夢はふたつある。寝ているときに描く物語と、いつか未来で叶えたい願い。意味はまったく違うのに、同じ言葉に詰め込まれているから不思議だ。
きっとこの意味をつけた人は知っていたんだだろう。健やかな眠りも抱いた望みも。どちらもいつか醒めるときが来ることを。
おじいちゃんの声が聞こえなくなった時、崩れ落ちそうになったけどギリギリで持ちこたえる。膝をついたらドレスが汚れてしまうという反射にも近い根性だった。
最後のおじいちゃんの言葉を心の中で繰り返す。スチュアートとキャスト達は消えてしまったが、まだみんな囚われているらしい。幸せな夢っていうやつに。俺が本物のマダム・フリンデールになった気分だ。記憶を奪って蝶の籠に閉じ込める。意図してやったわけじゃないけれど、結果的にそうなってしまっている……俺じゃないなら、十年前に死んだはずの皆を繋ぎとめたのは誰なんだろう?どうやったんだ、何の目的で?
頭がこんがらがってパンクしそうだったから、簡単なやつから考えてみることにする。まずは夢について。おじいちゃんは俺が新しい夢を見つけられるように祈ってくれた。
マダム・フリンデールの夢は「大事なパルフェたちとずっと一緒にいる」で、アリストの夢は「家族に愛されること」。
……どうしよう、おじいちゃん。俺の、アリストの夢は叶った瞬間なくなっちゃったよ。また喪失感が襲ってくる。ぐわんぐわん脳味噌が揺さぶられて、立っている場所すら分からなくなりそうだった。
いや、違う。ずっと叶えてくれていたんだ。ふと揺れが収まった。浅くなっていた呼吸のリズムをなんとか整える。
俺が気付かなかっただけで、おじいちゃんはずっと俺のことを愛してくれていた。家族にちゃんと愛されていた。嬉しい、大好き、ありがとう傍にいてくれて。
でも、もっと早く知りたかった。そうすれば家族連れのパルフェたちに嫉妬しなかったのに。おじいちゃんだって思い出した瞬間、消えちゃうなんてあんまりだ。もっと早く気づいていれば、二人でたくさん遊べたんだ。
過去を取り戻したのと同時に、パパとママに愛されるのは無理だってわかるのも酷すぎる。知らない頃はよかった。俺のパパとママってどんな人なんだろう。こんなに美しい俺の親なら、絶対綺麗な人たちだ。また仲良く一緒に暮らせるかな。スチュアートも連れて行ってやるか。なんて企んでいた自分がバカ丸出しじゃないか。
現実のパパとママはずっと俺に厳しかったし、目もまともに見ちゃくれなかった。俺の後ろにある才能に夢中だった。記憶の中で二人は俺に期待を押し付けている。お前は凄い子だから、もっと頑張るのよ。有名になっていっぱいお金を稼いで、ママたちを楽させてちょうだい……ダメだ、せっかく思い出した記憶は毒だらけで掘り起こすべきじゃない。眩暈がしてくる。
色々と思いだして分かったことがもう一つある。おじいちゃんは俺のことヴィランじゃないって言ってくれたけど、たぶん俺って悪い子だ。スプーキーワールドのゲストにピッタリの。
いい子じゃなかったから、パパとママは迎えにきてくれなかった。どれだけ頑張っても俺を愛してくれなかった。スチュアートにもたくさん我儘言って困らせた。滅茶苦茶優しいからって、一八歳になってもずっと甘えて。あー、最期も我儘ばっかり言っちゃったな。ずっと俺の味方でいてくれて、どんな俺と愛してくれてありがとうってり伝え損ねた。どこまでも自分のことしか考えてない、やっぱり駄目だな、俺は。
他のエリアマスターの皆ともうまくおしゃべりできないんだ。マダムの仮面をかぶってなかったら、どうやって話していいか分からない。結局偉そうに振舞って小さい子供みたいに突っぱねてしまう。もっと仲良くしたいのに、適した言葉と行動が思いつかず、反射的に地団太を踏みつける。思い出した過去に友達は一人もいない。俺にはおじいちゃんしかいなかった。
悪い子のアリストは、これからどうなっちゃうんだろう。化粧を直しながらぼんやりと考える。
船長は「化粧はなりたい自分になれる」って言ってくれた。俺がなりたい姿ってなんだろう。綺麗になる、とかじゃなくて、どういう大人になりたいのか考えるべきなんだろうけれど、頭がちっとも働かない。代わりにファンデーションを整える指は勝手に動いてくれている。
新しい夢を見つけてほしい、っておじいちゃんにお願いされたけど。どうやって夢って見つけるの。叶えたっておじいちゃんみたいに消えちゃうんじゃないの。なら最初からない方がマシじゃん。なかったころより、今の方がよっぽど苦しい。
夢、アリストの夢は、家族に愛されることで……今更パパとママに会ったってどうするんだ。迎えにも来てくれなかったし、俺のことなんて忘れちゃってる。たとえ覚えていても、俺のダンスと歌にしか興味ないだろうし、またレッスンと舞台ばっかりの毎日になるのかな。ガッコーにも行けず、来る日も来る日も練習練習……今度はおじいちゃんみたいに俺の瞼を優しく撫でてくれる味方はいない。こわい。そんなの嫌だ。帰らない方がマシだ。
とにかく今は他のエリアマスターの皆の手助けをする。そしてパルフェたちも無事にパパとママの元に帰す。そのふたつはゼッタイだ。俺の演目を支えてくれた三人へのお礼はちゃんとする。役者としての矜持ってもんがある。最後までやり遂げてやる。それが俺の、いまの夢であり目的。
大丈夫なフリをしよう。別れを受け入れるどころから、仮面のヒビは大きくなるばかりだけれど、幕が下りるまではごまかしてやる。
そのあとは……どうしようかな。全部終わったあとの話。帰りたいな。たくさんの思い出が詰まったあのお屋敷に。俺のおうち。
スチュアートの入れてくれた紅茶が飲みたい……あ、スチュアートはもういないんだった。庭師のハリス、メイドのミランダ、コックのウェルネス。みんないない。帰っても空っぽなのか。広くて寒いだろうけど、きっとそこまで寂しくない。そこが俺の帰りたい場所だから。パパとママのいるおうちじゃなくて、思い出がたくさん詰まった大事な場所。
残ったケーキをたらふく食べて、重たい衣装を全部脱いで、シャワーを浴びて。そうしてふかふかのベッドでぐっすり眠りたい。
鏡の先に、美しい女性がいる。柔らかく微笑んで、夢見ることに夢中な淑女。立ち上がる気力が仮面のヒビから零れていても、フリンデールは美しい。がらんどうの舞踏会で踊り続ける。疲れ果てて、眠りにつくことだけを楽しみに。
現実は怖くて寂しい場所だから、あったかくてみんながいる夢の世界へ早く行きたい。フリンデールの気持ちが分かった気がする。十年も演じているのに、初めて彼女の心のやわい部分に触れられたような気がした。
諦めちゃった俺を見て、おじいちゃんは悲しむかもしれない。でも、俺には甘いから。仕方ない子だねって、夢で抱きしめてくれるに違いない。夢なんだ。都合のいいものを見たって許される。
願わくば、そのまま。もう目覚めませんように。
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