第31回お題「年末」or「大掃除」

両片想いの赤安。
あかいさんに告白されたまま返事できずにいるれいくんは…
大晦日をともに過ごす赤安。生活感のあるふたりがいます。

 十二月後半の慌ただしい日々が過ぎ去った、十二月三十一日。降谷はほんのささやかな年末年始の休みを手に入れた。
 多くのメンバーは昨日から休みに入っているが、降谷と他数名は昨日も残務処理のために仕事をしていた。
 一日遅れの休暇だが、取得できただけでもありがたい。
 とはいえ、呼び出しや連絡があればすぐに対応しなければならないので、遠出はもちろんできない。降谷は自宅で過ごすことにした。
 布団の上にゆっくりと横たわる間もない日々を送っていたので、まずは身体を休めようと寝室で横になった。しかし、疲れているはずなのに、横になっても眠気が一向に訪れない。降谷は仕方なく身体を起こした。
 正午過ぎ。いくら睡眠不足とはいえ、眠りにつくには、まだ明るすぎる時間のような気もする。
 今日は今年最後の日だ。何かやり残したことはないかと考えて、降谷はふと思い立った。随分と長い間、部屋の掃除がまともにできていない。
 新しい年を迎えるにあたり、部屋はなるべく綺麗な状態にしておきたいと降谷は思った。
 降谷は家中の窓を全開にして、掃除用具を搔き集めた。洗剤類に雑巾にゴム手袋にマスク。日が暮れるまでをタイムリミットとして考えると、あまり細かなところまでは掃除できない。降谷は頭の中で掃除のタイムスケジュールを組み立てた。
 寝室、玄関、キッチン、トイレ、風呂、と部屋ごとにおおよその時間を区切って掃除をしていく。
 窓から入って来るひんやりとした風。ゴム手袋越しにもわかる、バケツの水の冷たさ。掃除をしているからこそわかる感覚に、冬を生きている心地がした。
 掃除をはじめたばかりの頃は寒さを感じていたが、しだいに身体は温まり、掃除をはじめて二時間も経つ頃には身体も汗ばむようになっていた。
 一通り部屋のすべてを掃除し終えた頃。窓の外からは橙色が差し込んでいた。
 スマホはずっと鳴っていない。このまま緊急招集もなく年を越せるかもしれない。
 降谷は久しぶりに、押し入れから炬燵を取り出してきて、寝室に置いた。炬燵の電源を入れ、暖まるのを待つ。
 せっかくなので年越しそばを準備しようか。そんなことを考えていると、スマホが鳴った。緊急招集かもしれない。
 緩んだ気持ちを引き締めながら、降谷はスマホを見る。赤井からのメッセージが届いていて、降谷は目を見開いた。
『今どこにいる?』
 何か事件でも発生したのだろうか。よくわからぬまま、降谷はとりあえず返事を書いた。
『自宅にいますよ。仕事で何かありましたか?』
『了解。では、これから君の家に行くよ。仕事ではない』
「えっ?!」
 予想もしない返事が返ってきて、降谷は思わず声を上げてしまう。
 部屋中の至るところが、今まで掃除していたことがありありとわかる様相をしている。降谷は慌てて掃除用具を片付け、窓を閉め、エアコンの電源を入れた。暖かな風が部屋へ注がれはじめるが、冷えきった部屋の空気はすぐには暖まらない。
 落ち着きなく、降谷は部屋を歩き回った。赤井をもてなす準備が何もできていない。
 と同時に、約一週間前のことを降谷は思い出す。
 クリスマスイブの日。結局伝えることはかなわなかったが、赤井に自分の気持ちを伝えようとした。そのときの心境が再び訪れて、胸がどきどきする。
 プライベートで逢う赤井に、どう接すればいいのか。よくわからず答えも見つからないまま、時間は過ぎてインターホンが鳴ってしまう。
 けっして大きな音ではないのに、降谷はびくりと両肩を震わせた。当然のごとく、インターホンの画面には、赤井の姿が映し出されている。
 降谷はおそるおそる通話ボタンを押した。
……はい」
『突然すまないな、降谷君。中に入れてくれないか』
「ど、どうぞ……
 インターホンの解錠ボタンを押す。
 赤井が部屋に辿り着く頃を見計らって、降谷はドアを開けた。赤井は大きなビニール袋を持って立っている。赤井はそれを掲げて言った。
「これを君に渡したいと思ってね」
「なんですか? これ」
 赤井がビニール袋の中身が見えるように広げる。そこには白色の塊がどっさりと入っていた。餅である。
「メイソンたちが大型スーパーで買ったそうなんだが、彼らにこの量は捌ききれないようでね」
「ああ、それであなたのところに?」
「一度断ったんだが押し切られてしまってね。だが、俺ひとりではこの量は処理しきれん」
 メイソンは赤井の同僚のひとりだ。秋の終わり頃にFBI側に増員された三人のうちの一人でもある。メイソン“たち”ということは、他の二人――エミリー、ナタリーも一緒に買いに行ったのかもしれない。
 いつ招集がかかるかわからないため、彼らは日本の地で待機――新年を迎えることになる。日本式の正月を楽しもうとしているのかもしれない。
 それにしても、何キロほどあるのだろうか。
「これは……すごい量ですね。これだけあれば、色んな餅料理を楽しめますよ」
「そうか……。今、俺はホテル住まいでね。まともな調理ができそうにないんだが、君に頼んでもいいだろうか」
「ええ、もちろんいいですよ。冷蔵や冷凍しておけば日持ちもしますからね」
「冷凍もできるのか」
「ええ、もちろん。早速、おしるこでも食べますか? あ、甘いものはあまり食べないんでしたっけ?」
「君の作ったものなら、なんでも食べるよ」
 まるで口説かれているような心地になる。いや、実際に赤井に告白をされているのだから、本気で言っているのかもしれない。
 降谷は顔が熱くなるのを感じながらも、顔色に出ないように、意識を“そこ”から逸らす。
 降谷はおしるこのレシピを脳裏に浮かべながら思案した。“あずき”どころか家には食材と呼べるものが何もないので、買い出しに行かなければならない。
「ざ、材料はこれから買いに行くので……ここで待っててくれますか?」
 部屋の中へ入るよう赤井を促す。しかし赤井は部屋の中には入らず、楽しそうな表情をしてこう言った。
「いや、俺も一緒に行かせてくれ」

 近くにあるスーパーへ、降谷は赤井と一緒に徒歩で向かった。
 沖矢ならまだしも、赤井のような人間が訪れるのには違和感のある場所である。
 しかも、男が二人並んでスーパーで買い物をしている光景――というのは周囲から完全に浮いてしまっているようで、時折視線を感じるほどだった。
 大晦日の日は、閉店時間も早まるようで、駆け込みで買い物をしている客が多い。人の集まっている場所には年越しそばのコーナーがあり、降谷はふと足を止めた。
……赤井」
「ん?」
「僕の家で年越しそばを食べませんか?」
「いいのか」
「あ、あなたさえよければ……
 ただ、夕食を一緒にしようと言っているのではない。年越しという行事を一緒にしようと誘っていることになる。
 誘ってしまったあとで、降谷は「しまった」と思った。
 家族、あるいは、FBIのメンバーと年越しをする約束をしているかもしれない。「でも、もし他の方と過ごす約束をしているなら――」と続けようとすると、赤井はそれを遮るようにして言った。
「誰とも約束はしていない。君と一緒がいい」
 降谷は反射的に赤井の顔を見上げる。
 赤井は優しい笑顔をして、こちらを見ていた。まるで見つめ合っているようなこの状況をくすぐったく感じながら、降谷はゆっくりと視線を逸らす。
「わ、わかりました……。一緒に天ぷらも作ろうと思いますが、苦手な食材があったら教えてください」
「ああ」
 蕎麦を二人前、海老や野菜類など天ぷらに合いそうな材料を、赤井の持っている買い物カゴの中へ入れる。そして、おしるこの材料であるあずきと、他にも餅に合いそうな食材をいくつかカゴの中へと入れた。
 餅は和食だけではなく、グラタンやピザなどの洋食にも合う。レパートリーはいくつもあるが、今は日持ちしそうな食材だけを買うことにした。
 カゴの中がそれなりに重くなる頃、降谷は正月料理が羅列されているコーナーの前で立ち止まった。
 正月といえば、お雑煮だ。赤井にもらった餅を使うのに最も適している料理でもある。赤井にぜひ食べてもらいたいと思った。
 だが、正月早々に自分の家に来てほしいと言うのは抵抗がある。
 お雑煮に入れる紅白のかまぼこを手に取るかどうか迷っていると、赤井の手がすっと横から伸びてきて、それを掴んだ。
 赤井は買い物カゴにそれを入れて言った。
「早速だが、明日も君の家にも行っていいだろうか」
「明日?」
「君の作ったお雑煮が食べたい」
 降谷は驚いた。まさか、こちらの考えを読んでいるのか。そう思えるほどのタイミングだった。
 赤井の方から雑煮を食べたいと言われて、降谷は胸が高揚した。そして、お雑煮用の食材も用意しなくてはと心が急く。
「い、いいですよ。材料も追加で買いましょう」
 直接手を引くのは恥ずかしくて、赤井の持っている買い物カゴに手を添えて、方向転換を促した。
 来た道を戻り、お雑煮の材料だけではなく、お雑煮に合いそうな正月らしい食材も次から次へと手に取り、買い物カゴの中へ入れる。
 買い物にさらに時間がかかってしまうと、面倒だと思われてしまうかもしれない。そうは思ったが、赤井はどこか嬉しそうな表情でこちらを見ている。
 まるでデートみたいだなと降谷は思った。