久しぶりに良い酒が手に入ったとキザミが夜中に訪れた。最近は戦い続きで、酒なんて飲む機会もなかなかなかった。ブレイドからせしめてきたという酒を、キザミに勧められるままに気分良く煽り、普段より随分早く酒が回るのは睡眠不足による疲労と久しぶりの息抜きに気を緩めすぎたせいだろう、なんて思っていた。
なんせ今回は戦いも長期戦。盟刀の所持数は少ないがなかなか手強い相手に総力を上げて挑み、苦戦していた。
「アイツは極楽天女の剣主の座が欲しいんだってよ! 笑っちまうな!」
「馬鹿すぎて溜め息も出ませんよ、ありえない」
「ははっ!」
気を置かない相手と中身のない会話をして居心地の良い時間を過ごす。
「ほぉら! 飲め飲め!」
「今日だけですからね」
「おっいいねぇ!」
浮かれていたのかもしれない。気分はとても良かった。
「匁……寝た?」
キザミの小さな声に返事をしようとするも唇が動かない。意識はある。体が動かない。
「匁? おーい。ちゃんと効いてる? ってこれじゃあ動けないのか寝てんのかわかんねえな。いっぱい飲ませたもんなあ。そりゃあそうか」
キザミ、キザミ。おかしいんです。体が重い。
指先すら思うように動かない。重量が重くのしかかっているように、空気が重く感じた。
眠っていたようで瞼も上がらない。
意識だけがはっきりとしていた。
ギ、ギ、と音がする。
何の音かわからない。擦るような摩擦感のある音がリズミカルに耳に届く。
「匁は頭が良いからさ、きっとすぐに全部わかって凄え怒るんだと思うけど、俺は馬鹿だからさ、これが一番良いと思ってるんだ」
キザミ、気付いて。おかしいんです。ねえ、何が起こっているんですか。
ギ、ギ、と音が続く。
「皆でこんなに力を合わせても歯が立たないんだ。みんな疲れが溜まってる。こっちの被害も少なくない。早く、終わらせなきゃ」
独り言のように言葉を紡ぐキザミに、いつもであれば背中を叩いて言葉を掛けるのに。
「匁ってさ、冷たいように見えて案外仲間思いじゃん? 言ったら絶対反対するだろ? だから、さ」
音が止んだ。キザミがふうっと息を吹く。
手のひらに小さな固いものが押し付けられた。キザミの手に押され、手のひらに握り込まされたそれは、ほんのりと温かく、酒が回り体温の上がった僕の手の中では少しだけ冷たく感じた。
「ごめんな。 起きたら怒ると思う。……怒ってくれたら嬉しいけど、追いかけては、来ないで欲しい」
尖ったソレを握った手を包み込むようにキザミが手を重ねた。柔らかい髪の毛先が触れる。願いでも込めるように、キザミの体温が動かない指先を温めた。
ゆっくり離れるぬるい体温を引き留めたくて指先に力を込めた。動いた気はしないが、キザミがふっと息を漏らした。
「じゃ、……さよなら」
はた、と扉が閉まる音がして、忍ぶ足音が遠くなる。
油断した自分が馬鹿だったと、今更いくら後悔してももう遅い。
動け、行くなと思うばかりで、指先ひとつ、唇も震えることすらない。音にならない息を吐くだけが精一杯だ。
念じて、念じて、なんとか薄らと開いた視界の先で、自分の手の中に薄桃色の角が見えた。
鬼人族の角は生え変わることはない。
動け。動け。
肝心な時に自分の言うことを聞かない体。なんて役立たずなんだ。
自分の角を恋人に送る鬼人族の古い呪いの意味は僕も知っている。
手のひらの中で彼の角が冷たくなっていく。もう聞こえなくなった足音の先を手繰りながら、動かない体を恨み続けた。
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