【スタゼノ】カフェ・トーク

スタゼノワンドロワンライ第236回お題「固い」「柔い」
週末を共に過ごした朝、空港のカフェでFワードで毒づくゼノと、それをどうにかして止めようとするスタンリーの話。

 ほとんどファックしかしなかった週末が終わって、日常が戻りつつあったその日、俺達は空港に居を構えるカフェで簡単な朝食をとっていた。ゼノはいつも通りブラックコーヒーにチキンのサンドイッチ、俺はカフェオレになんとはなしに手に取ったツナのサンドイッチ。ゼノはラップトップに向かってメールのチェックをして、俺もやっぱりスマートフォンで呼び出しがないかチェックをしていた。それはいつも通りの、変わりのない別れの前の光景だった。ちょっと寂しいけれど、変わりのない日常に戻る儀式みたいな光景だった。
 俺達はこれから別々の便に乗り、それぞれの勤務地に戻る。そしたら、今度はいつ会えるか分からない。でも、週末はしっかり甘い時間を過ごせた。たっぷり彼を堪能して、彼に俺を刻み付けた。次の週末あたりには、俺が恋しくなって身体が切なくなるくらい、俺はゼノを愛した。とはいえ、そんなに頻繁には俺達は会えない運命なのだけれども。
「全く……上の人間と来たら……
 そんな時、チキンサンドを齧りながら、ラップトップのキーボードを叩いてゼノが顔をしかめた。俺はその時ツナサンドを食い終わって、カフェオレを啜って食事を終えようとしていた頃合いだった。
 ちなみに、俺達の隣の席では、スーツを着た会社員ふうの女がゼノと同じくラップトップに向かって、仕事の準備をしていた。こっそり覗き見た画面には、昨日の株式市場の動向が映し出されている。そろそろ、今日が動き出そうとしていた。俺達はやがて離れ離れになり、いつもの日々に戻る。そんなセンチメンタルな瞬間なのに、ゼノの口から出たのは思いもしなかったもの――有り体に言うと、Fワードだった。
「ゼノ?」
「本当に信じられない、あの上司は……
 Fワード、Fワード、Fワード。お上品な、可愛らしい小さな口から出るのはそんなものばかりで、隣に座っていた会社員ふうの女は顔をぎょっとさせていた。勿論俺も驚いた。ゼノが怒り狂うのは決して珍しいことじゃなかったが、彼は時と場所を選ぶ男だったので、いつもなら、隣の女の顔に気付いて途中でやめそうなものなのに、今日は違ったのだ。どうしてかは分からない。ゼノには守秘義務があったから、理由があったとしても俺には教えてくれないのだけれども。
 でも、あんまりな言葉が続くと、店員に文句を言われてしまうかもしれない。せっかくの別れの朝なんだ、トラブルを起こすのはよしたい。あんたとの時間を誰かへの謝罪で終わらせたくない。だからといってはなんだが、俺はゼノのネクタイをぐいと引っ張って、ほとんど本能的に彼にキスをしていた。とめどなく流れ出るFワードを止めるために、店員に告げ口されてこの店を追い出されないように。
 すると、ゼノは軽く唇を重ねただけなのに、急におとなしくなった。もしかしたら、ファックしながらした、モーテルでのキスを思い出したのかもしれない。だったらいいなって俺は思う。もう俺とのことを思い出してくれて、それで身体を熱くしてくれてるんなら、すげぇ嬉しいなって思う。
 俺は角度を変え、何度か唇を食んでゼノから離れる。ゼノはほんのりの目元を赤くしていて、それは日に焼けていない肌の白さを印象付けていた。手元のコーヒーからはまだ湯気が立っている。そういえば、キスはサンドイッチの味がしたっけ。ちょっと安い、マヨネーズとピクルスの味が。
「スタン……
 ゼノがこちらを責めるように、じっと俺を見つめる。俺はカフェオレに口をつけ、隣の席の女をそっと盗み見る。すると彼女はただの恋人同士の痴話喧嘩と思ったのか、それとも単純にこれ以上巻き込まれたくないと思ったのか、ラップトップを見つめながら、画面をスクロールし始めた。俺をそれに安心して、恋人をからかう。
「ゴミみたいな口調のくせに、あんたの唇って柔らかいんね」
 そう言うと、ゼノは恨めしそうに俺を見て、でも皮肉を口にしたくてたまらないってふうにこうつぶやいた。
「君は頭が固すぎだよ。回転は速いくせにね」
 キスで言葉を封じるだなんて、ロマンチックコメディのお約束じゃないか。そうゼノが笑い、俺はそれに吹き出す。確かに、確かに今の俺達はそんな感じだった。可愛らしい恋をしているような、そんな感じだった。ティーンエイジャーの頃から、ずっと続く恋をしているような、そんな感じだった。
「NASAではおとなしくしてな。Fワードを使いたくなったら俺に電話してよ。全部聞いてやっからさ」
「さぁ、どうしようかな。海兵隊仕込みの君に感化されて、もっと酷くなってしまいそうだけどね」
 ゼノがチキンサンドを最後の一口まで頬張り、コーヒーを啜る。俺はそんな彼を見つめて、別れる前に、この男にもう一度キスをしたい、と思う。カフェでこういうくだらない会話をするのもいいけれど、空港で別れる恋人達がするような、そういう甘い、甘くて歯が溶けそうになる、そんなキスもしたいって思う。
……もう行く?」
「そうだね。今度こそ、君とちゃんとしたキスがしたいからね」
 ゼノが首を傾げて笑う。俺はその微笑みにやられそうになって、そうだ、あんたはそういう男だったって思った。ゼノ、あんたはそういう男だよ。あんたはそういう男。俺を惹きつけてやまない、そういう男。
 ゼノがラップトップを閉じ、ビジネスバッグに入れて席を立つ。俺はそんな彼をエスコートして、カフェから出る。店員は忙しそうでこちらを見ない。ゼノの言葉に驚いていた隣の席の女も、もう自分の仕事に忙しくてこちらを見ない。
 これから、俺達は別れ別れになる。次はいつ会えるか分からないけど、上手くけばまた来月、あんたが忘れられないくらいのファックとキスをやんよ。お互いきつい日々を過ごすことになるだろうけど、それを忘れちまうくらい、あんたに甘い、甘い週末をやんよ。それくらいしか、俺には出来ないからさ。それくらいしか、俺はゼノ、あんたにしてやれることはないからさ。



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