roku
2026-01-16 15:37:21
2286文字
Public 松イチワンドロライ
 

第34回『写真』『恋人繋ぎ』


沢北がアメリカへ渡ってからみんなで写真を撮ることが増えた。理由は単純明快で沢北が「寂しいから送ってください」と言ったから。自分からその道を選んだくせに勝手だなと言いながらも、そこは同じ釜の飯を食い、切磋琢磨してきた仲間だ。どうせ初めのうちだけだろうとみんな沢北の希望通りにしてやった。
当たり前だが卒業後の進路はばらばらで、それ故揃って写真を撮ることは難しくなり、沢北に送られる写真は少しずつ減っていった。それでも律儀に送り続けているふたりがいる。松本と一之倉だ。ふたりの進学先もまた別ではあったが、同じ県内。高校生の頃から仲が良かったこともあり、時間が合えばご飯に行ったり、互いの試合を観戦したりして、同じ時間を過ごしていた。だがそれも就職した今は会う機会が格段に減っていた。そんな中久しぶりに松本は一之倉を呼び出した。
「何かあった?」
「あぁ、ちょっとな
松本が苦笑いを浮かべたのには理由がある。
会う時間が減ったということは沢北へ写真を送ってやるものがいなくなったということであった。そんな折、松本に沢北から電話がかかってきた。
「松本さぁぁぁん!!」
開口一番鼓膜が破れそうなほどの大声がスピーカーの向こうで放たれる。
「うるせぇな!」
「すんません
「どうした?」
「何で写真送ってくれなくなったすか!?」
ズズッと鼻をすすり涙声で問うてくる。拗ねたようにムッと唇を突き出している姿が容易に想像できた。
「あーそれな。就職してから誰にも会ってなくてな。すまん」
「えぇー!!イチノさんとも?」
「ああ」
「何で?あんなに仲良かったのに!」
「お互い仕事で忙しいんだ。しょうがねぇだろ」
「でもでも!」
沢北と押し問答のような会話は延々と続き、疲れて帰ってきた身体を休める時間を削られた。頻繁にこんなことが起きてはたまったもんじゃない。そこで松本は一之倉に声をかけた。
「ははははっ!」
「笑い事じゃねぇんだよ!仕事の疲れと沢北の相手で倍以上の疲れだったんだからな」
「ふ、ははっそれはお疲れ」
「他人事だと思って
思い出した松本は頭を抱えている。
「で、沢北に写真撮って送ってやるためにオレは呼び出されたってこと?」
……まぁ、そういうことになるか?」
「やだ」
一之倉はビールを勢いよく飲み干して冷たい声ではっきり告げた。
……え?」
「嫌だって言ったんだけど?」
「何でだよ?」
「お前がお人好しなのは知ってるし、沢北の相手が大変だったのもわかったよ」
ならと言いかけた松本に「オレの気持ちはどうなんの?」と鋭い瞳が松本を捉えた。
「一之倉の気持ち……?」
「そ。わかんないならいいけど」
「わかんねぇから教えてくれよ」
わからないことは恥ずかしいと思わずに訊ねる。それは松本のいいところだが、一之倉は少しは自分で考えろ!と思わずにはいられなかった。
「なぁ一之倉」
「わかった。最後まで黙って聞けよ」
「お、おう」
「オレも結構忙しいんだよ。疲れてるのもお前と一緒。でも松本の誘いだから受けたわけ。お前は大して何も考えずに声かけてきたんだろうけどさ、オレは結構楽しみにしてたよ。でもいざ来てみたら“沢北のために”写真撮ろうって?そんなふざけた話あるかよ。そんなに沢北が可愛いならお前の写真でいいだろ。オレを呼び出す必要なんかなかった。期待したオレがバカだった」
どちらかといえば聞き手に回ることの多い一之倉が饒舌に語った思い。松本はその強い言葉尻と険しい表情から一之倉が怒っていることを理解しひとつの理由にたどり着く。
「えっとそれはすまなかった
一之倉だって沢北が可愛くないわけではなかったが、それ以上に松本に対しての気持ちが大きくなりすぎていたのだ。そして、松本が理由もわからずとりあえず謝ったと受け取った一之倉は食事の途中だが席を立った。その手首を反射的に掴んだ松本が真っ直ぐな瞳で一之倉を捉えた。
……離せよ」
「できない」
「何でだよ!」
「一之倉は嫉妬してるのか?」
「なっ!!」
図星をさされ、心臓が全身に激しく血液を送り出し、ぶわっと顔に熱が集まる。
「もしそうなら不謹慎かもしれないが嬉しいぞ。一之倉を誘ったのは一之倉だからだ」
……は?なに、言ってんだよ?」
「沢北からの電話は確かに大変だったが、何より一之倉を誘ういい口実ができたと思った」
……え?」
松本はニコニコと笑みを浮かべ、一之倉の手首から手を滑らせそのまま手のひらを合わせた。そしてゆっくりと1本ずつ指を絡めると、ギュッと力を込めて握った。
「ずっとこうしたかった。好きなんだ一之倉」
……うそ、だろ……そんなこと………
大きく見開かれた切れ長の瞳がゆらゆらと揺れている。
「嘘はつかねぇよ」
松本が嘘をつかないことなど言われなくても知っていた。ただこの状況は一之倉の想定の範囲を大きく超えていて戸惑いを隠せない。松本が恋人繋ぎになっている手を引いて、バランスを崩した一之倉を膝の上に座らせた。
「ま、松本!?」
松本は逃さないと言わんばかりにもう片方の腕を背中へ回す。
「一之倉の気持ち聞いてねぇ」
……好きだよ。ただの後輩だってわかってて沢北に嫉妬するぐらい」
「本当にすまなかった」
「もういいよ。それよりさ、沢北が写真はもういりません!て言うぐらいラブラブしたやつ送りつけてやろうよ」
一之倉は薄い唇で綺麗な弧を描き、そのまま松本のそれに重ね合わせた。そして手にしていたスマホでパシャリと1枚撮影したのだった。