはしばらく考え込んだかと思うと、自嘲気味に笑って、苦し気に息を吐いた。
「笑わないでくれ」
もちろん」
 また、しばしの沈黙。乾いたくちびるに無意識に手をやる。決心したように口を開いた。
……君が、昔亡くしたひとに、重なった
……
「君の。眠っている姿が……
 手が震えている。指先が急速に冷えていった。視線がせわしなく泳いで、また表情が消えた。
……
 それ以上彼は何も言わなかった。
話してくださって、ありがとうございます、ヒューゴ」
 優しく手を撫で、彼の指に絡ませるようにその手を握り直す。小さな動作にも、ぴくりと肩を揺らす彼は、叱られた幼子のよう。なぜだかいつもより弱々しく、小さく見える。
「ヒューゴ、よく聞いてください。私はビビアンです」
?」
「ビビアンです」
知っている」
「本当に?」
 ヒューゴは、戸惑いながら、その手を握り返した。
違うのか?」
「違いませんよ。貴方の目の前に居て、手を握っているのはビビアンです」
……申し訳ないが、今は言葉遊びに付き合えるほど頭が回っていないのだが」
素直なのもたまには、悪くないですね」
くす、と笑って頬に軽くキスをする。離れると、苦いのか甘いのか分からない、なんともいえない表情で惚けているから、それすらも愛おしい。

「私を見て、ヒューゴ」
憂いにのまれないで、私の愛しいひと」

「貴方が私の涙をぬぐってくれたように
「私が貴方の涙をぬぐいましょう」

 うたうように、祈るように。彼を蝕む暗い記憶が、冷たい感情が、少しでも溶かされますように。手元から顔に視線を動かすと、彼の白い頬に赤みが差していた。
え?」
それがあまりにも信じがたくて、思わず声が漏れる。
……っ、なんだ」
「貴方、まさか照れ?!」
……」ヒューゴは、誤魔かすように顔を隠して、手をほどいて立ち去ろうとする。
「あ!ちょっと!どこにいくのですか!」
 ビビアンは慌ててその背中を追いかける。が、彼は扉の前で足を止め、こちらを向いた。そして、困ったように、気の抜けた顔で笑った。
何処にも。もう俺は何処にも行けまい」
「もう……
「君のせいだ、ビビアン」
それはお礼ととらえて良いのですか?」
「さあな」
 さきの真剣さから一変、へらりと柔らかい表情で笑う。ビビアンはそれにどことなく違和感を覚え、そばに寄った。
あの、一応確認なのですけど。熱はないですよね?」
「ん?ん」
 ヒューゴは腰を折って、身をかがめる。ビビアンは少し背伸びし、彼の額に自分の額をあてた。伝わってきた熱に、む、と眉根を寄せる。
ありますね、熱」
え」本人はまったく気づいていなかったようだ。
まあ、私のせいみたいなところもありますし。仕方がないので看病してあげるのです」
 お夕飯は食べられますか?あたたかいものが良いですよね。そんなことをぶつぶつと呟くビビアンを眺めながら、ヒューゴはふわふわと、幸せに漬かっていた。

***

「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
 ヒューゴは、空になった皿を、ベッドの上から手を伸ばしてサイドテーブルに置いた。食事をとったことも相まって、身体があたたまっているのか、眠たげにあくびをしている。
「眠いですか?」
ん」
「薬飲んでから、ですよ」

「ヒューゴ?まだ寝てはダメなのです」
……ビビ」
「なに?」
「きみにとって、俺は、『愛しい人』なのか?」
 上目遣いでこちらを見る。熱で充血している瞳が、またたくたびにきらきら光った。
ビビアンは少し考えて、こほん、と咳ばらいをした。
「『ふん、愚問だな』」わざとらしく気取って、精いっぱい低い声を出す。
………それは俺の真似か?」
「はい。どうですか?」
「どうも何も。可愛いが」
…………」どんな顔をしたらいいか分からない。
愚問、ときたか。光栄なことだ。同時に恐ろしくもある」何事もなかったかのように続けるから、ビビアンはとても可笑しな気分だった。けれど、彼はいたって真面目な表情で、慌てて返答を考える。
失うことを?安心してください、私はそんなにやわじゃありませんから。だって今、貴方の隣にいるでしょう」
きみは強いな」
「強いわけでは。強くありたいと願っているだけです」
そうか。……そんな君に愛されて、俺は、幸せものだな」
 噛みしめるような言葉に、今度はどうしてか緊張してしまった。それはきっと、そこに寂寥が含まれていることを、感じ取ってしまったから。
。貴方の口から、そんな言葉が出るなんて思いませんでした」
「自覚がない方が失礼だろう」
「なんというか……変わりましたね」
「そうかもな」
 話しつつ、薬を飲み終えたようだ。いよいよ眠たいのか、瞳が閉じていく。
「今日話したこと、忘れないでくださいね」
?なんだ……
「なんでもないです。おやすみ、ヒューゴ」

 実は前にも何度か、うなされていた彼に、違う名で呼ばれたことがある。しかし、彼は決まってその時のことを覚えていないのだった。防御本能なのか、わざと何も覚えていないふりをしているのか。けれど、今のビビアンにはどちらでもよかった。今日のこの触れ合いは、覚えていてくれるような気がするから。

早く元気になってくださいね、と願いを込めて、さらさらと流れる金糸のはじに小さく口づけた。