風花莉亜
2026-01-17 08:36:23
6296文字
Public
 

雨降って地固まるってヤツだと思う、多分。

第29回とどち版ワンドロワンライ参加作品。藤堂くん視点。一応大学生設定で同棲する2人。『浮気者!』と叫んで家を出て行ってしまった千早くんを藤堂くんが探すよくある話です。いつも通り何でも大丈夫な方向け

「藤堂くんのっっ!! 浮気者!!」
「は、はぁ? ちょ、待てコラ!! どこ行く!?」

脱兎のごとく、俺の前から去って行く後ろ姿。
全く身に覚えのない捨て台詞を吐き捨てて。


世間はクリスマスを目前に控えた十二月。
仕事に忙殺された社畜は兎も角として、あちらこちらでどこか浮き足立つ人々が目立つようになった。
街も赤と緑に染まり、嫌でもクリスマスを連想させる仕様になっている。
そんな恋人達にとっての一大イベントがやってくると言うのに、何故か俺達は喧嘩をした。
喧嘩と言うか、千早が一方的に『浮気者』だと叫んで、俺達の愛の巣を出て行ったと言うか。
そもそも浮気者と言われても、俺にはそんな事を言われる理由がひとつも見当たらない。
高校の頃から千早一筋だし、千早以外目に入らないし、千早以外の誰かと付き合う気もないし。
こうして一緒に住むにまで漕ぎ着けたというのに、どうして浮気なんてしなければならないのか。
全くもって、わからん。
わからんけど、玄関で手を伸ばしたままの間抜けな格好の俺は、一人取り残された訳で。
捕まえる筈だった腕は一歩先を行き、自慢の脚で逃げられてしまったのは痛い。
千早の脚は、速い。
そんな事は、誰よりも知っている。
だからこそ、スタートダッシュを決められてしまえば易々と追いく事が出来ない、それは身に染みて知っていた。
完全に出遅れた俺は、着の身着のまま追い掛ける事を諦め、一旦部屋の中へと戻ってスマホを手にする。
そこでピタリと動きを止め、一抹の不安を吐露した。

「アイツ、スマホ持ってたか?」

勿論、それに答える者はいない。
頭をガシガシと掻きながら、通話ボタンを押すと呼び出し音が鳴るが、部屋の中からは着信を知らせる音はない。
マナーモードだった場合は終わったが、持って出た事を祈ろう。
出ろ出ろ、と念じながら辛抱強く相手が出るのを待ってみたが、呼び出し音が途切れる事はなかった。
完全無視。
これは流石に凹む。
だから一体、俺が何をしたンだっての!
せめて浮気者という不名誉なレッテル剥がしてから出て行ってくれよ、やっぱ今のなし、出ていかないでください。
一度呼び出しを中断し、千早を探しに行くか、ここで戻るのを待つかの二択を脳内に描く。
頭が冷えたら帰ってくるだろう、なんて事は千早には適応されないので、二択を用意したものの、実は探す一択だったりして。
まぁ、元から探しに行くつもりだ。
寒空の下、千早を一人にするつもりは微塵もない。
去って行く後ろ姿は薄着であったし、何より千早に何かあったら俺が無理。
これでも大事にしたいんだよ。
本人には届かない気持ちを持て余しながら上着を羽織り、主が不在の部屋へと押し入って、クローゼットから千早の分の上着を取り出す。
……どれでも良い、よな?
勝手に取り出したら後で怒られそうな気もするが、そんな事はどうでも良かった。
後の事は後で考えれば良い、今は一刻も早く千早を見つけ出す、それだけ。
クローゼットから目に付いた物を引っ掴んで、スマホとキーケースを持って玄関へと向かう。
ドアを開けると、ひんやりとした空気に身震いした。
アイツ、あんな薄着で出ていきやがって風邪引く気かよ!
気持ちが表面に出てしまい、やや乱暴にドアを閉めて鍵をかけ、エレベーター目掛けて走る。
流石に階段よりかは下に行けるのが早いので、ボタンを押して到着を待つ。
じっと数字が増えていくのを見ていると、幸いにも途中で誰かを乗せる事なく、四角い箱は俺の元までやって来た。
開いたドアから滑り込むように乗り込み、一階を押す。
閉まるのも、下へと降りていくのも、普段よりも遅く感じるのは俺が焦っているからなのか。
いつもの倍の時間を費やして到着したように感じるエレベーターを降り、すぐさま外へと出る。
今夜は冷えると天気予報で言っていたが、雪とか降ってきたりしねーよな?
人工的な明かり向こう、外に出て見上げた空は黒かった。
雪は降らずとも雨は降りそうな、そうでもないような。
どちらにせよ、急いだ方が良いと判断して、まずは近くの公園へと向かう事にした。


俺達の住むマンションの近くにある公園は、大学へ行くのにもコンビニへ行くのにも、スーパーへ行くのにも必ず通りがかる所にあって、ほぼ毎日と言って良いほど目にしている。
千早とジョギングする時にだって通る場所で、それなりに思い出もある場所だ。
それに、公園って喧嘩とかした時に訪れる定番スポット的な感じがするから、もしかしたらいる可能性がある。
と、思っていたのだが、肝心な千早の姿はなかった。
人っ子一人いない公園は寂しいと言うか、ちょっと怖いまである。
うん、こんな所に一人は嫌だな。
切り替えて次の場所へと向かう事にした。

お次は何処へ行くか、と再び思考を巡らせ、ひとつ思い付く。
小手指野球部の誰かの家、だ。
この寒空の下にいるより、全然有り得る。
行くとしたら要かヤマ辺りの所だろうか。
これは真っ先に電話するべきだったかと苦笑しつつ、誰かの家にいるよう願いながら通話ボタンを押した。
──── 結果から言って、誰の家にも千早は行っていなかった。
一応清峰や土屋さんの所にも電話してみたが、答えはNO。
誰かが嘘を付いてる可能性もなくはないが、俺の勘が誰の家にもいないと告げているので、それはない。
じゃあ、千早はどこへ行ったんだ?

良く行くコンビニや駅、ファストフード店なんかも覗いてみたが、全て空振りだった。
せめて電話に出てくれたら何かヒントがあるかもしれないのに。
途中、何度か電話してみたが全て無視され、途方に暮れる。
時刻は夜十時を回った所で、家を出てから二時間近くが経過していた。
そもそも時間が時間なので、店にいるとなると限られてくるし、ネカフェとかカラオケとか二十四時間営業の場所か?
後は普通にホテルを利用した可能性もある。
色々な可能性が出てきてしまって、俺の頭はパンクしそうだった。

「どこ行ったんだよ……

情けない声が夜の街に溶ける。
一旦家に戻るか?
あてどなく探しても見付からないだろうし、ならば一層の事、そう考えてポケットに手を突っ込むと、キーケースが指に触れる。
取り出してみれば、まだ帰るなと言われているような気がした。
これは、千早が誕生日プレゼントに買ってくれたもので、お気に入りの物のひとつ。
シンプルなデザインの黒色で、少々俺には上品すぎないかと言ったが、ひとつくらいはそういう物も持っておけとの事だ。
革で出来ている為、使い込むとまた違った味が出るんだとか。
長く使えるのは嬉しい。
だって俺は、千早から貰った物を捨てるなんて出来そうにないのだから。

「あ」

キーケースを見ながら、一箇所だけ閃く。
これを貰った場所、俺達にとっては始まりの場所でもあるそこには、まだ行っていない。
賭けてみる価値は、大いにあり。
待ってろ千早、今度こそいてくれよ……


寒空の下を疾走して辿り着いたのは、高校の頃に良く行っていたバッセン……の近くの公園。
また公園かよ! とか言うな! 俺だって思ってるんだから!
でもな、俺の勘は当たるンだよ。
暗い公園の中、街灯の光でぼんやりと人影が見える。
ソイツはブランコに座っていて、ベタだなぁと笑いたくなるのを堪えながら、そっと後ろ姿へと近付く。
抜き足差し足忍び足。
完全に背後を取った俺は、カシャン、と音を立ててブランコの持ち手を掴んだ。

「やっと見つけた」
「!!」

ガバリとこちらを振り向いた千早の顔は驚きに満ちていて、してやったりと笑う。
俺がこの場にいる事が信じられないとでも言いたげだが、俺から逃げるなんて許さねーよ。

「って、こら! 逃げンな!」
「はな、離してください!」
「やなこった! 誰が離すか!」

全く、油断も隙もない。
今度は掴めた腕を引っ張って、ガバリと抱き締める。
こんな時、体格差があって良かったと思う。
腕に閉じ込めて離さなければ、千早では俺から逃げ出す事が出来なくなるから。
やりようによってはそれも可能だけど、千早は俺に対して本気で乱暴な事はしない。
たまに手が出る時もあるけど、それは怪我をするようなものではないし、ちょっとした戯れみたいなものでしかない。
俺も千早に乱暴な事はしないので、そこはお互い様だけど。
俺達は互いが互いに野球が大事で、だから怪我に繋がるような事は絶対にしないと誓える。
それをわかっているからこそ、こうして千早の行動を塞いでしまえば、もう俺の勝ちなのだ。
狡いと言われようと知るものか、俺は千早を逃がす気は一ミリもないし、千早にも俺を手放してほしくない。
叶うなら、一生を共にしたいとさえ考えている。
それを言ったら重いだの何だのと言われるだろうから、今は言わないけど。
でも『いつか』がきたその時は、覚悟してほしい。
俺は本気なんだ。

「めちゃくちゃ探したんだけど?」
…………
「つーかさ、浮気者って何? 全然覚えがないンだけど?」
…………
「千早くーん?」
……って、」
「なに? よく聞こえない」
「ちーちゃんって誰ですか!!」
…………?」

いや、誰だよそれ。
ちーちゃんってどこのどいつだ?
ちーくんなら目の前にいるけど。
考えながらも、一旦身体を離して持って来た千早の上着を本人の肩にかけ、もう一度抱き締め直す。
されるがまま、大人しく腕の中に収まる千早の身体は冷えていて、このままでは風邪を引くだろう。
少しでも俺の熱が移るようにぎゅうぎゅうと力を入れていたら、苦しいと言われて力を緩める。
そんな強かったかな?

「とりあえず、帰ろーぜ」
「いやです」
「と、言われても。おめェ、身体冷えきってるじゃねーか」

両手で頬を包むと氷のように冷たくて、自分から触った癖にあまりの冷たさで手を引っ込めそうになった。
けれど、ここは我慢。
こんなに冷え切ってしまったのは、俺のせいみたいだし。
本気で身に覚えはないけど、そう思わせてしまった何かが俺にはあるから。
だからこれは罰と言うか、反省の現れと言うか。
でもまぁ、寒いからな、そろそろ帰りたい。

「ほれ、風邪引くから帰るぞ!」
「風邪なんか引いてもいいんです」
「俺がよくねー」
「何でですか! 藤堂くんは、ちーちゃんとやらとよろしくしてたら良いじゃないですか!」

だからちーちゃん、誰なんだよ。
帰ろうと言えば嫌だと言う、遊び足りない子供かよ! 確かにココ公園だけどな!?
ったく、このままじゃ埒が明かない。
と言うか、その『ちーちゃん』とやらの正体を突き止めない事にはどうにもならないって所か。
くそぅ、駄々っ子め。

「なぁ、ちーちゃんとやらの話、ちゃんと聞かせてくれねーか?」
「ですから、藤堂くんの彼女なんですよね?」
「おめェと付き合ってるってのに彼女いる訳ねーだろが。あーっと、ちーちゃんの事はどうやって知った?」
「やっぱり彼女「存在すら知らねーけど話進まねーから聞いてンだっての!」
……通話してたじゃないですか。相手の声は聞こえませんでしたけど『ちーちゃん』って呼んでました」
「通話ァ?」

意味がわからない。
ちーちゃんが何者なのかもわからない俺が、ちーちゃんと通話してたって何だそりゃ。
そもそも今日通話してたのは要くらいなものだし。
あ? 要?

「あー!!」

思わずデカイ声が出てしまい、千早をびっくりさせてしまった。
すまん、悪気は無い、だからそんな顔するな、可愛い顔が台無しだぞ。
やっと点と点が繋がった俺は『ちーちゃん』とやらの正体がわかってスッキリしたと同時に脱力する。
さらに言うと、やっぱり俺は浮気なんかしていなかった。
だってその『ちーちゃん』とやらの正体は、千早の事なのだから。

「怒らないで聞いてくれるか?」
「は? やっぱり浮気「じゃねーよ! あのな、おめェが通話してたって言う相手はな、要なんだよ」
「要くん……? じゃあ、ちーちゃんって誰の事ですか? 可愛いとか何とか言ってませんでした?」
「ちーちゃんはな、お前の事」
「意味がわからないんですけど」

誰がちーちゃんだ、千早を纏う空気が言外にそう告げている。
いやまぁ、そうなるよな。
ふざけてもそんな呼び方した事ないし、今の情報だけじゃ何が何だかわからんだろう。
俺だってわからん。
それにしても、

「今回の事に関しちゃ要が元凶だな」
「?」
「どうなってその話題になったのか覚えてねーけど、要の奴が自分が女だった場合、絶対可愛いとか言ってきてさ。葵ちゃんはお姉さま似なら美人だよねー。あー、ハルちゃんも美人だよね絶対! ヤマちゃんもほんわかとした可愛い感じかなぁ? 瞬ちゃん、瞬ちゃんってか、ちーちゃん? ちーちゃんも絶対可愛いよね、とか言ってきて」
「何ですその生産性のない会話」
「そう言うなって。で、葵ちゃんも思うよね? ちーちゃん可愛いよね? って言うから同意した」
……つまり、その部分だけを俺が聞いた、と」
「そーゆー事だろうな」

それを聞いた千早は、今まで聞いた事ないデカく長い溜息を吐いた。
くだらない、口には出さなかったが絶対そう思ったに違いない。
それを表しているのが、深く深く刻まれた眉間の皺。
なんか、ごめん。

「つまり俺は、自分に嫉妬してたって事ですか。そんな間抜けな事あります?」
「あー……可愛いぞ?」
「そんな慰めはいらんです」

ポスン、と力のないパンチが胸元を叩く。
そのまま俺に抱き着きながら、一人でバカみたいだと呟く姿を愛おしいと思った。
それにしても、結果として自分で自分に嫉妬とか、ほんっとかわいいヤツめ。
しかもこの場所、俺が千早に告った場所だし?
キーケースを貰った場所でもあるけどってか、この場所は二人の思い出が多い。
そんな場所を無意識に選ぶとかさ、俺の事好きすぎねーか?
あー、くそ可愛い。
こんなん知ってしまったら、多少だらしない顔になってたってしょうがねーよな。
千早からの愛情を知れる機会がくるなんて想像もしてなかったし、嬉し涙も出てきそうだ。
たまに俺の好きのがデカくて重荷になってないかとか、俺の事本当に好きなんかな、とか考えしまう時もあって。
でも、そんなん考えなくったって、千早はちゃんと好きで一緒にいてくれるんだって、今回の事で気付けた。
喧嘩って、した方が良いのかも?
いや、今回のこれは喧嘩と言えるかは謎だけど、ちゃんとお互いの言いたい事は言ってしまった方が、俺達の場合は上手くいくのかもしれない。
特に千早は抱え込むタイプだから、爆発する前に言ってほしい。
ちゃんと全部、受け止めるから。

「誤解も解けたし、帰ろーぜ」

身体を離して手を差し出せば、俺の顔と手を交互に見やって、それからおずおずと小指を握られる。
控え目すぎだろーが。
仕方ないと、俺の方から手を握って指を絡めると、めちゃくちゃ冷たかった。

「ははっ、つめてー」
「だったら離せば良いじゃないですか」
「絶対離さねー」
「馬鹿ですねぇ」

そう言いながらも手を握り返してくるのが可愛い。
よし、帰ったらめちゃくちゃ甘やかそう。
そう決めて、帰るべく一歩を踏み出した。


END

ラストが怒涛の会話文
いつも通りダラダラと長くて申し訳ない