めーぷるしべりあ
2026-01-16 17:54:32
8123文字
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蜜月

りかいお
付き合ってから初めてデートする話。
2025年5月のイベントで出した無配の再録です。

 夕方の忙しなく駆け巡るスーツの群れを、依央利は壁にもたれて眺めていた。誰一人彼の方を見向きもせず、何かしらの目的を持って改札口を行き来している。
 ごおぉっと地下鉄が迫りくる振動が伝わる。依央利は懐からスマートフォンを取り出して時刻を確認した。そろそろだ、足の速さから考えて五分くらいだろうか、そう考えると平常だった心拍数が急速に高まった。
 子猫のように落ち着きのない目で、依央利は新たな人の波をじっと見つめる。やがて誰よりも秩序正しく、毎日耳にする足音が近付いてくると、彼は思わず壁を少し蹴ってその足音を追った。
 雑踏の奥から、きっちりスーツを着こなした理解が現れる。彼が見つけるまでもなく、依央利が真っ直ぐ彼の元まで駆け寄った。
「お疲れ様! 荷物持つよ!」
「大丈夫で……すみません、ありがとうございます」
 半ば強引に通勤鞄を取られながら、理解は依央利と並んで歩いた。渡された上着は依央利の方に掛けてやる。
「いつもの服じゃないんですね」
 二人の足並みが揃い始めてから、理解はそう切り出した。確かに依央利の格好は、白のニットに黒のズボンとジャケットという、いつもより随分簡素だった。首輪と手枷は健在で、依央利らしさを残してはいる。
……理解くんがスーツだから、ちょっとは合わせたくて」
 依央利は俯き加減に呟いた。それでも髪の隙間から見える紅い耳までは隠せなかった。理解も同じように恥ずかしくなって言葉に詰まる。
「そ、そうなんですね……あっ、その、よくお似合いで」
「良かった……
 暴れ回る心臓を抑えるように、依央利は両腕で理解の鞄を抱えた。彼の両手が塞がってしまったので、理解はこっそり伸ばしていた手を引っ込めた。少しずつ、二人の距離が遠ざかる。
 辿々しい会話と足取りで、二人は甘く漂う香気に酔っていた。せっかく通じ合った想いなのに、近付くと妙なむず痒さを覚えて苦しくなる。かといって離れるとそれはそれで途方もない寂しさが訪れる。微妙な空間を作りながら歩き続けた。

「コンサートに行きたい?」
 依央利の部屋のベッドの上で、理解は「えぇ」とスマホの画面を見せた。数週間前のことで、付き合ってまだ一週間も経っていない夜のことだった。
「以前から気になっていた公演なのですが、もし良ければ依央利さんもご一緒に、と思いまして。ただ平日の夜公演しかなくて、どうしても私の仕事帰りにはなってしまうのですが」
「いいよ!」
「えっ、いいんですか?」
「うん。皆さんの晩ごはんは作っておけばいいし、残った家事は帰ってからやればいいし」
「ほ、本当にいいんですか?」
「僕がいいって言ってるじゃーん」
 依央利はニマニマと理解の腕に絡み付いて、耳元に顔を寄せた。
「付き合ってから初めてのデートだね」
「デッ……!? デ、デデデデデデッ!?」
 理解の顔はみるみるうちに紅くなり、頭から蒸気を発しそうな勢いだった。その反応を見て、依央利は更に目を細め理解からホイッスルを奪い取った。
「あっ、コラ返しなさい! 卑猥なことを言うなんて承知しませんよ!」
「デートが卑猥って、どんなこと想像してるのー? きゃー理解くんのむっつり」
「依央利さんっ!」
 ホイッスルを巡ってわちゃわちゃと揉み合っている間に、彼らはベッドに倒れ込んだ。あまりにも下らない攻防に二人は吹き出した。同じ寝床で寝るにはまだ気恥ずかしいが、自然と身を寄せ合った。
「ねぇ、なんでデートは卑猥判定なのに添い寝はいいの?」
 理解の眼鏡を犬のぬいぐるみに掛けて遊びながら、依央利は不思議そうに訊いた。
「その……結ばれた者同士は、一緒に寝るのが古くからの習わしでしょう?」
……んん?」
 依央利の手が滑って眼鏡が落ちる。純粋故か理解の認識が致命的にずれているような気がするが、それはそれでおもしろいので今は黙っておくことにした。
「それに、一緒に寝ていれば自然と依央利さんも五時に起きられますからね」
「君に無理やり起こされてるんだけどね……
 ヘッドボードに眼鏡を置き直して、理解は布団を首まで被った。もう寝なさいとでも言いたげだ。依央利は電気を消して理解と向かい合わせに寝る。
「おやすみなさい、依央利さん」
「おやすみ、理解くん」
 二人は少し距離を取ったまま眠りに就いた。しかし眠ってからも、ある考えを巡らす内に理解は無意識に依央利の指に手を這わせた。依央利は薄っすら目を開けたが、理解がううむと唸っているのを見てふふっと笑いながら、また目を閉じた。

 重い沈黙を携えたまま、彼らはコンサート会場に着いた。
「チケットを出すので、鞄を返してください」
 そう言って理解が手を伸ばすが、依央利は抱えたまま鞄を開け出して中身をまさぐった。
「僕が出すよ。チケットどれ?」
「い、いいですって! もう返しなさい!」
 理解はあたふたと慌てながら、何とか鞄を取り返した。依央利は不満そうに唇を尖らせ、手持ち無沙汰のまま理解の後ろに着いた。
 彼らは受付を済ませるとホールに入った。中はヴィンヤード形式で、ステージの四方を段々畑のように席に囲われている。彼らはその真ん中辺り、指揮者の後ろ姿が見える位置に座った。
「理解くんって、こういうの好きなの?」
 席に着くなり、依央利は以前理解に貰ったパンフレットをひらひらさせて訊いた。
「えぇ、まぁ。音楽といえばクラシックですから」
「確かになんかそういうイメージある〜」
「依央利さんも知ってる曲目ばかりでしょう?」
「一応ね。でもピアノ曲の方が馴染みあるかも。交響曲っていうのはそんなに」
「おや、オーケストラも素晴らしいですよ。多くの楽器が個性を持ちつつも一体化し、美しく時に壮大な音色を奏でる偉大さがあります。特に、指揮者の指揮によって同じ曲でも全く違うように聴こえ――
 理解の語りに熱が入りかけたところで、開演のブザーが鳴った。彼の話に耳を傾けていた依央利も、中央のステージに注目する。やがて、ブラームスの『交響曲第一番』が彼らに荘厳な空気を響かせた。

 公演が終わった頃には夜も深まっていた。案外風が冷たくて依央利はぶるっと体を震わせた。
「寒いですか?」
「ううん」
 首を振って依央利はポケットに手を突っ込んだ。それを見かねた理解は、咳払いをしてからそっと片手を差し出した。
「予約したレストランまで少し歩くので、それまで……手っ、手を」
「へっ?」
 依央利は理解の手と真っ赤に染まった顔を見比べた。あの理解が、外なのに、自分から手を繋ごうとしているのが意外で、彼はたじろぎつつ周りを見回した。誰も彼らを気にせず素通りするが、ハードルが高いことに変わりはない。
「ポケットに手を入れて歩くのは危ないですから」
「い、いいって、ほんとに大丈夫だから……
 割と世間体を気にする質で、しかも恋人としての距離の取り方に慣れないせいか、依央利は頑なに拒んだ。痺れを切らしたのは理解の方で、ポケットに引っ込んだままの依央利の右手を掴んでぎゅっと握った。
「えっ……!? ちょ、離して理解くん!」
「もう依央利さんったら……! 行きますよ!」
 散歩中に立ち止まる犬のように抵抗する依央利だったが、「あっ」と足を滑らせて理解に密着してしまった。意図せずそのまま抱き着くような形になる。
「ご、ごめん……
「いえ……急ぎますよ……
 咄嗟に依央利が離れてからも、背中がぞわぞわとする空気が流れたまま彼らは歩き出した。
「というか理解くんの手、汗でべっちょべちょじゃん」
「し、仕方ないでしょう……! こういうのは、初めてなんですから……
「あ〜っもう! それズルい! やば、余計暑くなってきた……!」
「もうすぐ着くはずですから……それとあの、そんなにくっつかれると、歩きにくいのですが」
「く、くっついてないもん! 理解くんがグッて近寄ってるからでしょ!」
「道が狭いんだからこれくらいしょうがないでしょう! その、あなたの場合完全に密着してるんですよ……!」
「えっ、あ、うそ」
 自分でも気付かない内に、依央利は手を繋ぐだけに飽き足らずもう片方の腕でも理解の腕に巻き付いていた。うっかり恋心に懐柔されたらしい。依央利が謝って離れようとしたところを理解が引き留めた。
「離れろとは言ってません……
 依央利は声にならない悲鳴を上げて、きゅうっと瞳孔を細めた。悪辣な二十五年分の愛の出し方だ。依央利は今すぐにでものたうち回りたい気分だった。理解も無意識に引っ付く依央利があまりにも可愛くて、実はふしだらではと思っても離せなかった。バクバクと打ち鳴らす心臓が苦しい。
 目的地の店が見えたところで、理解が「これです」と指を差した。それほど高級でもないが、安っぽさもない洗練された雰囲気のトラットリアだ。中に入る段になると流石に依央利はそっと離れて理解の後ろに回った。
「二名で予約した草薙です」
 ウェイターは確認を取った後、二人を一番奥の席に案内した。
 コース料理なので好きな料理をいくつか選べるが、こういう時依央利はほとほと困ってしまう。対照的に、理解はざっとメニュー表に目を通して、手際よく料理名を口にした。
「全部二つずつでお願いします」
「お客様、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
 ウェイターは少し訝しそうにしたが、メニュー表を預かりその場を後にした。しかし依央利には却ってありがたい。
「ありがと」
「いえ。私の好みが合うか分かりませんが」
「いいんだって。むしろこういう機会じゃないとさ、君の好きなものって分かりにくいし」
 依央利の作る料理を、理解は仮住まいを始めた頃から何でも美味しいと言い続けてきた。何気なく作るベタな料理も、大豆から育てて作り方も豆腐屋の店主に教授してもらって何もかも一から作った豆腐もそうだ。けれども作るなら、少しでも理解の好みに寄せていきたい、依央利にしては珍しく外食を良しとした理由がそれだった。
 あまり時間を置かずしてワインが運ばれてきた。二人はグラスに注がれた赤を揺らして乾杯した。
「ん〜美味しい……てか理解くん、お酒平気なの?」
「ま、まぁ、少しくらいは……
 そう言っている理解だが、一口付けただけで既に顔が紅くなっている。これは相当弱いんだなと依央利はニヤッと目尻を上げた。
 次々と料理が運ばれて、酒も進んでいく内に二人の会話は弾んだ。先程のコンサートの話題から、依央利のピアノに関する思い出に移り、理解に褒められてばかりで照れ臭くなった依央利が、無理やり最近のシェアハウスの話題へと移る。
「でさ〜猿ちゃんが暴れたときにテラさんの鏡割っちゃって。しかも僕そのとき台所でアスパラガスの下処理してたんだけど、偶然入ってきた天彦さんがポールダンス始めちゃって……止めるのはいい負荷だったんだけど大変だったな〜」
「む、無秩序極まりない……そういえばこの前河川敷でふみやさんと大瀬くんに会ったのですが、急に『ブラックホールよりいいヤツ知らない?』と訊かれまして。一体全体何のことか分からずに私が『地球に勝る天体はないでしょう!』と答えたら、ふみやさんには溜息を吐かれて、大瀬くんには泣かれてしまいました……何と答えるのが正解だったのか……
「あはは! 理解くんらし〜」
「そうでしょうか……んっ! このカルボナーラ美味しい! 依央利さんも一口どうぞ」
「いや、僕同じの食べてるんですけど」
「あ、それは失礼」
……っくく、ははっ」
「ふふふっ、あはははっ」
 二人はしばらく笑い合うと、段々落ち着いてきた拍子に正面に向き合った。暖色系の照明か、あるいは酔いが程よく回ってきたのもあるのだろう、輪郭がぽわぽわとぼやけて不思議と心も浮きっぱなしになった。
「幸せだなぁ……
 ふと、依央利は口を開いた。理解はそれを聞いてフォークを皿の上に落とした。「何してんの〜」と依央利が呆れ笑いながらペーパーナプキンでフォークの持ち手を拭いてやる。
「だ、だって依央利さん、が……
「僕変なコト言った?」
「い、いえ! 全く以てそんなことは! あ、ただその……私も同じ気持ちで」
 理解はとくりと脈打つ胸に手を置いて、依央利の顔をじっと見据えた。途端に依央利は恥ずかしくなって、俯いてもじもじし始めたが、ゆっくり顔を上げて上目遣いで理解を見た。
「僕、こうして理解くんとお話するの、割と好きだし、楽しいよ」
 思わぬ方向から依央利にそう言われ、理解はぎゅうっと胸を抑えた。
「そ、そうですか……! まぁ確かに私は知識が豊富な上にトーク力も抜群ですからね! ユーモアもありますし」
「くくっ……そ、そうだね……
 例えばその純粋さがもたらす認知の歪みだとか、添い寝の前に聞いた話を思い出して依央利は口を塞いだ。
「そうそう、実は新しい一発ギャグを思い付いたんです! 聞きます?」
「ううんそれはいいや」
「えぇ? そうですか? 聞きたくなったらいつでも言ってくださいね」
 そんなのがなくたって、君は充分面白いんだよね、そう言ったら逆に怒られてしまうだろうか。依央利はまだくつくつと笑いを堪えて、うっとりと理解を見つめた。
 陶酔したまなざしを受けて、理解も目を細めた。レンズを通して燃えるような双眸には蕩けるような笑顔が映る。
 二人は机上に置かれたままの腕を近付けて、どちらともなくそっと手を結んだ。誰も見ていないのをいいことに、彼らだけの世界に入り浸って指を絡め始めた。理解はある一点を見つめて、理性が底を突きそうな頭で思い出した。名残惜しくも慌てて指を解く。
「食事中なのにすみません」
「僕の方こそ……
 若干重い空気が流れたが、新たにアルコールを継ぎ足して、また明るい方へ持って行った。依央利が饒舌になる一方、理解は思考が曖昧になったのと、ある計画のせいで料理の味もまともに感じられなかった。
 とうとうドルチェまで食べ終えてしまうと、理解はグラスに残った猶予を見て焦り始めた。切り出すなら今が一番いいはずなのに、鞄に手を伸ばせず膝の上で拳を握るしかなかった。そんな彼を流石に変と感じたのか、依央利は「どうしたのー?」と声をかけた。理解の倍は飲んでいるが、辛うじて意識は明瞭だった。
「もしかして、酔いすぎちゃったり?」
「そういうわけでは! ないのですが……!」
 この勢いで渡してしまおう、そう意気込んだはずなのに理解は席を立った。依央利はびっくりして肩を揺らしたが、時間を見て彼も声を上げた。
「そっか、そろそろ帰らなきゃだね。ごめん、すぐ飲み干すから」
 違う、否定するつもりが、依央利はさっさとワインを飲み下して同じように席を立った。そこで少し伝票の奪い合いを挟んだ。「コンサートのお礼だと思って」、依央利ににかっと笑いかけられて理解は大人しく財布をしまった。
 店を出た途端、冷え切った風が吹いて二人の体を震わせた。さっきとは打って変わって自然に依央利の方から理解の手に触れた。理解は少しでも隠そうと袖を引っ張ってなるべく自分の方に依央利を寄せた。更に体が密着したことで歩みは随分と遅くなった。まるで家路に就くのが惜しいかのように、アルコールで不安定な足取りを続ける。
 理解から見下ろして、紺色の髪からほんのり色付いた耳が覗く。夜風で髪が靡くと、青く透けた肌が最近見知った恋の色に染まっているのが分かって、理解はぐるぐると目を泳がせながら熱い手を握った。いや、このままではいけないと、鞄の中で弾む小箱を思いながら、どう切り出そうか姿勢を正した。
 依央利の方からは理解の表情はよく見えなかったが、その代わり間近に激しい心音を聞いて、自分まで余計にドキドキしてしまう。そういえば数時間前に聞いたブラームスの『交響曲第一番』冒頭のティンパニみたいだと、少し笑いそうにもなったが、掌の温度が高まった瞬間、全身が理解に対する甘い蜜で満杯になった。
 沈黙の時間がしばらく続いた。依央利はちらっと理解の方を見上げたが、何やら神妙な面持ちで考え込んでいた。何かを言うつもりであることは彼でも察したが、一向に発話する気配がないので先に口を開く。
「前菜にカプレーゼってあったじゃん。今度豆腐で作ってみようと思うんだけど、どうかな」
……なるほど、いいですね」
「それとね、カルボナーラは豆乳の方が生クリームほど重くなくて食べやすいと思うから、それも試してみるつもり」
「もう色々考えてくれてるんですね。ありがとうございます」
「これくらい当然だよ~……むしろ、これじゃ足りないかもってくらいで」
 ぴたっと依央利が立ち止まると勢い余って理解が先に進んだ。慌てて理解が振り返ると、そこには寂しそうに笑う恋人の姿があった。
「僕、ちゃんと君にお返しし切れるかな、君が望む僕でいられるかなって考えたら、ちょっと不安で」
 依央利の黒い眼に、皮肉めいた明るさでビルの光が映る。堪らず理解は鞄を放り出して彼の元にすっ飛んだ。薄い背中がぴきっと嫌な音を立てたにも拘らず、逃がさないようにと腕の中に閉じ込めた。
「うぐっ、く、苦しい、痛い、理解くん……!」
「私の正しさを甘く見ないで。未来永劫、絶対にあなたを幸せにしてみせますから」
 今度はそっと包み込むようにして、理解は依央利を抱き締めた。依央利も胸に顔を埋めて、高鳴る心音に酔いしれた。恋心を知るよりもずっと前、理解に優しさを向けられた時にも感じたが、それよりも遥かに温もりで充ちていく感覚がする。
 誰も見知らない往来で、彼らはいつまで抱き合っていたのだろうか。そこにカランと音を立てて、依央利の革靴に何かが当たった。一旦離れて彼が下を見ると、僅かに光を放ちながら小さな輪が倒れた。
「ん? これって……指輪?」
 依央利がその指輪を拾い上げた途端、理解の顔がさーっと青ざめていった。そういえば鞄の行方はどうなったのか、理解はさっと周りを見渡した。放り出された鞄は蓋が開いて、その近くには深緑色の小箱が中身を剥き出していた。
「うわああぁぁぁぁっ‼」
「うわぁっ、ちょっと、何急に大声出して……え、待って、この指輪ってまさか……
 依央利も理解と同じ方を見て、段々この指輪の用途を理解し始めた。理解の顔も真っ青から真っ赤に急変化してかなり忙しい。
「そのっ……本当はは、告白の際に渡すべきでしたがっ、しょ諸事情で遅れてしまい……初デーっ、デデっ、デートのときに、か、必ず渡そうと思ってまして」
 故障寸前のアンドロイドみたく、理解は話し始めた。頻りに依央利の指や、ここぞというタイミングを気にしていたのは、全て指輪の為だったのだ。少し怪しいが特に気に留める程でもない彼の行為に、依央利は合点がいった。
「って、わざわざ指輪まで用意しなくたって……! もう充分言葉で伝えたでしょっ!」
「駄目です! やはり永遠の契りを証明する為にも、指輪は必要ですから!」
「君の正しさって的を得てるようで結構偏ってるよね⁉」
 でも、そこが理解らしくもあるのだなと、依央利は不思議と心が安らかになった。彼は掌にそっと指輪を載せて、理解の方に差し出す。理解は一瞬拒絶されたものと勘違いして目を剥いたが、依央利が小さく「ほら、やるんでしょ?」と囁くと、咳払いをして指輪を受け取った。
 少し距離を取って理解は跪く。裸の指輪を依央利に掲げて、彼の眼を真っ直ぐ見据えた。
「では改めまして……依央利さん、私の二十五年分の、いや、一生分の愛を受け取ってください!」
……はい!」
 すっと依央利が左手を差し出して、その薬指に理解が指輪を通した。依央利の細い指で、燦然と永劫の愛がきらめく。理解が立ち上がると、彼らはまた抱擁を交わした。都会の薄汚れた空気を掻き分けて星月夜が見下ろしていた。