2026-01-18 16:22:00
5197文字
Public
 

báisteach

ヒュビビ2作目
2作目にして勝手に(新体制になってからの)結成記念日を捏造
ゲスト出演 エレン、ライカン

「遅いですね
 秒針の音が響く部屋で、ビビアンは椅子に寄りかかり待ちぼうけていた。ダイニングテーブルの上には、腕によりをかけてつくった豪華な品々が並んでいる。なぜこんなに豪勢な夕食を準備したかといえば、今日は新モッキンバートの結成日だからだ。下ごしらえにも相当時間を使い、様々な飲食店バイトでの経験を活かして、腕によりをかけてつくった。前につくったとき、彼が気に入ってくれたスープもある。しかし、帰りはそこまで遅くならない、と告げて家を出たはずのヒューゴは、ほとんど時計の針が天井を指しかけているにも関わらず、まだ帰ってきていないのであった。
「冷めてしまいます
 スマホの画面をトントン、とたたきながら、ビビアンは不満げに口を尖らせた。勝手に料理に時間をかけたことは、自己満足であるのは間違いない。けれど、彼はそれを無下にするようなひとではないはずだ。何度か連絡しているが、返事は帰ってきていない。今日の仕事は、情報収集のためにとあるパーティに参加する、との話だった。ターゲットである主催者の娘は、リリカの旧友で、彼女にとって姉のような存在らしい。その一家がきな臭い事件に巻き込まれかけているとかで、ビビアンも心配していた。しかし、ビビアンの見た目では、年齢的にほかの参加者にまぎれられないという理由で、今回は参加することができなかった。こんなことなら、無理を言ってでも行ってしまえばよかった、などと頬杖をつきながら思う。
 その時、玄関の方で物音がした。ビビアンは小走りで玄関に向かう。
「ヒューゴ!もう、遅いのです」

 ヒューゴは、珍しく玄関まで迎えに来たビビアンに、驚いたように瞳を揺らして、すぐに居心地悪げに目線をそらした。
?ヒューゴ?」
 その不自然な表情に、訝しげにビビアンが名前を呼ぶと、ヒューゴは「先に寝る」とだけ告げて廊下の向こうへ歩き出そうとした。
「!?夕食は、食べないのですか?」
いらない」
 ヒューゴは、こちらを向かずに、短く応えた。棘のある言い方に、ビビアンはとまどいながら、彼の細い腕をとった。
「ちょっと、待ってください!」
ッ」
 反射的に、ヒューゴはその手を振りほどいていた。
「は
 ビビアンは、力づくで振り払われた自分の震える手を見て、彼の顔を見上げた。疲れた表情の中、その瞳にどんな感情が宿っているのか、全く分からなかった。ただ、どちらの色も、冷たかった。
。わかりました、もういいのです。失礼します」
 ビビアンは、自分の中の感情が急激に冷えていくのを感じながら、ただ怒りにまかせて家を飛び出していた。背中に名前を呼ぶ声が聞こえたような気もしたが、彼は追いかけてはこなかった。

***

寒い。」
 傘を握る手が冷えている。昼間は真夏日を記録する日があっても、雨が多いこの季節は、夜になれば寒く感じるほどに気温が下がる。0時過ぎのこの辺りは、飲み屋以外ほとんど営業しておらず、人気も少ない。シャッターのおりた店の軒下で、ビビアンは後悔していた。けれど、ヒューゴのあの態度には、怒りがふつふつとわく。今夜はどうしたって家に帰れない。
あれ、ボスの知り合いのとこの」
気だるげな声に話しかけられ、驚いて振り向く。そこには、メイド服姿の、サメのシリオンの少女が立っていた。
「あなたはエレンさん、でしたっけ」
「エレンでいいよ」
「分かりました。私はビビアンと申します。」
で、ビビアンはなんでこんな時間にこんなとこに?危ないと思うけど」
「それを言えば、あなたもそうでしょう」
 エレンは傘を肩にひっかけて、ポケットから器用にキャンディを2本取り出す。
「あたしはバイトの帰り。ん」
 そして、そのうち1本をビビアンに差し出した。
?食べないの」
「いいのですか?」
「いいから渡してんだけど」
では、いただきます」
 ビビアンが、可愛らしい包装紙のキャンディを丁寧にはがしていると、エレンは無造作に紙をはがして、キャンディを口にくわえた。
「なんかあったの」
。わかるのですか?」
「こんな時間に、行く当ても無さそうに突っ立ってるから、そりゃ」
そう、ですよね。あの、この辺りに、泊まれる場所って」
「プロキシん家」
「えっ」
「嘘。ここからじゃもう終電間に合わないよ」
ですよね」
「ってことは原因はボスの友人の方か」
 エレンはどうとない顔で続ける。どうやら、名前を出した時の反応で、プロキシが原因ではないと判断したらしい。
「あたしが知ってるの、その二人のどっちかだけだからさでも2人目はビンゴっぽいね」
「パエトーン様は、あんなのと比べてはいけないくらいに尊い存在ですから。当たり前なのです」
「ふーん。まあいいや、ここじゃ寒いし、立ってんのも疲れるからさ
「うち来なよ」

「え?」

***

 エレンに連れられるままやってきたのは、大きな屋敷風の建物だった。彼女が所属しているヴィクトリア家政の拠点らしい。しかし見た目とは裏腹に、入口の両開き扉は電子キーで制御されており、自動的に開いた。セキュリティは万全のようだ。
「本当はあんま気軽に人呼べないんだけど、プロキシの知り合いならボスも許すでしょ」
 エレンに促され、ビビアンは屋敷に足を踏み入れた。厚みのある絨毯の質感が、靴越しに伝わる。
「素敵なお屋敷ですね
 長い廊下は、薄暗く重々しい雰囲気があるが、掃除が行き届いており、どことなく良い香りがした。
「そう?あたしは初めて来たときちょっと怖かったけど」
「仕事柄、こういうお屋敷に入ることも少なくないのですが。ここはなんとなく、空気がやわらかい気がします」
「そ、ならよかった。その突き当りが休憩スペースだから、適当に座ってて。お茶持ってくから」
「あ、いえ、お構いなく」
「コーヒーの方がいい?まあいいや、両方持ってく」
「そういう訳では
 言いかけているうちに、エレンは廊下の途中の部屋の中に消えていってしまった。

***

「砂糖入れる?」
「いえ大丈夫です」
 自宅のソファより数段高そうなよく沈むソファに腰かけ、ビビアンは給仕するエレンを眺めていた。
見てて、面白い?」
 エレンは少し気まずそうに言う。
「所作が丁寧だなと思いまして」
「まあ、叩き込まれたから
 二人は言葉少なに過ごす。少女二人には、この洋館の部屋はありあまる。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
 温かい紅茶を飲んで、ビビアンはため息をついた。
。それで?何があったの」

「実は」ビビアンは、ゆっくりと話出した。エレンは、時々相づちを打ちながら、ぼんやりとした表情でその話を聞いていた。

というわけで、家を飛び出してしまったのです」
 料理を作った部分の説明に熱がこもりすぎたかと、ビビアンは少し恥ずかしくなりながら、最後まで説明しきった。
ヒューゴ、最低じゃん」
 エレンは、ずばっと言い切った。ビビアンは、そこまでではない、と何故か擁護したい気持ちが湧き出るとともに、肯定されたことに安心感も覚えた。
「だって今日はご飯あるって言ってたわけでしょ、ビビアンは。で、勝手に連絡なしで遅く帰ってきて、寝るって。最低じゃん」
ってか待って。ビビアンってボスと同じぐらいの歳の男と一緒に住んでるってこと?」
「そ、それは。ヒューゴは兄のような存在ですから」
「嘘。なんかされたりしてない?大丈夫?」
「さ、されてません!するような人でもありませんから!!」
ビビアンは大きく振りかぶってエレンの言葉を否定する。それを見て、エレンはふ、と笑った。
な、なんですか。」
「それが答えでしょ」
「え?」
「しないんでしょ、そんな酷いこと。ビビアンに」
どういう、事?」
「理由があったってこと」

 そう言うと、エレンは自分のスマホをビビアンの目の前に差し出した。通話画面になっており、『ボス』と表示されている。
「ビビアン様、ご連絡が遅れたこと、どうかお許しください。」
ライカンさん、ですか?私には、なんのことかさっぱり」ビビアンは、困惑しつつ応える。
「道端で倒れていたヒューゴは私が回収いたしました。車で休ませております」
「倒!?」
「おそらく貴女様を追いかけている途中で力尽きたのでしょう」
 それから、ライカンは事の顛末を簡単に説明した。仕事で参加したパーティで、偶然ヒューゴを見かけたこと。おそらく主催者のご息女から、何か情報を聞き出そうとしていたこと。酒に弱い彼女のドリンクを、悪意のある参加者がアルコール入りにすり替えていたようで、それを代わりに飲んだこと。けれど、入っていたのはアルコールだけではなかったこと
どうやら酒と薬の飲み合わせが最悪だったようで。先ほど無理やり吐かせたので、残りの既に回ってしまった分が抜ければ多少は楽になるでしょう」
。ヒューゴは、今どこに」
「じきにそちらに到着します。あと5分くだされば」
分かりました。ありがとうございます。」
 ビビアンは、神妙な顔で通話を切った。
「ビビアン、顔、怖いよ?」
。エレン、もし私がヒューゴに何かしようとしたら、止めてくださいますか」
「止めるよ。そりゃ、実況見分で治安官とか来たら、あたしらも困るから」
「殺しはしません」
 殺す手前まではやる気なんだ。そんな冗談か本気かわからない受け答えをしながら、エレンはスマホを自分の手元に戻した。
『ヒューゴも反省しているようなので、あまり責めてやらないでください』と続けてメッセージが届いた。おそらくビビアンに向けたメッセージであろうが、エレンはわざとビビアンには伝えなかった。こういう場合、怒るか怒らないか選択する権利は彼女にあるのだから。

***

「ただいま、戻りました」
 先に部屋に足を踏み入れたライカンを目で追いながら、ヒューゴはそのあとに続いて歩いていた。正直、どんな顔をして彼女と対面すれば良いのか分からない。俺に手を振り払われて、目を見開いた彼女の、怖い、という表情が頭から離れなかった。あの時は、意識がもうろうとしていた。掴まれた手をほどいたのは、殆ど防御反応に近かった。
「おかえり、ボス。お客さんは?」エレンが問う声が聞こえる。
「おりますよ、ここに」
 部屋に足を踏み入れる。ソファに、エレンとビビアンが座っていた。ヒューゴの姿が目に入るや否や、ビビアンはすっと立ち上がって足早に近づいた。
「ヒューゴ」真正面に立ち、俺の名を呼んだ。
 凛とした表情、赤く吸い込まれそうな瞳は、真っ直ぐにこちらを見据えている。意を決して口を開いた。
「ビビアン、すまなかった」
「ヒューゴ。申し訳ありませんでした」
 ほぼ同時に、二人は謝っていた。
「なぜ、君が」狼狽える。どう考えても、彼女の好意を裏切ったのは俺だ。
「私は、貴方のことを信じ切れていなかった」
。俺は」信じきれなくて当然だ。信じられようとしているわけではない。信じる必要もない。続く言葉に迷っているうちに、突然ビビアンはヒューゴの胸に抱き着いた。
?!」
ヒューゴ、ごめんなさい、っ、無事でよかった……
 声が震えている。おそるおそる抱き返すと、さらに強く抱きしめられた。訳が分からない。
私、冷たくされて、怖くて、驚いて。全然、貴方の気持ちなんて、考えられてなくて」
ビビ、服が汚れる」
 彼女のお気に入りの、髪色と合うドレスが、雨で汚れた自分の服と触れ、濡れてしまっている。
「いいのです。私も、一緒に、濡れたいから」

 ヒューゴは、ゆっくりと屈んで、ビビアンと目線を合わせた。泣きじゃくる彼女の頭を、優しく撫でる。
そうやって、また、子ども扱いしてっ」
すまなかった」もう一度謝って、今度はこちらから抱きしめた。

「私っあなたと出会えて、よ、良かったのです」
「だから……無理しない、で」
「私に、涙を流させないで」

***

「なんだ、もっと修羅場になるかと思ったのに」
「エレン」ライカンが、窘めるように名前を呼んだ。
「ボスも色々思うところあるんじゃないの」
……………別に
「含みありすぎるでしょ」エレンは呆れたように笑った。
「さて、ここの片づけが済んだらエレンももう休んでください」
「話逸らしてんじゃん」

部屋の片づけを終え、エレンは仮眠室に向かう途中で、彼らに貸した部屋をちらりと覗いた。
並んで眠る二人の姿は、本当の兄妹のようだった。