店員の挨拶を背中に受けながら、二人は店を出る。ヒューゴの腕には大量のショップバッグが下がっており、今がしたそこに箱が2つほど追加されたところだった。
「まさか限定色の在庫がまだあったなんて…。本当にラッキーでした」
口元を緩ませながら、ビビアンは嬉しそうにつぶやいた。彼女の機嫌が直ったなら何よりだ。ヒューゴが荷物持ちに徹しているのは、ついこの間不慮の事故で彼女の大切にしていたパエトーングッズを汚してしまったから。しかし、本気で怒ればこの程度で許されるはずないので、それを口実に買い物に誘われただけのような気もしていた。彼女は、真正面から噛みついてきていた過去の相棒とは違い、こまやかで優しい、こちらに気取らせないような行動がとても上手い。大方、最近仕事が立て込んで疲れがたまっていたことを見抜かれたのだろう。
「…ヒューゴ?考え事ですか」
背中を追って歩いていたつもりが、いつのまにかビビアンはこちらを振り返って止まっていた。
「ああ…どうということはない」慌てて足を止める。
「…あ、待ってください」ビビアンが何かに気づいたように視線を動かした。
「あの看板、インターノットで見た覚えがあるのです。パエトーン様も気になるとおっしゃっていたお店では?!」興奮ぎみに指さす先には、ガラス張りの落ち着いた雰囲気の店。前には若い女性たちが集まっている。どうやらカフェのようだ。
「…寄ろうか?」
「寄りましょう!」
目が輝いている。本当に嬉しいのだろう。愛しのパエトーン様と話題になったのなら彼と一緒に訪れるべきでは?と言いかけて、その言い回しがあまりにも妬いているようだったから、自分でも驚いた。軽快に歩く彼女の、揺れる髪を眺めながら、ぼんやりと考える。過去の自分は今の自分を見て、腹を抱えて笑うのかもしれない。…それとも。
***
「素敵な眺め‥!」
店に入ると、通されたのは窓際の席だった。座り心地の良いソファに荷物を並べて、腕の重みから解放される。夕日に照らされてセピアに染まる海と、その奥で静かに佇むホロウが良く見えた。…別に見ようと思えば海沿いならどこででも同じ景色ではないか…とまた余計なことを考えながら、ヒューゴはメニューを手に取った。
「今この程度ならどこででも見れると思いましたね」ビビアンが咎めるような目で言う。
「…未来だけでなく心も読めたのか」
「また適当なこと言って。…このお店はただ景色が良いから話題になったわけではないのです。」
「ほう…」
メニューの1ページ目には、綺麗な色のモクテルが数種類のっていた。
「この窓から見える海とホロウをイメージしたモクテルが素敵と紹介されていて。ほら、これ、今の時間帯なら『金色のきらめき』が一番近いのです」
細い指の先に示されたそれは、淡い色のドリンクが二層に分けられていて、どうやら海と空を示しているようだ。
「なるほど。窓の外の景色とともに写真を撮るということか」
「そういうことなのです。はあ、ここに寄ると分かっていればパエトーン様のアクリルスタンドを持ってきたのに…」
「また本人と来れば良いだろう」
「…それは…緊張しすぎて写真を撮るのを忘れそうなのです」
「難儀だな」軽く笑う。ビビアンも笑うが、同時に、含みのある表情で見つめられた。
「…どうした?」問うが、
「いいえ、何も。」はぐらかされる。
運ばれてきたモクテルをひとしきり眺めまわし、様々な角度から写真を撮って、やっとのことでビビアンが口をつけたころ、ヒューゴは既に自分分の珈琲を飲み干していた。
「…飲みたくなってきたな」周りの客も皆モクテル目当てなのか、どのテーブルにも洒落たドリンクが運ばれている。目に入るせいで、余計に気分が煽られた。
「駄目です。今日は寝てください」何を、とは言っていないのに、すぐに察されてしまった。
「何故」
「自分が一番わかっているでしょう」
「…何も言い返せないな」鋭い子だ。とても。
「はあ…。もしパエトーン様だったら、お洒落なカフェでそんなこと言ったりしないのに」
「……悪かったな」
「もう、あからさまに拗ねないでください」
「そう見えるのか?」
「見えますよ、だってあなた、私のこと好きでしょう」
ビビアンは、グラスの方を見ながら、さらりと言ってのけた。
「……ああ」
「認めるんですか?」ビビアンが顔を上げる。
「そうだ、と言った」
「……ふ」
ビビアンは、返答に驚いた様子も慌てる様子も見せず、ただ小さく笑った。真意が分からない表情だった。
「…ヒューゴ、貴方たまに、私を通して別の人を見ていませんか」
そして、突然すべてを見透かしたかのような一言を放った。
「……」ヒューゴは何も答えなかった。答えられなかった。
「…いいのですよ。この時代を生きる人は、多かれ少なかれ、何かを失ったり、手放したり、してきているものです。そのうちのどれかが、私に重なって見えるのでしょう」
「ヒューゴ、私もあなたが好きです」
「だからいつか、重ねている彼女も、私に抱きしめさせてくださいね」
***
「さて、足も腕も休まったでしょうから、もう何件か行きましょう。この近くに気になっていたアクセサリーのお店があって…」店を出るや否や、ビビアンはマップアプリで新しい店を調べ出した。
「待て、もう帰る流れじゃなったのか」これ以上買われてしまったら流石に持ちきれない。というか、休むべきだと言ったのは彼女の方ではないのか。
「帰りません、まだ日が沈んだばかりなのです」
「日か沈んだら良い子は家に帰るだろう」
ビビアンは可笑しそうに笑って、こちらを見て、赤い瞳を妖艶に揺らして首をかしげた。
「私はもうとっくに悪い子ですよ」
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