ugatuno
2026-01-16 18:50:34
1507文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 26話

第一章ラストの一話前。


——モニターの光だけが、一定のリズムで明滅している。
テーブルには、差し入れの袋が積み重なっていた。
誰かが描いた小さなスケッチ、飴玉、花。
もうどれが誰のものか分からないほど、重なっている。
ラントも折を見て、病室に足を運んでいた。

呼吸の音は穏やかで、医師は「安定している」と言っていた。
けれどその静けさは、眠りのそれとは違っていた。
声をかけても、まぶたは動かない。
手を握ってみても、温度の移動がない。
ただ、目だけは開いている。焦点の合わない光の中で。
……何か、もっと言葉を重ねていれば、“こちら側”に繋ぎとめることができたのだろうか。
——考えても意味のないことだとはわかっている。

カーテンの隙間から、午後の光が細く差し込んでいる。
その中を、埃がひとつ、ゆっくりと落ちていった。
そっと椅子から立ち上がり、「また来る」と呼びかける。
その声が届いているかはわからない。けれど、やめるつもりはなかった。

——ラントが病室を出て暫く。ドアの外で、足音が止まった。
ノックはしない。しばらくして、足音はその場を離れた。




YSPクラブの部室に、一同が集まっていた。
カーテンの隙間から射す光が、机の上のペットボトルを鈍く照らしている。
空調は止まったままで、空気はわずかに湿っていた。

……医療的には安定しているが、意識反応は皆無だそうだ」
ラントが低い声で報告した。
その声音には感情の色をほとんど残していない。それでも、無意識に指先を握りこんでいた。
……たぶん、こっちの声は聞こえてると思う。ただジンペイくん自身が言葉の意味を掴めない状態なのかも」
フブキが腕を組んで言う。その声は理性的で、どこか自分を戒めるようでもあった。
……ジンペイくんの心にダイブすることってできないのかな?」
コマの声は小さく、掠れていた。
机の上に並ぶカップの水面がわずかに揺れている。
「試してみたけど、反応がない。これ以上やるのは危険すぎる」
ブルポンが答えた。音の高さがどの瞬間も変わらない声だった。
——その無機質さが、かえって重かった。
「そんな……
コマの口からこぼれた息が、部屋の空気に吸い込まれていく。
……クソッ、俺らには何もできねぇってか……?!」
メラの拳が机を叩いた。鈍い音が、蛍光灯の明かりに跳ね返る。
誰も止められず、誰も言葉を持たない。
……すまねぇ、ちょっと頭冷やしてくるわ」
椅子が軋み、メラが立ち上がる。
ドアが閉まるまでのあいだ、誰も息をしなかった。
——エマがゆっくりと手を組み、前を見据える。
……ジンペイさんは、きっと帰ってきます。今は、少し長めに休んでいるだけなんです」
彼女の声だけが、部屋の湿った空気を静かに震わせた。
 
時間が、止まったように流れていった。


やがて、人がいなくなった部室。
空になったカップと、壁の時計の針の音だけが残っている。

……クソッ、アタイらまた……見てるだけなんて……!」
——ゴロミの声が静けさを割った。
「悔しいど……
バケーラがうなだれ、肩を落とす。
……もっと深く潜れる術があったら……
ブルポンの瞳に微かな光が反射する。

しばらくの沈黙。
外の風の音が、ほんの少しだけ聞こえた。

……なあ、アイツになったら、もっと潜れるんじゃないか?」
ゴロミの声に、ほかの二体が顔を上げる。
……いまはそれに懸けてみるしかないね」
ブルポンが答える。
「やるど……!」
バケーラが力強く声を上げる。

三体はうなずき合い、無言で目を閉じた。
世界の境目が、静かに滲みはじめる——