ortensia
2026-01-16 23:26:32
14683文字
Public カトマク
 

(漫画家っていうか)絵師のカトマク(?)※かなりパラレル

ルックバックを観ましてですね…(涙)※この話では誰も死にません

「ねね、マキナぁ!このマンガちょー面白いよ!ちょーオススメ!」
「あ?あそれ知ってる!あーしもめっちゃ推してる作家さん。マジ良いよね。なんか二人組でマンガ描いてるらしいよ?」
「へーそうなんだ!チハルもしこのマンガ家さんたちに会ったら絶対お礼言いたい、こんな面白いマンガ描いてくれてありがとうございますって!」

 絵を描いてSNSに投稿するのが趣味だ。そこではだァれも外見が分からないから、見た目が機械のサイボーグがそれでモノみたいに扱われることもない。
 起きたらおはよう銀河系って言って、朝食べたって言って、昼休憩に弊社の爆発を祈祷しながら変な雲の写真流して、帰り道に客はクソって言いながら強化猫の写真流して、夜食べたって言って、フロリダって言って、テキトーに面白くもないことをさも面白いかのように変にアンニュイな感じで呟いて、で、絵を流す。そういう生活。
 仕事は本当に滅ぼしたくて、見た目につられて機械扱いされて、人間のためにもっと機能しろって、こっちだって人間だっつーの。
 それが顔の分からないネットでは、やっと人間やれてる感じだった。リアルではあり得ない評価と拡散を受け、現実との落差が激しいくらい。でもそれくらい現実味がなくて良かった。リアルに変な期待しなくて済む。これぞゴミの本領ですよっと。
 絵と言っても描くのはキャラクターモノで、写実的なものよりはグラフィカルな感じだ。嘘みたいなビビッドカラーと大袈裟なくらいのエッジをオーバーパースで効かせて。コミカルなタッチでそのままマンガを描いたりもした。自分のサイボーグの顔はなんの表情も変わらないのに、マンガのキャラクターを生き生きと描いている自分は滑稽だろう。
 そんなこちらの事情を知らないくせに、絵だけ投稿しろ余計な話流すななんて謎注文付けて来る指示厨が湧いて来る。不思議なもんだ、だったら金払えって思うわ。構ってられるもんか。あーそうだ、人間ってサイボーグ相手でなくてもこういうクズはいるんだった、サイボーグになる前を思い出した。
 他人相手にどうでも良いとは思うも、くさくさした気持ちはどうしようもない。しかしそこで、一つのリプライが届いた。
 俺はMaxさんの日常投稿も好きです。こういう中で、この凄い絵が生み出されてるんだって知れるし。全部好きです。
「告白かよ?」
 そう言って自分が笑ったのが分かった。それに驚いた。自分で自分が笑っていると分かったのは、サイボーグ手術を受けて初めてのことだった。それにも今の今まで気付けなかった。自分は笑えたのだ。そんなことも分からなかった。今じゃもう、自分が笑っていることに気付けるのは自分だけなのに。自分以外の、他の誰かに気遣われた。サイボーグになって、初めてだ。
 喉がぐっと詰まったように錯覚して、急に笑いが引っ込んで、でも嫌な感じじゃなかった。感じるはずのない熱を感じた。それを誤魔化したいのか自分でも分からなかったが、兎に角堪らなくなって、リプライをくれた誰かのハンドルネームを画面越しになぞった。
「カート……?」
 誰だか知らない、ネットの向こうのKurtさん。プロフィールに飛ぶと、しっかりフォロワーだった。普段の絵以外の投稿が多いせいか、投稿のリアクションに比べ自分のフォロワーは少なかった。はずだったが、この人は本当に物好きらしい。そんな物好きさんの投稿を見てみる。
「あっ。」
 絵だ。この人も自分が描いた絵を投稿していた。
「うっま。」
 凄い、上手い。しかもこちらと違って風景画だ。銀河系の美しいところだけを切り取ったかのような景色。リアルなタッチなのも自分とは違う。それに写実的で正確性も感じるのに、この世の何処にも存在しないような静謐さと崇高さ、時に荘厳さも畏怖も覚えさせる。自分の絵とはまるで違う。
 どんどん指をスクロールさせてゆく。この人は絵以外の投稿がかなり少ない。そういうところも自分とは違う。しかし確かに、これほどの美しい絵がスクロールすればするほど見られるとしたら素敵ワールドすぎる。マンガのようにコマが割ってあるものもあった。しかしセリフなどがあるわけではなく、ただそこには情緒と、時の流れを感じさせる風情が見えた。スクロールする指が止まらない。まさかこの人こそ誰かに強要されてはいないだろうな。
 見ていると、ページの更新があった。リアルタイムで新しい投稿があるらしい。
 人様の垢に指図するくらいなら自分で描け無理だろうけどじゃあだったら金払え。毎秒80円くらい払え。
「カートけっこう言うじゃん。」
 こんだけ強気なら強要されてると言うことはないか。しかも発想がほぼ一緒。
 しかし自主的に投稿が少ないのだとすると、元々ストイックな性格なのだろうか。外見の分からないこのネットで、まさか相手をイケメンなんじゃと疑う日が来ようとは。
 高揚した気分になった。こんなのはいつ振りだろう。いや、ひょっとしたら初めてかもしれない。
 胸が高鳴るような感覚を持て余しながら、自分宛のリプライに、また返事を返す。
 ありがとう。
 何を言ったら良いか途端に分からなくなってしまって、もっと色々なことが言いたいようで、でも全然言葉が出て来なくて、結局気持ちだけが逸るまま、それしか返せなかった。
 けれど、フォローを、した。
 自分の投稿を好きだと言ってくれて、フォローもしてくれている、律儀な相手に。
 普段投稿ばかりしているが、誰かをフォローするのは初めてだった。自分のプロフィールにフォロー1の表示を見て、今更それが恥ずかしくなってきた。慌てて適当な企業アカウントなどをフォローしてみるが、それでも一番最初にフォローしたのは件のユーザーだし、フォロー解除の通知はないにしても、今更フォロー解除してフォローし直すのも嫌だった。
 なんでこんなに恥ずかしいんだろう。他人のことなんてどうでも良いはずなのに。なんでこんなにどう思われてるか気になるんだろう。寧ろ相手の方はなんにも気にしていないかもしれないのに。というかきっとそうだ。相手の方はこんなこと気にしていない。寧ろ自分がこちらの最初のフォロイーだなんて普通気付かない。だから結局、そのままにした。
 それからの日々には、変化が訪れた。不思議な心地だ、自分のTLに他のアカウントの投稿が流れているというのは、あの人の投稿が流れているというものは。
「やっぱ絵上手いな。」
 これがTLに流れて来るのは気分が良い。良過ぎ。
 ネット越しの世界の話だけじゃない。それはリアルにもじわりと浸透して、いつもテキトーに切り取って写していた写真の景色も、あの人が描けばきっと全然違う、もっと綺麗なものに描けるんだろうなと思う。こんなクソみたいな世界の銀河系も、あの人なら美しく描き換えられるのだろう。
 そうしてこれまでは下らない投稿を流していた自分のTLは、以前よりだいぶ静かになった。自分が何か言わなくても良いことを投稿するより、TLを眺める時間が増えたからだ。そうすると前よりフォロワーは増えた。しかし他人のことはどうでも良い。自分の投稿は絵ばかりになっていき、自分の絵とあの人の絵が交互に並ぶTLが、なんだか同じ空間にいるように錯覚させられて、嬉しかった。
 するとリプライが来た。また、あの人だ。
 これフツーにお節介なんですけど。日常投稿が最近減ったのって、なんかあった?なんか気にしてる?
 えっあっえっと。この間のリプライを途端に思い出す。日常投稿を減らせと言われたことを気にして、実際に意図的に減らしていると思われているのだろうか。気にしてるのはあなたの方じゃないか。笑いが溢れてしまう。なんだこの人。
 慌てる感情と一緒にあの時の嬉しかった思いがぶわっと振り返してくる。動揺して兎に角返事をしなきゃと焦る。
 全然お節介とか思ってないです。寧ろ気にしてくれてるのがありがたくて不思議で、すみません混乱してます。でもあなたのせいとかじゃなくて。本当に嬉しくて。それであなたの絵にも感動して。最近そればっか見てて。それで自分のどうでも良い投稿してる暇あったらあなたの絵を見ている時間にあてていて。あなたの世界観にどっぷり浸かっちゃって時間溶けてるだけなんです。すみません勝手に浸かって、二度漬けおkですか?もはや無限に吸えるんですけど?というか気が付いたら見ていない時でも考えてて。影響力ヤバすぎで日常生活に影響出てて。もう四六時中で。っていうか文字数、いやその前に支離滅裂過ぎだろ。
 全部消した。ちゃんと考えた。
 それでもどうしても百四十字には収まんなくてDMした。突然のDMごめんなさい的な文章付け足したらまた長くなった。ひかれるかも。これでも理路整然に努めたのだ、これ以上は削れない。本当はパワポとか使いたかったけどパワポデータ送るよりDM内に収まった文章ならまだマシだろう。
 DMを送った後の沈黙がつらい。今読んでくれてるのかな。読んでくれてるんだよね。この間の時間に変な投稿しちゃいそう。タチ悪い空リプみたいになっちゃう。やだ。
 顔も知らない相手なのに。
 うわ返事きた。うーわー。ひかれてないと良いな、お願いお願い。はー、読も。
 なんもなかったんなら良かったです。見てくれて嬉しいです、てかフォロバありがとうございます。俺はMaxさんの投稿が本当に好きで、Maxさんの日常に、自分の絵とかなんか紛れ込ませてもらって本当に恐縮です。寧ろこっちの方が、Maxさんの神絵見て、連想みたいな形で絵描かせてもらってる感じです。Maxさんは巨匠の先生です。Max先生の絵は、マンガ含めて全部凄いです。
 わ。わーわーわー。嬉しいめっちゃ嬉しい。てかフォロバのつもり全然なかった、確かにやったことはこっちが後からフォローしたからフォロバの形に違いないんだけど、フォローを返したって感覚では特になかった。ここんところもっと熱入れて解説挟んだ方が良かったのかな。もっかいDM、は流石にしつこいか。長文ってだけで苦痛って人もいるもんね。てか俺の絵から連想して描いたって何、どれ、あれとかそれとかかな、もっと描いてほしいそういうの頂戴嬉し過ぎる。え、これ実質合作なのでは、もう合作合同誌の域なのでは。いやダメダメ思い上がるな、妄想の域じゃん。てか先生はウケる。自分だって神絵師だろ。自分だってコマ割り絵描いてただろ。
 ありがと。
 長文を全部ぶった切って全部消して、最後に残した言葉だけを送信した。消したはずの文章は全部自分の中にわだかまっててぐるぐるしてて熱を持っているようだった。見える世界が変わったとは思っていたが、これ、世界の見え方が変わったとかいうレベルじゃなくて、自分が作り変えられてる気がする。聞いてない、こんなの。その日の夜は、ベッドの上で自分の体をぎゅうと抱き締めていたら、いつの間にか眠っていた。
 朝起きればまたクソ職場に行かなければならない。それ以前に銀河系がクソなのだが。でもこの中に、あの人もいるんだな。
 仕事で見られなかったが、あの人からDMがきていた。うそ。驚いた。自分なんかやっちゃいましたかね、なんてふざけた気分にもなれない。え。なんだろ。何しちゃったんだ自分。
 Maxさん絵チャとかしないんすか?描いてるとこ見たいな、って思ってて。
 嫌だったらすみません無視してください、と続くのだが。絵チャか、考えたことなかったな。
 Kurtさんだけなら、良いよ。
 こうして、お互いの予定を擦り合わせて、あの人が紹介してくれた絵チャの部屋でやることになった。予定の話をする際も、あの人は早く見たい早くやりたいって言ってくれて、でもこちらの無理のない範囲でと、反する言葉の気遣いもくれた。それで調子に乗って、いつでも良いと返した。ネットの向こうのあの人は、なんとなくはしゃいでいるように感じた。こっちだってそうだ。
 絵チャの約束の日になった。何を描くか凄く迷った。それで結局決められてない。いつもだったら描きたい絵があるから描いてるだけなんだけど、絵を描くために絵を決めるって、どうすれば良いんだ。それで結局、あの人に決めて貰えば良いか、と半ば押し付けの気持ちで、教えてもらった絵チャのサイトの部屋に入った。パスワードを知っているユーザーじゃないと入れないように、あの人が設定してくれた部屋。
 教えてもらった時点で、お絵描きスペースとツールがあって、チャット欄があるのは分かっていた。そこの枠でお互い挨拶をする。ユーザーネームが入室の知らせをしていることで、向こうが先にログイン状態なのは分かっている。
 こんにちは。
 こんにちは。
 よろしくお願いします。
 よろしくお願いします。
 なんだこれ。この会話、本当に会話してるのかな。俺ら大丈夫かな。はたからみてヤバいと思う。
 俺何描けばいいですかね。
 パスワード確認みたいな、コピペされたかのようなチャット欄をなんとかそれらしくしたくて、さっそくきいてみる。お互いの時間もあるし。
 Maxさんの好きなもので大丈夫です。
 あ。そういうこともあるか。しまったこの話、事前にDMで決めとけば良かったって話なんじゃね。
 すみません。俺何描くか決めてきませんでした。
 俺の方こそすみません。こっちがお時間取らせたのに、詰めがあまかったです。Maxさんが謝ることなんもないです。
 お互いが謝り合う、なんだか堅苦しくて気の毒な文面が続く。絵文字とかはなし。この人ストイックでクールな感じだし、普段から投稿もこうだ。こっちは結構テキトーに絵文字使ったりするけど。なんとなく相手に合わせるくらいはする、相手が誰でもってわけじゃないけど。たぶん俺ら男同士なんだよな、この人は性格が男らしさなのか律儀さなのか分かんないけど。普段投稿してる一人称はどっちも俺だ。まあネット民なんて分からないけど。
 何描こうか考えながら、同時に全然関係ないことも考えてしまう。というかこれが出来るから、普段のクソ仕事の中で、だいたい描きたいものが浮かんでいる。でも今日のは違った。この人と一緒の約束があるってだけで、それだけでいっぱいで、そのこと自体を考えてばかりいてしまって、肝心の何を描くかなんて、全然考えていなかった、思い付きさえしなかった。ばかなのかも。
 じゃあ、XX/XXに投稿してたキャラ、また描いてくれませんか?
 そしたら相手からのリクエスト。なるほどこういう感じなんだ。感心もさることながら、本当に俺の絵見てくれてるんだ、という驚きを覚えてしまった。当たり前のことのようにも思うが、同時に夢のようなことのようにも思う。わけがわからない。兎に角嬉しい。
 自分でも投稿を辿って、自分の絵を確認する。あーなるほどね。描いたなこんなん。
 おkです。
 了承の返事をチャットで打って、さっそく描き始める。この人はこういうキャラが好みなのだろうか。やば、そういうこと考えちゃうと、今後のキャラデザに安易に影響させそうな自分がキモい。取り敢えず目の前の絵に集中しよ。描き出すとチャット欄はそこで止まって、なんだか寂しい。普段絵を描いていれば、資料以外の他の情報なんか目にも入らないのに、今は違った。全然違った。気になり過ぎる。何か言ってくれ、好みのキャラデザとか、いやそれをきいてどうするつもりだ。
 てか見てくれてるんだよな、反応がないので逆にそれを疑い始める。描いてるところが見たいって、実際だったら横から覗き込むって話だろうが、ネット越しだから。まあ実際にサイボーグが絵を描いてるところなんか見ても、機械だからとかAIでしょとか思って見てる方は面白くもなんともないんだろうけど。こっちはそんなんで描いてるわけじゃないんで、ちゃんと描くの面白いんで。いやほんと静か、煩いのは自分の脳内ばっかり。せめて通話出来たら良いのかと思ってしまう。通話だけだったら、顔映さなければ。音声だけなら、実際聞いたらノイズが入ってるけど、ネットとか機械越しなら分からない。通話、したいな。
 あの、Kurtさんが嫌じゃなかったら、通話しません?
 うわ言っちゃった。見たかな、見てるのかな。うわ消したいかも。いやチャットは消せない機能なんだけど。
 したいです。あ、でも俺男ですけどいいですか?
 俺も男ですけど。良いですよ?
 なんか変な性別確認をした。話すなら、男の声か女の声だもんね。
 それからお互いのネット環境周りの確認が怒涛の勢いで始まり、通話アプリを互いに繋いだ。
 凄いなんか。思ったより食いつきが良かったっていうか。実は交流得意な人なのかな。俺以外にも、フォローして、神絵師って呼んで、描いてるとこ見たいってお願いして、そんな相手が。俺以外にもいるのかな。
「マックスさん?」
 あ。繋がった。
 わ、こんな声なんだ。へー。低過ぎず軽過ぎずな感じ。クールな人はやっぱ声もクールなのか。ストイックなイメージに合ってる。何事にも動じなさそうっていうか。っていうか、初めて聞く相手の声が発した言葉が、自分の名前だなんて。
「あ?上手く繋がってねーんか?」
「あっごめんなさい、繋がってますマックスです……!」
 やばい、あぶない、初っ端からシカトになっちゃってた。声に聞き入ってたとか恥ず過ぎ。作業をやり易くするために繋いだんじゃないのかよ。自分にフルツッコミ。
「よかった。」
 安心したように言われる。気の抜けた時の声の感じも良いな。やばいこれ本当に今絵描くことに集中出来てない、やばーい。
「すみません急に通話したいなんて言っちゃって。なんか、ちゃんとカートさんのリクエストに応えられてるか描いてて不安になっちゃって。」
 筆が止まっていることを言い訳するように捲し立てる。いや別に嘘は言ってないし、本当にそのつもりだったし。今は別の要因も追加になっただけだし。
「そんな。マックスさんが描きたいように描いてくれて全然良いのに。あ、そういうのが逆にって感じですか?すみません、なんか全然具体的なリクエストとか出来なくて、俺ほんとマックスさんが普段から描いてるの、全部まんま好きなんで。」
「あ、謝らないでください……。嬉しいです……。」
 えー、恥ずー。でも本当に嬉しい。なんでこの人こんなに褒めてくれるんだろ。やっぱサイボーグだとは全然思われてないんだろうな。ちゃんと描かなきゃ。この人に、応えたい。
……リクエストとは別なんですけど、一つ良いっすか?」
 静かな声が一層潜められて問われる。内緒話みたい。まあ通話だから既に内緒話みたいなもん。さっきからずっとどきどきしてる。サイボーグだと比喩表現になっちゃうのかな。
「なんでしょう?」
「俺の名前、呼び捨てで良いっす。てか、お願いします。」
 確かに意外なリクエストだ。
「カート。」
 やば。変な緊張入って、意図しない音声出力になったかも。
 え。あれ。しかも返事がない。まさか音声出力したつもりだったけど無音だったとか。
「カート……?」
……あ。すんません、破壊力に打ちのめされてました。……良いっすねマックスさんの声、その声で名前呼び捨てして貰いたかった、ありがとうございます。」
「え?いや、そんな。」
「これからも是非よろしくお願いします。」
「え?あっはい。」
 なんで名前呼んだだけでお礼言われてるんだろう。てか感謝の言葉ってこんな簡単に貰えるものなんだっけ。サイボーグがそんなことで感謝される日は永遠に来ない。
……俺も、呼び捨てで良いんですけど。」
「は?マックス先生を?それは話が違ってくる。」
「いや違わない!違わないから!てか先生とか、そんなことないから!俺もカートの絵好きだよ、だから俺らは対等!」
 こんなことサイボーグが人間に言ったら殴られる。サイボーグは人間と対等には扱われない。なんだか嘘をついているような心地になった。でもそんなことはないはず、それにここは、ネットの世界だ。の割に通話はしてるけど。
……マックス。」
 カートに呼ばれた。
 何かを堪えるような、大切なものを手でそっと包み込むような、そんな声で。衝撃が過ぎて、描いていた線があらぬ方向に飛んだ。やばいやばい、戻るボタン戻るボタン。
「マックスさん?やっぱ俺。」
「いやいや違うってば。俺はマックス、あなたはカート。それで呼び合う、でしょ?ハイよろしくお願いします!」
「え?あ、お願いしまーす……?」
 なんか。これをどういう関係と呼んだら良いんだろう。勿論、ただの相互フォロワーなんだけど。この感情をどう扱ったら良いんだろう。
 混乱を抱えたまま一心に描いていたけれど、いざ通話すると相手は、そこイカすわ、チョーかっこいー、まじハイセンス、と感想をぼろぼろ溢してくれた。俺の絵が全部好きって、ほんとじゃん。マジのほんとじゃん。こちらも調子に乗って、こういうとこに差し色入れるのが好き、捻くれて敢えて可愛い感じのモチーフ入れがち、これは完全に自分の好み、とかとか軽く口走ってしまう。この人聞き上手なのかな。
 でも絵が完成する頃には凄い充足感を得られた。まじで凄い。充実した時間を過ごせた。完成した絵は保存して、保存して良いかって言われたから勿論って返して、だってあなたのためだけに描いたのに、それで絵チャの部屋は終了した。てか、趣旨は変わっちゃうけどあの人も一緒に描いくれれば良かったのに、絵チャなんだし。
 それからあの人は、こちらが描いた絵にファボした後、何か吹っ切れたように投稿するようになっていた。すご。っぱ天才か。あー効く。神神神。好き。短い言葉が正確無慈悲にこちらの急所を突いてくるようだった。嬉しい。
 現実のこの姿を見れば、機械なんだから上手くて当たり前だとか、AIイラストだとか思われるのが当然なんだろうけど。ネット越しだから得られる評価。それがこの人の言葉で境目が曖昧にされるような気がして、最近本当は、少し怖い。
 あの人の絵は幻想的だが正確だ。その正確さが現実味を帯びて、夢をリアルに見せる。けれど機械的でもない。不思議な感じ。クセになる。ブロックされたくないな。きちんと絵を描いている人に、自動出力で画像生成していると誤解されたくない。失望されたくない。
「行ってみたいな。」
 行ってみたいな。
 この人の描く、こんな世界に。
 この人の描く絵は別に優しいものばかりでない。排他的な雰囲気の場所や、人も住めなさそうな荒廃した土地、ディストピアのような景色もあった。だけど、魅力的で、実際のクソみたいな世界より、ずっと良いと思えた。クソみたいな扱いと言葉を受けるような現実より、言葉の通じない絵の世界のほうが。行ってみたいな。だから、あの人の絵をファボした後、それだけ投稿した。
 マジで?良いん?
 そしたら、あの人がそんな投稿をした。え、どういう意味。というかこっちの投稿に反応したのかも分からないけど。
 それからあの人は、またコマ割りの絵を投稿した。コマ割りの中には相変わらず全て美しい風景が描かれていて、セリフも文字もない。でもそこに、あの人には珍しく主人公のような人影が描かれていた。主人公はコマ割りされた絵の中を、旅でもするようにそこにいる。あの人が人物を描くというだけで珍しい。いつも景色の中の人影くらいだったから。でも今回は明確に主人公だった。それが分かるくらい。人影ではあるのだけれど、少し細身で、背が高くて。顔は判然としないけれど、目のようなものが光っていて。その輝く瞳で、あの人の絵の中の景色を見ていた。あの人の描くものにしては、その人物だけ写実的ではなく、随分可愛らしかった。そのデザインは、なんだか普通の人間ではなくサイボーグのようにも見えた。自分がサイボーグだからという、気のせいだろうが。その人物はただそこにいるだけだが、どことなく楽しげだった。見ていて楽しいマンガだった。
 その投稿を直ぐさまファボして、拡散の一員に加わった。凄く好きだ。
 けどそれを上手く言語化出来なくて、でも抱えてたら自爆しそうで、結局またDMしてしまった。今回は言語化出来なかったので、長文じゃない。
 新作、とても好きです。
 これだけ。
 通話した時に言葉がどんなに崩れて、例え呼び捨てし合っても、ネット文ではまた違う。やっぱ喋るのとは、また違うので。
 返事は直ぐきた。こんなに早いなんて思ってもみなかった。短文だからだろうか。
 良かったです。実はこのキャラ、Maxさんです。勝手にすみません。
 え。
 え。は。え。うそうそうそ、まじまじまじ。これ俺ェ。行ってみたいと言ったからだろうか。あんなの拾って、こんな凄いもんにしてくれたの。自分で拡散しちゃったんだけど。
 謝らないで。凄い。嬉しい。ありがとうございます、夢を叶えてくれて。
 送った。だってこんな夢、この人じゃないと叶えられない、この人が描いてる絵なんだから。
 ただ途中で恥ずかしくなって、メッセージを付け足した。
 でも俺このキャラみたいに可愛くないです。
 女だか男だかも分からないキャラクター。サイボーグとかより、ネット越しの相手を描いたなら、確かにこういう曖昧な表現が合っている。
 返事は直ぐにきた。
 すみません、自分の勝手なイメージだったんすけど。実は俺、サイボーグで。そのせいでサイボーグぽくなっちゃったかもしれません。嫌だったら、本当、すみません。
 驚いた。そりゃ驚くさ。まさかこの人もサイボーグだったなんて。
 うそ。騙してないか。サイボーグを卑下しているから、揶揄いの玩具として持ってきて、もてあそぶ材料として使おうとしてるんかないか。
 うそ。それこそ嘘だ。あの人の声を思い出す。そんな下らないことあの声は、カートは言わない。
 だから賭けに出る。
 Kurtさん、実際に会って、俺と一緒にマンガ描いてくれませんか?
 もし了承してくれるなら、今の生活を全部引き払って相手の元へ、銀河系まですっ飛んで行く覚悟の意気込みだったのに、案外聞き馴染みのある地名が相手から記された。もうちょっとマシな外見にしたくて貯めてた金を、はたいてでもそうするつもりだったのに。つまり、俺は本当にカートと会えることになったのだ。
 約束の日に、ミルキーハイウェイを走ってネオ町田まで行く。逸る気持ちを抑えて、スピードを抑えて、安全運転で向かう。
 カートは嘘をつかない。そう思ったけれど、実際会ったらやっぱり相手は人間で、自分は騙されてました。なんてことがあるかもしれない。勝手に期待したら、それはやっぱり勝手だったと思い知らせるように、裏切られることはままある。寧ろそんなことばっかりだ。だけどもうそれでも良かった。裏切られたら裏切られたで、こっちはサイボーグでしたー、あなたが妙に熱入れ上げていた絵描きはサイボーグだったんですよー、で逆に裏切れる。はは、最高だ。
 待ち合わせ場所に着いて、あの人を探す。サイボーグであるという情報に加え、腕が太いモデルらしい、大雑把な説明だ、サイボーグの型なんて言ってもしょうがないと思ってるのかもしれない、俺もそう。ただ、腕がそんなだから袖のない服だとのこと。赤い上着を選んで行くと言っていた。本当にサイボーグなら悪目立ちしたくないだろうに、ネットで知り合った知らない相手のために、そういうことしてくれるんだ。
「見付けた。カート。」
 声にはっと上げた顔は、上唇から頭部がアニマトロニクス。確かに普通の袖なんか通らなさそうな、力強そうな両腕を備え付けた、サイボーグ。嘘じゃなかった。
「マックス……!?」
 カートはそのアニマトロニクスを充分に発揮させて驚いていた。口も開いたらあんぐり開いていたことだろう。
 実際に聞く声は、目の前にあっても機械越しにノイズ掛かっていた。どちらのものもだ。
「そう。俺がマックス。ほら、DMで言ってあった通り、黒いキャップでしょ。」
 帽子を軽く上げてカートにみせる。背はこちらの方が少し高い気もするが、物理的な動作の出力は相手の方が断然勝るだろう。
「サイボーグだ……。」
 カートは呆然と呟いた。
「そう。あなたが描いてくれた俺の通り、俺はサイボーグだ。……あなたと一緒。」
 本当に一緒だとは、こちらも思わなかったけど。疑ったことは謝らないからね。
「一緒……。」
「そう。通話した時俺対等だって言ったじゃん、だからやっぱりお互い呼び捨てにして正解だったよね。俺ナイスファインプレーだと思わない?」
 嬉しくて。カートも嬉しそうにしてくれてることが分かって、それで込み上げてくるもの誤魔化すみたいに捲し立てた。
 なのにカートはこちらの手を取って、さっきからずっと、このフルフェイスモニターの上を滑ることなく真っ直ぐに目を合わせている。こんな顔を、俺の顔だと俺以上に認識しているみたいだ。
「この手が、あの絵を描いてるんだ。」
 サイボーグの手を取るサイボーグの手。だから分かる、絵を描く機械の手は、プログラムでもAI生成でもなく、人間が制御してやってることだって。全然楽してなんかない。
 それから俺たちは居住を同じくして一緒にマンガを描いた。話は笑えるくらいとんとん拍子に進んだ。バイトをしながら二人でマンガを描いた。俺がキャラを、カートが背景を描いた。
 一緒に住む初日は、二人で嬉しくて笑って大盛り上がりして壁ドンくらった。テンション上がったカートに、マックスいやマックス先生やっぱり俺先生のサインほしいっすほんとはずっとほしくてって言われて、よけい笑った。俺らは対等って言ってカートも納得してたけど、なんかたまに変なノリの時あって、それにこっちも乗ったりして。その時のノリでは、カートと出会った時に来てた赤い上着にサインした。
「って、マックスの名前じゃねえじゃんか!」
「えーでも俺らの思い出の上着だよ!こっちの方が面白いじゃん!まあまあ書いたのは俺なんだから。」
 カートとの思い出はネットにもあるけど、出会ってからはどんどん増えた。今では家に帰ればお互いがいる生活は、一人で絵を描いていた頃より一層、クソみたいな社会での仕事で腐らずにいられた。
 有料閲覧設定が出来るマンガ投稿サイトに登録して、最初の方だけ無料で試し読み出来るようにして、定期的に話数を更新した。物語は二人で取材旅行に出掛けて練り上げて、二人の経験や価値観を織り交ぜた。二人でマンガを描けばキャラは生き生きと輝いたし、背景は存在感を持って煌めいた。課金してくれる読者はどんどん増え、こいつらみんな俺らがサイボーグだなんて、銀河の誰も知らないんだろうなと二人で笑った。
 最初は一人で描いていたのに。サイボーグは便利な機能で楽してるからゴミ扱いしても良いだろって言う人間たちが、ネットでは称賛してきて、ざまあみろって思ってたのに。今は描くのが、カートと二人で描くのが楽しくて、描いてる。
「ねーカート、こっち見てサボってないでよー。」
「バレた。」
「そりゃねー。あなたは俺が描いてるとこも好きだって言ってくれるし。」
 俺だってカートの絵が好きだ。カートの絵を描いているところも好きだ。リアルで一緒にいるようになって、絵チャなんかじゃなくて、カートが絵を描いている姿を間近で見られる。それはカートも同じだけれど。カートの絵を描く、すっと研ぎ澄まされたみたいな空気が好きだ。今ではカートの絵の中に自分のキャラを描き入れることで、いつでも俺はカートの絵の中に行ける。
「カートもたまにはキャラ描けば。」
「え。俺は描けんて。俺はマックスしか描けんて。」
「カートが描く俺って、ちょっとクールでシュッとし過ぎじゃな〜い?」
「そお?てかマックスこそ背景描けば。」
「俺木とか建物に顔描いちゃうから。」
「良いじゃん。」
「いやキャラにも顔あるのに、画面顔だらけになっちゃうって。」
 お互い、それも良いじゃんって笑い合う。リアルじゃ社会の底辺生きてるけど、絵を描けばその世界はこっちの好き勝手描ける。サイボーグだけど超お嬢様で底辺どころか勝ち組のドルオタギャル、強化人間なのに人に甘くてよく絡まれたり変な男に引っ掛かる旅行会社勤めのギャル。どっちもギャルじゃんって二人で笑って。じゃあ今度はどんなマンガ描くって、暴走族とか描いちゃうかって、警察モノも良いんじゃないって、ちょっと危ない防錆サービスはやっぱやめとこって。こんなんミルキーハイウェイで逮捕された車の数だけ、いやもっと、星の数だけ描ける。だって二人一緒だから。二人一緒なら楽しいから。
 カートに出会わなければ、知らなかったことがある。俺の描くキャラってこんなに笑えるんだ、誰かのためにこんなに怒れるんだ、相手に寄り添ってこんなに泣けるんだ。知らなかった。思えば俺の描くキャラはずっと、自分のフェイスモニターの合わせ鏡みたいに、表情がなかった。済ました顔で、あーはいはい世の中クソです全部知ってますみたいな顔でポーズきめて。なのに今は、こんなにころころ表情を変える。全然こんなの描いたことなかった。カートと一緒に描くまでは。
「マックスって描いてるキャラとおんなし顔して描くよな。」
「え!?」
「今マックスが描いてるのはキャラは笑ってるキャラだから、ほら、お前も笑ってる。」
 キャラとこちら、交互に指差されて丁寧に説明されても分からない。分かりっこない。だって表情のないモニターフェイスだ。分かるはずない。なのに。
「だから俺は、マックスの笑ってるキャラが一番好き。」
 カートは嬉しそうに、そんなふうに言う。カートは俺のキャラを凄く大切にしてくれる。俺だってカートの背景画が自分のキャラで隠れてしまうのがちょっと惜しい。でもそれが俺らのマンガだから。
 カートのその言葉は、俺らのマンガごと、俺のこと大切にしてくれてる言葉だった。俺が笑ってることを分かってくれるくらい、俺のことを大切にしてくれてる言葉だった。
「俺も、カートの絵の中に入れるのが、一番嬉しい。」
 二人で笑い合って、また絵を描く。
 ネットでのマンガ投稿での収入は順調に伸び、そのうち出版社から連絡がきた。マンガ週刊誌で連載しないかという話だ。しかし大手雑誌に載せるともなれば、そのマンガがAIの絵ではないか、AIの文章ではないか、その辺りのチェックは厳しいし、サイボーグの連載なんか出来ないくらいの体裁がある。ネットでサイボーグだと公表していないからこそみんな俺たちの絵を見てくれたしマンガを読んでくれる。分かってる。だから当然出版業界にも自分たちがサイボーグであることを明かすことはできない。しかしそんなこと許されるのか。AIに厳しくサイボーグも容認しない出版社で、会社にも素性を知らせない状態で、その企業が連載を許すのか。
「この条件で採用決まったらどうすんべ?」
「もっとお金が稼げて、俺ら有名人だね!」
……そんで?」
 俺が何か企んでることを察したカートが、続きを促す。
「それでー、超有名になったところで、俺らはサイボーグでしたーってネタバラシしんの!どお?」
「さすが。おもしれーじゃん。」
 俺もカートもにやっと笑う。その時が来るなら、楽しみで仕方ない。ネット越しに、良い絵、見せてくれてありがとう、と言ってくれる人はいる。でもそれはこちらがサイボーグであることを知らないからだ。それを最高のタイミングで引っくり返してやる。
 あるいは、もしかしたら、万が一だけれど。このクソみたいな世の中が、サイボーグにもありがとうって言ってくれるような宇宙になったなら、そんな世の中になる方が早かったなら、その時は、俺もカートもサイボーグでしたって公表しても良いかもしれない。
 おはよう銀河系、クソみたいな宇宙でネットを越えて、俺は絵に描いたような光る星を見付けたよ。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。