roku
2026-01-16 15:19:48
2236文字
Public 松イチワンドロライ
 

第29回『進級』『デザート』『不満』


2年に上がれば部屋割りが変わる。それは密かに思いを寄せている一之倉と同室になれる可能性があるということであり、松本は嬉々として部屋を片付けていた。

「1年間よろしく」
「こちらこそよろしくな」
差し出された右手から伝わる熱に松本の鼓動が速くなる。
気付かれないようにとすぐさま離した手は不自然ではなかっただろうか。
「あ、そうだ。同室になれたお祝いにこれ分けてあげる」
「お、おう」
一之倉の“同室のお祝い”にさしたる意味はないだろうけれど、言われた松本は返事ひとつすんなりできないほど動揺していた。
「どっちがいい?」
松本の反応を気にすることなく一之倉が袋から取り出したのは小さなカップに入ったデザート。にっこり笑いかけてくる一之倉からのお裾分けに心が逸りさらに加速していく心拍数。このままだと「一之倉がいい」と押し倒してしまいそうだ。そんなことになってしまえばもうこの1年がどうにもならなくなってしまう。
松本は気を逸らそうと一之倉の持つデザートカップをじっと見つめた。するとパッケージの“ショートケーキプリン”の文字が目に入り「これはプリンなのか?それともケーキなのか?」と問いかけた。正直ケーキだろうがプリンだろうが一之倉から貰えるならばどっちでもよかったが、下心に気づかれないよう、精一杯の話題であった。
「どっち?って聞かれるとプリンなんじゃない?」
カップの下半分がプリンで、その上に生クリームと苺が乗っていることから一之倉はプリンと判断した。
「ならショートケーキ風ということか?」
「そうなんじゃない?」
細かいことを訊ねてくる松本を面倒だなと思い始めた一之倉は「早く選んで」と松本を急かした。
「こっちは桃なのに桜で苺なのか?」
今しか食べることができない春限定の商品なので選んだのだが、まさかこんな風に言われるとは思いもよらなかった。
………
「一之倉?」
「もういいよ!!松本にはあげない!!どっちもオレが食う!!」
我慢の男の沸点は意外にも低く、カップを松本の手から取り上げて勢いよく部屋を出て行った。
「おい!ちょ!一之倉!?」
取り残された松本は一之倉を怒らせてしまったことに頭を抱えたのだった。



「深津!」
「ベシ?」
「どっちがいい?」
バンッ!とテーブルの上に置いたカップのプリン。
「限定がいいベシ」
……はぁ〜〜そうだよな……普通はそうだよな
一之倉はソファで頭を抱えている。後ろから覗き込んだ野辺が「オレはこっちがいいけど」とショートケーキプリンを指でさす。
「あーー!!もうっ!!!普通そうだろ!!何だよもう!!松本なんか嫌いだ!!!」
多くの部員が集う談話室で、体育会系で培われた大きな声で素直な気持ちを吐露した一之倉。辺りがしんと静まり返った中、聞こえたのは名前を紡ぐ声。
………いちの、くら……
振り返るとそこには松本が呆然と立っていた。
……松本」
「嫌い……
「松本!?」
「すまなかったな。嫌いなのに気遣ってケーキいや、プリンまで準備してくれたのに怒らせちまって
こんな時までそこ気にするんだ。
そんな的外れなことを考えている間に松本は踵を返し談話室を出て行ってしまった。
「イチノ」
「行くベシ」
ふたりに後押しされた一之倉は、肩を落とし背中を丸めとぼとぼと歩く松本の後を追った。
「松本っ!!」
勢いで掴んだ手首。松本は傷ついた瞳で一之倉を捉えた。
「あえっと、その
言葉がうまく出てこない。
……離してくれ」
振りほどくことをしないのは、嫌いだと言われてもなお、一之倉のことを嫌いになれないからだった。
「嫌だ」
「嫌いなんだろ?」
「違うっ!!」
手首を掴んでいる手に力を込め、抵抗しない松本をそのまま部屋へと導いた。

………
………
流れる沈黙。先に口を開いたのは一之倉だった。
「オレは松本と同室になれて舞い上がってたみたい。少なくともプリン買うほどには」
「そう、なのか?」
一之倉の思わぬ告白は、もしかして自分と同じ気持ちを抱いてくれているのではないかと勘違いしそうになるが、「松本なんか嫌いだ!!!」と言った談話室での一之倉を思い出し首を左右に振る。
「なのに松本ってば文句ばっかり言うからあぁ、きっとオレと同室は嫌だったんだろうなって」
「嫌なことあるわけないだろ!どれだけ願ったと思ってんだよ!?」
………え?」
勢いで吐き出した言葉に慌てて口を塞ぐ。
「一之倉が同室のお祝いなんて嬉しそうに言うから下心を隠すのに必死だったすまない」
「それであんなこと?」
「あぁ。一之倉から貰えるなら何でも嬉しかったがプリンよりケーキよりオレに笑いかけてくれる一之倉が欲しいと思った」
………!?」
「だけどそんなこと言えば嫌われるに決まってる。そう思ってでもそんなこと言わなくても嫌われてたみたいだがな
自嘲気味に息を吐く。
「違うんだって。それは松本がオレのこと嫌いだって思ったし、なんだかんだ言うからじゃん……
「それは本当にすまなかった」
「松本になら、オレをあげてもいいよ」
……い、一之倉!?」
「プリンよりケーキより欲しいんでしょ?」
してやったりと笑いかける一之倉に頭を抱える松本。
「なぁ」
「ん?」
……後悔してもしらねぇぞ?」
視界がぐるりと反転した一之倉を熱を宿した松本の瞳が貫いた。