風花莉亜
2026-01-17 08:32:28
5634文字
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雷が止んだ後も。

第27回とどち版ワンドロワンライ参加作品。
千早くん視点で雷が怖い千早くんの話です。お揃い白パーカーネタもいつか書きたかったので、ここに捩じ込みました!
いつも通り何でも大丈夫な方向けです

その日は、朝から雨が降っていた。
ザーザー降り注ぐ訳ではなく、しとしと、しとしと。
柔らかく、静かな雨だった。
登校中も、授業中も、休み時間も。
帰宅するその時も、休む事なく雨は降り続けた。

「雨止まねーな」
「そうですね」

二人きりで歩く、帰り道。
傘がぶつからない程度に距離を取って歩いているので、いつもより二人の隙間が大きい。
うっかり手が触れ合うなんて事もなく、それを寂しいと思ってしまうのは、雨で気分が沈んでいるからなのか。
考えてもわからなかったけれど、一つだけ言えるのは、寂しく感じているのは俺だけだと言う事。
藤堂くんはいつも通りで、それがこの気持ちに拍車をかけているのかもしれない。
完全なる一人相撲。
何だか面白くなくて、傘で藤堂くんの傘をつついてやろうとしたその瞬間、世界が一変した。
それは正に、一瞬の出来事。
あんなにも優しかった雨が、突然の大降りになって地面を激しく叩き、傘を打ち付ける雨粒は跳ね返って、バラバラと音を立てる。
このままでは傘なんて意味をなさない程に濡れてしまうのは明白だ。
だったら身体を冷やす前に、多少濡れてもいいから走れ!
ここまで割とスローペースで歩いていた俺達は、顔を見合わせて頷く。
それを合図に、ズボンの裾に水溜まりの水が跳ねる事も厭わず、慌てて帰り道を急いだ。
向かうは、俺の住むマンション。
俺の家の方が近いからとかではなく、元々向かっていた場所がそこだった。
今日は天気も良くないって事で、藤堂くんとお家デートの予定だったので。

少し息が上がってきた頃、漸く俺の住むマンションが姿を現し、エントランスへと駆け込む。
その頃には二人共あちこちが濡れていて、多少濡れてもいいから、なんて考えは甘かったと苦笑する。
傘の意味なんて少しもなく、水も滴るいい男が完成してしまっていた。
エントランスを抜けてエレベーターを待つ間、こっそりと隣を盗み見る。
掻き上げた髪からポタポタと滴る雫に、肌に張り付いた衣類、普段の藤堂くんは健康的なイメージの塊なだけあって、こういうギャップにはクラクラとしてしまう。
かっこいいし、ちょっとえっちだ、なんて。
そんな風にドキドキした俺のトキメキを返して欲しい。

「パンツ濡れた」

エレベーターという密室の箱に入るなり、藤堂くんはパンツが濡れた事を報告してきた。
それまで言うのを我慢していたのは、褒めるべきなのか否か。
……やっぱり俺のトキメキ返してください!
色々と台無しにしてきた男に、ついつい辛辣になってしまうのは仕方のない事だと思う。
そう、仕方のない事。

「藤堂くんは暫くノーパンで過ごすしかなさそうですね」
「ンだよ、貸してくれねーの?」
「下着はちょっと……
「あー?それぐらい、いいだろ」

良くない。
全くもって、良くない。
藤堂くんとはアレやソレをした仲ではあるけれど、下着の共有は許し難い。
あーもう、仕方ないので新品出しますか。
ふぅ、と息を吐いて、それから藤堂くんを見る。
その更に向こう、視線を向けた先にはコチラを見ているレンズがあった。
一応ここにも防犯カメラ付いてるんですよね。
果たしてこれは音声録音される物なのか、されない物なのか、それは定かではないので、されないタイプの物だと願いたい。
万が一があってこんな会話を聞かれでもしたら、恥ずかしすぎる。

「千早ァ」
「わかりました、貸しますから引っ付くな!」

防犯カメラへと思考を飛ばしていると、びしょ濡れの大型犬に抱き着かれる。
肌に張り付いた衣類が気持ち悪いのに、更に密着させてくるとか有り得ないんですけど!?
腕を突っ張って顔を押しやれば、つれないだの何だの言いながら口を尖らせる。
どうでもいいから早く離れろ。

「藤堂くん、ハウス」
「俺は犬じゃねー!」
「犬の方がお利口さんでしたね」
「おっまえなぁ」

その減らず口塞いでやる、とか言いながら藤堂くんが迫ってきた所で、タイミング良くドアが開く。
逃げるが勝ち、って事でスルリと藤堂くんの腕を抜け、エレベーターから降りた。
後ろの方で「待て」だの「逃げるな」だの言っているが、無視だ無視。
走って自宅の前まで行き、玄関の鍵を解錠してドアを開け、隙間に身体を滑り込ませてしまえば俺の勝ち。
……まぁ、そんな上手くはいかない事は最初からわかっていましたよ、えぇ。
まるで怖いお兄さんよろしく、ドアが閉まる前に足を挟み込み、ガッという効果音付きでドアに手を掛けた藤堂くんは、立派なチンピラだった。

「俺から逃げられると思うなよ」
「こわっ」

俺の彼氏が輩すぎる。
そんな輩、もとい藤堂くんを自宅へと招き入れてさっさと風呂へ行けと促すと、一緒に入ろうとか言ってきたので、寝言は寝て言えと睨んでおいた。
けれど俺の睨みなんて藤堂くんにしてみたら赤子同然で、有無を言わさず風呂場へ連行された。
そしてそのまま二人で湯船に浸かり、ホカホカの状態になって風呂場から出て、今現在、俺の部屋にいる。
余談だが、いま俺達が着ているのは、いつぞやのデートでお揃いにした、白いパーカーだったりする。
こっそり藤堂くんの分も俺の部屋に置いて、ごく稀にではあるけど、俺の家に泊まる時にお揃いで着る用だった。
そんなバカップルみたいな事をしようと言い出したのは勿論、俺ではなく藤堂くんで。
でもまぁ、言い出しっぺは藤堂くんだけど、俺自身、お揃いのパーカーに身を包むのは吝かではなく。
素直に言ってしまえば、お気に入りの一着と言っても過言ではなかった。
そんなお気に入りの部屋着に着替えてまったりモードに入った俺達は、温かい飲み物を入れて寛いでいる。
選んだ飲み物は俺のチョイスであるアールグレイで、ベルガモットの香りが爽やかで落ち着くって事を理由に選んだ。
カップを手に取ると透明感のある、明るい赤褐色が器の中で揺れ、ふわりと香ったベルガモットにホッとする。
コクリと一口飲んで、また一口、それを繰り返してカップの半分程を飲み、一旦ローテーブルへと戻す。
じんわりと内側から温かくなった事で、少しだけ眠気が襲ってきてしまった。
しかし藤堂くんを放置して寝る訳にもいかないので、微睡みそうになるのを何とか堪え、パチパチと瞬きを繰り返す。
それでも眠気は去る気配はなく、藤堂くんに何か話をしてくれと頼もうとした所で、窓の向こう側に光が走った。
光った、と思ったその数秒後、俺の大嫌いな音が辺りに響く。
防音ではないのでどうしたって全ての音を遮断は出来なくて、雷特有の音が室内まで聞こえてくる。
ゴロゴロと鳴り出した雷はまだ遠いようだが、近付いてくるかもしれない、そう思ったら、先程までの眠気はすっかりと消え去った。

「雷鳴り出したな」
……ですね」

カーテンで遮られた窓の方を見ながら、藤堂くんは言った。
それに対して一言返すのが精一杯で、俯く事しか出来ない。
お願いだから近付いてこないでくれ。
願うように、ギュッと目を瞑った。

「どうした? 体調悪い?」

俺の様子がおかしい事に気付いてしまった藤堂くんが心配して声をかけてくれるが、それに返す言葉は俺の口から出る事はない。
声を出したら、震えてしまうに決まっている。
そんな格好悪い所を藤堂くんに見られたくなかった。
俺が唇を噛んでいる間にも少しずつ雷は近くへと来て、その音を大きくさせていく。
ゴロゴロ鳴っているだけなら、まだ良い。
けれど、バリバリと空気を割く音とドカーンッと落ちる音には、どうしたって反応してしまうのだ。
あれは何回、いや何百何千と聞いたって慣れはしないだろう。
心の奥底にまで染み付くような恐怖心は薄れる事がない。
別に落雷を近くで見ただとか、それこそ己に向かって落ちてきたとか、そんな体験をした訳ではないのだが、何故か物心がつく頃から雷を怖いと感じるようになっていた。
幼い内は怖いと思っても不思議ではなかったし、泣いた所で何も問題はなかったのだが。
しかし、年齢を重ねるにつれて、雷が怖いだなんて恥ずかしいと思うようになった。
それでも、怖いものは怖いし、克服だってできないまま。
──────全く、なんでこのタイミングなんだ。
一人きりだったのなら、ヘッドフォンを付けて布団の中へと潜り込んでしまえば、それで解決するのに。
よりにもよって、藤堂くんがいるこの時に。

またひとつ、雷が落ちる。
その瞬間、部屋の証明が消えた。

「ヒッッ」

漏らすまいと歯を食いしばっていたというのに、殺しきれなかった小さな悲鳴が口の隙間から外へと出てしまう。
肩も大袈裟に揺れてしまって、暗くなった部屋の中でも隣りにいた藤堂くんには気付かれてしまった事だろう。

「千早……?」

その証拠に藤堂くんの声に心配という感情が乗っている。
あぁ……藤堂くんに、聞かれてしまった。
雷ひとつで怖がっている、俺の弱い部分を。
小さな子供じゃあるまいし、高校生にもなって雷が怖いだなんて、笑い話も良い所だ。
どうしよう、やっぱり引かれたかな?
それは嫌だと、何か言い訳をと口を開けた所で、雷が再びその音を響かせた。

「ッッ!!」
「どうした!? もしかして、雷ダメなのか?」
…………
「あーっと……怖かったらこっち来い。イチャイチャして気を紛らわせよーぜ!」

そう言って、手探りで俺にパーカーのフードを被せ、そのまま身体を抱き込んでくる。
フードにどれだけの効果があるのかは知らないけれど、布一枚被せただけでも多少の効果はあるらしい。
先程よりも音が遠くなった気がした。
目を瞑って耐えていた俺は、藤堂くんに引っ張られるままに身体を預ける。
胸元にぎゅっと縋り付くと、背中をあやす様にポンポンと叩かれ、その一定のリズムが心地良くて、乱された感情が少しずつ凪いでいく。
何より、藤堂くんの体温も心地良い。
身体を預けて暫くされるがままでいたが、落ち着いてきた事もあってゆっくりと目を開く。
辺りはまだ暗闇に包まれていていて、暗がりに目が慣れていない俺には、藤堂くんがどんな表情をしているのかすらわからなかった。
引かれてないと、いいな。


「あの……

藤堂くんの胸元から顔を上げて、おずおずと声をかけた。
少しだけこの暗さにも慣れてきたらしい俺の目は、藤堂くんの顔を見て、その表情を読み取ろうとする。
どうした、と首を傾げるその表情は優しげで、怖がらせないように柔らかい雰囲気を作り出しているようにも見えた。
と言うかこれ、お兄ちゃんモード入ってますよね?
もしかしたら、妹さんが雷を怖がるのかもしれない。
だから雷を怖がる相手に慣れていると言うか、どう接したら良いのか熟知していると言うか。
イチャイチャしようとか言っといてなんだそれって感じではあるが。

「俺、妹さんじゃないんですけど」
「そりゃそーだ」

何を当たり前の事を、とでも言いたげな顔をされ、若干カチンとくる。
だったら!今すぐ!恋人扱いしろ────!!
藤堂くんのお兄ちゃんモードは嫌いではないけれど、時と場合による。
今は、そのモードを封印してくれると嬉しいんですけど?

「お兄ちゃんモードの癖に」
「お兄ちゃんモードってなんだ? あー、何か知らんが千早の口から『お兄ちゃん』ってワード出るの良いな」
「もう言いません」
「なンでだよ、言えって」
「言いません」

もう知らない、と背中を向けると、おんぶでもする様に後ろから抱き着かれる。
今度は甘えん坊?
忙しい男だ。

「千早くんは、ご機嫌ナナメですか?」
「いいえ、全く」
「言葉尻にトゲがあるのは気の所為かよ」
「気の所為ですね」
「つれねーの。ンだよ、甘やかすの嫌だった?」
「嫌ではないですけど」
「けど?」
「妹さんみたいに扱われるのは、嫌です」

そう続ければ、息を呑むのが聞こえた。
やっぱり、一連の行動は無自覚でやっていた訳ではなかったらしい。
俺としては無意識の行動だったって言われた方がマシだったし、自覚ありの行動だなんて面白くないどころの話ではなかった。

「別に、妹にするみたいに扱ったつもりはないんだが」
「?」
「恋人だから甘やかしてェなって。ただそれだけ」
「えぇ? コレ、恋人仕様でした?」
「そのつもり」

なんだそれ。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ。
藤堂くんって、恋人はデロデロに甘やかすタイプだったのか。
あまりにもデロデロすぎて、小さな子に接するみたいだと思っていたのに、違ったんだ。
へぇ、ふーん、そう。
現金な俺は、恋人扱いされていたという事実に喜んでしまう。
停電してて良かった。
パーカーのフードも被ってて良かった。
藤堂くんが後ろにいて良かった。
顔が見えなくて、良かった。
嬉しいを前面に押し出したダラしない顔なんて、藤堂くんに見られたくないし、絶対に見せたりなんかしない。
なのに。

「恋人らしい事、する?」
「え?」

腹の辺りに回された腕に力が籠って、一分の隙もなくなるくらい、身体が密着する。
恋人らしい事って、例えば?
期待に揺れる胸をおさえて、顔を少しだけ斜め上へと向けると、待ってましたと言わんばかりに、パッと電気が付く。
タイミング良くパサリ、とフードが落ちて、藤堂くんと目が合う。
眩しさに目が眩んで表情がわからないけれど、口元は笑っている気がした。
まずは手始めに、と顎を掴まれて固定されたと思ったら、唇が降ってきて俺の物に重なる。
熱を帯びた瞳に引っ張られて、俺の体温も上がって、それから。

「雷、止んだっぽいけど……続きするか?」

ニヤリと笑う顔に頷く以外の選択肢は、俺にはなかった。


END



雷怖い千早くん可愛いなって思って