「へいすけをしらないかい?」
原田は声のする方へ顔を向けた。
声の主は原田の腰辺りからじっとこちらを見上げている。
「ボイジャーか。平助になんか用か?」
「へいすけと、ほんをよもうとおもって」
よく見ると、確かにボイジャーは絵本を抱えている。
藤堂も原田もカルデアに来てからはボイジャーと何度も周回をしており、浅くはない仲だ。
特に藤堂はボイジャーに懐かれたようで、ボイジャーが藤堂の周りを興味深そうにふわふわと飛んでいたり、二人が並んでおやつを食べたりする姿は見る者の癒しを誘っていた。
藤堂もボイジャーのことを可愛がっており、兄のように振る舞う様子を毎日のように目撃する。
今日はおやつじゃなくて本の気分なのか、と原田は納得して片膝を立てた。身長差が大きすぎて真上を見上げているようなボイジャーの首が痛そうに見えたのだ。
「えっへへ、ありがとう」
ボイジャーは原田がしゃがんだ意図に気付いたのか、それとも目が合って思わず笑顔が零れたのか、嬉しそうに目を細めた。
「どういたしまして。で、何の本だ?」
「これだよ」
ボイジャーは持っていた絵本を原田に見せる。
「よだかの星
……」
「へいすけのこえでさ、このおはなしをききたいんだ」
ボイジャーは美しく笑う、愛されるために生まれてきたのだと言わんばかりの完璧な造形で。
――よだかの星は、確か
……。
カルデアに来たばかりの頃、永倉に一度読めと押し付けられた書物の中に同じタイトルのものがあったことを原田は思い出した。
「さのすけもよみたい?」
絵本の表紙と見つめ合う原田を見て、ボイジャーは小首をかしげる。
「邪魔していいか?」
「いいよ。じゃあへいすけをさがそう」
ボイジャーはこちらに手を差し出してくる。手を握れということらしい。
「へいすけ、いた」
藤堂はすぐに見つかった。食堂で手伝いをしていたようだ。
「ボイジャー、それに原田さんも。珍しいですね、二人でいるのは」
「まあ、そうかもな」
「手を繋いで可愛いですね」
「ボイジャーはお前ともよく手繋いでるだろ」
「それはそうですが、身長差が凄いもので」
ボイジャーは原田と手を繋いだ上でふわふわと浮いている。原田としては手を繋ぐ意味はよくわからないが、彼はご満悦の様子なので良しとする。
「ぼく、へいすけをさがしにきたんだ。さのすけもてつだってくれてさ」
「そうだったのか。何かあったか?」
藤堂は優しい声でボイジャーと目を合わせる。
俺と一緒の時はそんな声出さないのに、なんて考えが脳裏を過って原田は小さく頭を振った。
「あのね、いっしょにほんをよまないかい?」
「今から?」
「このおはなし、へいすけによんでほしいんだ。だめかしら?」
ボイジャーは原田の手を離してそっと絵本を差し出す。無垢な瞳が愛らしく、これを断れる者はなかなかいないだろうと解き放たれた原田は考える。
「駄目なものか。手伝いも丁度終わったところなんだ」
藤堂は微笑んで絵本を受け取った。
僕の部屋で読もう、と藤堂はボイジャーと原田を誘う。
ボイジャーは胡座をかいた原田の懐に入り込んで読み聞かせが始まるのを待った。
藤堂が原田の横に座って絵本を開く。
「よだかは、実にみにくい鳥です。」
ボイジャーは静かに聞き入っている。
落ち着いた声色で文章を読んでいく藤堂に、絵本の世界に入り込むボイジャー。
美しい光景だ。綺麗な見目をしたものが、優しい空間の中にいる。
ただ、その物語だけが優しくはなかった。
優しい空間から生み出される声の、その内容だけが酷く悲しくて、原田は目を伏せた。
「夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。」
藤堂の喉がその言葉を鳴らしたとき、原田はふと思い出した。
――そうだ。平助のようだと思ったんだ。
この生き様が、誇り高い精神が。
宝具を展開する藤堂を原田はいつも後ろから見ている。よだかが空を昇っていく様子に、何度も見た青い光を思い出す。いつだって流れ星のように輝いて、そして消えていく。
あの日、美しい容貌から、身体から熱が失われていったのを今も鮮明に覚えている。
ボイジャーは何故この物語を読んで欲しいと請うたのだろう。
懐にいる小さなこどもを原田はこっそりと見つめた。集中している少年がそれに気付くことはない。
彼も、失われるものに美しさを感じる心があるのだろうか。
綺麗なものはすぐに手のひらから零れていく。きっと、よだかも心が美しかったのだろう。
難しい考察はできないが、原田はこの悲しい話にそんな感想を抱いた。
「夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。」
――確かに平助の声はこの物語を読み聞かせるのが似合うな。
優しく響くテノールに、原田は目を閉じて聞き入った。
引用:よだかの星(著:宮沢賢治)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/473_42318.html
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