風花莉亜
2026-01-18 00:55:46
3772文字
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思い出になんか、させない。

第32回とどち版ワンドロワンライ参加作品。藤堂くん視点の2年生設定。2人で天体観測に行く約束をする話。別れ話が出てくる、夜明けっぽい話を書こうとした結果の成れの果てです。いつも通り何でも大丈夫な方向け

「藤堂くんって、天体観測とかした事あります?」

空には星が浮かび、辺りはすっかり暗くなってしまった部活帰りのこと。
冬場は空気が澄んでいて星が良く見えるからなのか、千早からそんな事を聞かれた。
人工的な明かりの多い東京でも、冬になれば空に輝く星が夏場よりも多く見える事に気付く。
まぁ、街中じゃ光が多過ぎて気付き憎いが、例えば街灯の少ない公園だとか、暗い場所を選べば見えてくるのだ。
だからと言って、この俺が天体観測とか、

「した事あるように見えるか?」
「見えませんね」
「だったら何で聞いた……
「アハハ」

やっぱりそうだよね、そんな意味の込められた笑いに呆れてしまう。
答えわかってて聞いてくンの、マジなんなん?
何を考えているのかイマイチ掴めない恋人は寒さに弱く、口元はマフラーに埋もれていた。
それだけでなく、手袋もしっかりと装着済みで、その内イヤーマフなんかも用意してきそうだ、いや、絶対に用意してくる。
だって、こんな風にモコモコした千早を見るのは、今年で二度目だった。
去年の冬も人一倍防寒していて、今年と同じようにモコモコの塊だった事を思い出す。
風邪対策という名の、ただの寒がり。
現に今日だって、鼻も頬も赤くしていた。
ただそれが妙に可愛く見えてしまうのだから、俺は相当コイツに惚れている。
そんなの今に始まった事じゃないけど、日常の中でふと、『好きだ』と頭を過ぎる事が多々あって、多々あるって所でもう『相当惚れてる』に結び付いてしまうのだが。
ふぅ、溢れて止まないその気持ちを誤魔化すようにして息を吐き、ポケットに突っ込んでいた手を出して隣へと手を伸ばす。
歩行に合わせて揺れる、手袋に包まれた千早の手を取ると、小さく握り返された。
振り解かれる事なく素直に繋いでくれるのは、人気のない道だから許される恒例と化した行動だから。
これが大通りでやろうものなら、走って置いてかれるに決まってる。
千早は存外照れ屋なもので。

そこの角を曲がったら人通りのある場所に出てしまう、そんな頃だった。
同じ速度で進んでいた歩調が乱れて、俺の手を千早が引っ張る形で立ち止まってしまう。
どうしたのかと顔を覗き込もうとするより早く、千早が言葉を発した。
まるで、ここから立ち入るなと線引きされたかのように。

「今度、一緒にしませんか?」

天体観測。
街灯の下、千早の吐き出す息が白く見えた。
それが何だか儚く見えて腕の中へと俺よりも小さな身体を閉じ込めると、大した抵抗もしないですっぽりと収まるのが、余計に不安を煽った。
これは、良くない話の予兆な気がする。
そう、例えば、別れ話。
俺の勘は当たる、なんて言葉を何度か口にしたが、今回ばかりは外れてほしいと願った。
だってまだ、俺達が付き合ってから一年も経っていない。
いや、一年経ったから別れても良いとかそんな事はないけど、でも、でもさ、流石に終わりにするには早すぎるだろ。
身動ぎひとつしない身体をキツく抱き締めて、震えそうになる声を必死に取り繕った。

「今度って、いつ?」
「来月とか」
「何が見えンの?」
「カノープスです」
「カノープス?」
「シリウスに次ぐ、全天で二番目に明るい恒星です。日本だと地平線スレスレにしか見えないので、観測条件は厳しいんですけどね」

肉眼で見るのはかなり難しいとか言われてもな、カノープスとやらを知らん。
星に詳しくない俺には、夏の大三角とか冬の大三角さえも見つけられねーんだよ。
だから、知りもしないその星を一緒に見付けられるだろうか。
なァ……もし見付けられなかったら、どうしたらいい?

「俺は別れる気ねーからな」

囲っていた腕を外して言った脈絡のない言葉に、千早が息を呑む。
驚いた顔して、それから取り繕うように「コホン」と咳払いをし、さも何を言っているのかわかりませんという顔をする。
すっとぼけるの下手くそすぎだろ。

「何の話ですか?」
「とぼけるな。俺が気付けないとでも思ってンの? 天体観測も別れる前の思い出作りなんだろ?」
……鋭過ぎる勘も考えものですね」

確信はしていたが、本人に認められるのはあまりにも苦い。
心臓がヒヤリと音を立てて凍り付いていく感覚に、無意識に止めていた息を吐き出した。
呼吸が苦しくなった感じがして、息を吸い込んでる筈なのに吸った気がしなくて、吸って吐いてを繰り返しても激しい運動をした後のように心臓が脈打つ。
嫌な感覚だった。
先程まで聞こえていた音が一切なくなって、聞こえるのは己の荒い呼吸と心臓が早鐘を打つ音。
意識を手放してしまえば、この苦しみから解放されるのだろうか? なんて詮無いことを考える。
でも結局、一時逃れられるだけで何も解決しない事は明白だった。

千早が別れを切り出そうとしている理由には、心当たりがある。
まだ三年生になってはいないものの、すぐそこまでその足音は聞こえてきていて、そうしたら嫌でも俺達は進路について悩まなくてはならない。
互いに進路について話し合った事はないけれど、俺がプロになりたいと考えている事は千早にバレているのだろう。
例えば、俺のプロ入りが現実になったとして、その時に自分が隣にいては足枷になると勝手に結論付ける所が、千早らしいと言えばらしい。
離れるのならば、早い方が良いと考える事も。
そんな千早の気持ちを確固にしたのは、つい先日渡された進路希望調査の紙。
たった一枚の紙切れが千早の心を動かした。
そう、ただの紙切れが、だ。
ならば、俺にだって千早の心を動かす事は可能な筈で、だから俺は、抗ってやると決めた。
負けたくない闘いって、こーゆー事なんかな。

「あのさ、カノープスって見つけるの難しいんだろ? じゃあもし肉眼で見る事が出来たら、別れるのナシな」
「はぁ!?」
「賭けようぜ。見れたら別れない。でも、もし見れなかったら、その時は……別れよう」

そう言えば、余程驚いたのだろう、千早の目が零れそうな程に見開かれた。
俺がこんな風に言うなんて思っていなかったのだろう。
正直言って、俺だって思ってなかった。
いつものパターンだったら、絶対に別れないと言って千早を折れさせる所だが、今回ばかりはなかなか折れそうにないから、こんなリスクのある手段に出た。
賭けに負ければ千早を失う訳だが、負けなければ良いのだと自分に言い聞かせて。
後は、千早がこれに乗ってくれば完璧な訳だが。

「その賭けには乗りません」
「逃げンなよ」
「挑発しても無駄です。俺の考えは変わ「変えろ」随分と傲慢ですね」
「千早の事に関しちゃ傲慢にもなる」
……何で俺、こんな人好きになったんだろ」

ふぅ、千早の吐く深い溜息が白に変わって闇に溶ける。
諦めにも似た声音に反応しそうになったが、我慢して言葉が続くのを待った。
これは是が非でも乗ってくれなければ、大いに困る、だって、乗ってもらわなければ別れる道しかないのだから。
だからこれは、俺への救済処置。
その事に千早も気付いているから、こうして拒否してくるし、いくら挑発しようと乗ってくれない。
何気に負けず嫌いな所があるから『賭け』と称して煽れば口を滑らせてくれるかと思ったんだけど、俺の考えが甘かった。
挑発されてくれないのなら、方向性を変えてみるか。
百八十度くらい、違う方へと。

「俺の愛がすげーって所、証明してやるよ」
「は?」
「だから、カノープス見せてやるって言ってンの!」
「藤堂くんってクサい台詞が良く似合いますよね……愛の証明って……ふっ」
「おい、笑うとこじゃねーよ」
「笑う所でしょ。でもまぁ、クサい台詞をサラッと言えてしまうのは、キミの良い所でもありますが」
「それは、褒められてるのか?」
「受け取り手次第かと」

まるで毒気を抜かれたように、千早の表情が柔らかい物へと変化する。
おや? これはイケるのでは?
少し前まで真面目な、強ばるような表情をしていただけに、笑った顔を見るのは何だか久しぶりな気がしてしまった。
たったの数十分前に見たってのに、何を言ってるンだかな?
だが、それだけ俺の中で千早のあの表情は受け入れたくない類のモノで、やっぱり好きな奴には笑っていて欲しい。
それに俺は、千早の笑った顔が一等好きなのだ。
控え目に柔らかく笑う姿も、口を大きく開けた満面の笑みも、八重歯を零れさせながら企むような笑い方も。
色んな種類の笑った顔を見る度に、いつだって俺の隣でこんな風に笑っていて欲しいと思う。
それからやっぱり、好きだとも。

俺の未来は、たったの一秒でさえ『千早瞬平』がいないと成り立たない。
そう言ってやると、眉毛を下げて困ったように笑うから、やっぱり好きだなぁ、なんて。
両腕を広げて、宝物を抱き締めるように千早をその腕に収めた。

「さっきの賭け、乗ってくれるよな?」

腕の中の愛おしい存在が、今度は縦に首を振るのを感じた。





───二月某日、天気は晴れ。
絶好の天体観測日和となった今日、俺と千早は並んで地平線の向こうに目を凝らした。
シリウスに次ぐ、二番目に明るい星を探して。


END



難産すぎた!