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来羅
2026-01-17 23:05:33
2210文字
Public
トワウォ
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みかん(風信)
ワンドロライ第27回。
ふたりで出かけるのは久方ぶりだった。
城砦を統べる頭目と頭馬が揃って留守にしていれば、何かが起こったときに対処できない。とは表向きで、実のところ龍捲風がああ見えて出不精だったからじゃないかと信一は思っている。
必要があれば神出鬼没にどこにでも現れる人だけれども、気ままに出かけるよりも、天后廟で物憂げに一服する方が、子供たちに乞われて凧を揚げてやる方が、城砦内の相談事に乗ってやる方がずっと好きなことを知っていた。
でも、それ以上に。
「信一、そんなに急がずとも逃げやしない」
「時間は逃げるって。大佬、早く、早く!」
急かす信一にしっかりと左手を握りしめられた龍捲風が、苦笑しながら足を速める。
そういう龍捲風だって、いつもより少し浮かれているのはバレている。
久方ぶりの外出だ。
最近は頓に城砦外へ出たがらなくなった龍捲風を連れて、信一はバス停へと手を引く。そんなに『介護』しなくとも歩けると渋い顔をした龍捲風の左袖が、歩くたびにひらひらと揺れた。ただ手を繋いでいたいだけなのだと、何度言っても信じてもらえない。けれども振り払われないことが、龍捲風の心の内を表している。
「みんな行き先同じかな?」
「そうだろうな」
「やっぱりもっと早く行くべきだったー!」
「だから逃げやしない」
大埔墟からバスで約一時間。
放馬莆で降りると、林村の門はすぐそこだ。ここにある許願樹と呼ばれる神聖なガジュマルの大木がふたりの目的だった。
ここでは旧正月の許願節に願いや名前を書いた札にミカンをくくりつけ木に投げる。うまく枝に引っ掛かれば願いが成就すると言い伝えられているため、この時期になると林村は大賑わいだ。
これだけ人がいれば、だから誰もふたりのことを気に留める者はいない。人の目を気にする必要もない。
たとえ顔に刀傷の跡を残した美丈夫が、隻腕のロマンスグレーと仲睦まじく寄り添っていたとしても、誰の記憶にも残らないだろう。
浮かれながら人の波に乗ってまずは林村天后宮にお参りする。どこの廟も似たようなものだから、煙を吸い込めば逸る気持ちが凪いでいくようだった。龍捲風もまたそうなのかもしれない。繋いだ手にぎゅっと力が入り、柔らかく細められた瞳が信一を捉えた。
「願い事は決まってるのか?」
「もちろん」
にたりとすれば、注がれる眼差しは愛息子を見るときのそれだ。
いくつになっても可愛らしい、と思っているのは確実で、それが歯痒い時期もあったなぁなんて忍び笑ってまた手を引っ張る。
遠くからでもオレンジ色に染まる大樹は、確か二代目だっただろうか。ミカンの重さに耐えられなくなって枝が折れた初代は村林の端に鎮座されていると聞いた。
「はい、これ、大佬の」
「俺も投げるのか」
「当然。ちゃんと願い事してよ?」
人と人の隙間から手を振りかぶって、投げる。
こういうのは得意なのだ。
思った通りの軌跡を描いて枝に引っ掛かったミカンに、ガッツポーズした。
「よし! これで俺の願いは安泰!」
とはいえ、外れても成就させる気満々だ。その自信に龍捲風も笑う。
「何を願ったんだ?」
「そんなの『大佬とずっと一緒にいられますように』に決まってる!」
「それは」
「大佬は?」
分が悪い、といった顔の龍捲風に畳みかければ、見合って数秒、ふっと息を吐いた龍捲風が手元のミカンをそっと撫でて狙いを定めることもなく投げた。軌跡を追いかけ、枝に乗ったミカンを見ることもなく、その瞳は信一だけを見つめている。
「『信一と永く、共にいられますように』」
声は、大歓声の中でもしっかりと信一の耳に届いた。
信一たちのために命を賭けたこと。
肺の病を隠していたこと。
散々怒って、そのたびに悪かったと謝る龍捲風が、それでもその先の未来を語ることは今までなかった。
「
…………
大佬、本当に?」
「お前にもう嘘はつかない」
「
……
大佬、」
じわりと滲んだ涙がこぼれ落ちないように何度も目を瞬く。
今度の温かな眼差しは、息子へでも右腕へでもない、この世のあらゆるものの中でも一等愛おしい存在へと告げるそれだった。
「やばい、今すぐ帰りたい」
帰って強く抱きしめられたい。抱きしめたい。キスしてその肌に触れて、確かにここにいるのだと感じさせてほしい。手を取って握り込めば、龍捲風は呆れたように笑うばかりだった。
「だから願掛けなんぞに出かける必要はないと言っただろう?」
「なんだよ、それー。言ってくれなきゃわかんないだろ」
「それもそうだな」
ぬけぬけと言い放つ龍捲風が、帰るぞ、と手を引いた。
来たときとは逆に、信一の方が手を引かれて人ごみを抜ける。その手はしっかりと繋がれたままで、ふたりの体温が混ざってひとつになる感覚に自然と熱が上がった。
「信一」
軽く引っ張られて、顔を寄せる。
これも言ってなかったが、と楽しげに口角を上げた龍捲風が信一へと視線を流して囁いた。
「こうして出かけるのも悪くないが、本当はお前を閉じ込めておきたいんだと言ったらどうする?」
「っ、大佬!!」
叫んだ信一に振り返る人はいない。気にする人もやはりいない。
ここでキスでもすればさすがに目立つだろうかと、そんな詮無いことを考えながら、真っ赤になった頬を隠すように信一は龍捲風を追い抜いた。
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