roku
2026-01-16 15:13:07
2192文字
Public 松イチワンドロライ
 

第27回『太陽』『見栄』『寂しい』

大人軸/同棲中
・イチノと同期のモブ子が飲みに行く話
・松イチ+ほんの〜り匂わせ程度の沢深(?)/松本は電話だけ

普段は職場の人間と適度な距離を保っている一之倉が、今日は珍しく同期からの「飲みに行こうよ!」という誘いを受けた。
「ほんとに!?」
「誘ったのお前じゃん」
「いや、そうだけど」
彼女は、断られると思ってびっくりした!と大きな瞳を瞬かせながら「駅前の立ち呑みでいいよね!」と歩き出した。

「「おつかれー!」」
ジョッキの3分の1を胃に流し込み、ぷはぁ!と息を吐いた彼女。
「おっさんみたいだね」
「はぁ!?失礼しちゃう!こんなに可愛いのに♡」
「はいはい。かわいい、かわいい」
「いっちーって実はノリいいタイプだよね?」
高校生の頃はよく深津と悪ふざけしていた。松本と付き合うようになってもそれは変わることのない日常だった。
「どうだろうね?」
「仲良くなったら楽しそうなんだよな〜」
「オレは仲良くしないよ」
「何で〜!?同期なのに〜!!」
顔を顰める彼女はさらにビールを煽る。
「彼氏が妬いちゃうから」
「私の彼氏、そんなことで妬かないよ?」
「あー、違う違う。オレの彼氏」
一之倉は表情ひとつ変えずに枝豆をつまみビールに口をつけた。
「いっちー彼氏いるの?」
「うん」
恋人が彼女ではなく彼氏であることを深く追求することもなく、ハッとした彼女は「待って!じゃあ帰った方がいいんじゃないの!?」と慌てて財布を取り出した。
「フッ。大丈夫。帰ってこないから」
……へ?喧嘩中?」
「少し前に転勤してね、今は大阪にいるよ」
淡々と口にしながら、なぜ特別仲が良いわけではない彼女にここまで話しているのかと、甚だおかしくなる。
……寂しくないの?」
ほんのり瞳を潤ませながら、ちゃっかりビールをおかわりしている彼女に、一之倉の口から笑いが漏れた。
「え?なに?」
「お前が泣きそうな理由わかんないし、そのくせビール2杯目飲んでるのもツボった」
一之倉も残りのビールを飲み干しておかわりを注文する。
「寂しいよ。だから今日の誘い、断らなかった」
「嬉しいけど複雑
「同輩が日本とアメリカで遠恋中でさ。それを思うといつでも会える分、贅沢言えないって思うんだ」
やきとりを頬張りながら「それとこれとは別じゃない?」と首を傾げている。
困らせたくないってのもある」
「寂しいって言ったら彼氏困るの?」
「何とかしてやろう。って思ってくれると思う」
「それ、嬉しいことじゃないの?」
はいどうぞとつまんだポテトを一之倉の口元へ運ぶ。一之倉は仕方なく口を開け、入ってきたポテトを食べる。
「嬉しくないわけじゃないけど、無理させたくないから」
「いっちーからは会いに行かないの?」
「何しに来た?って言われたら立ち直れない」
こんな弱い部分を漏らしてしまったのはきっとアルコールのせいだ。一之倉は吐き出してしまった言葉を巻き戻せなくて頭を抱えて大きな溜息をつく。すると目の前の彼女は大きな口を開けて笑い出した。
「あはははっ!待って!ははっ!!なに!?いっちー可愛い〜!!」
「は?」
「それで寂しいこと隠して、オレは大丈夫って見栄張ってるの?」
「見栄張ってるとかじゃないし」
目を細めて彼女を睨みつけるがなんのその。
「彼氏、いっちーがやってきたら大喜びだと思うよ!」と、一之倉の肩をぽんぽんと叩く。そんなに楽観視はできなかったが、少しだけ会いに行ってもいいかもしれないと思った。
「ところでさ、彼氏どんな人?」
見た目じゃなくて中身、と付け加える。
「優しいよ」
「だろうね。他には?」
「後輩は松本のこと“月みたい”って言ったけど、太陽みたいに笑うんだ。すごく眩しい」
大好きな松本の笑顔を思い出して口元が緩んでいく。それを見ていた彼女の心も温かくなり頬が綻ぶ。
「月で太陽かぁ。そしたらさ、朝も昼も夜もずーっと一緒だね」
……確かにそうかも」
「今度紹介してよ」
「やだよ」
「あ、そっか。ヤキモチ妬きさんだった!」
「うん。だからダメ」
一之倉は寂しさを吐き出して少しすっきりしたけれど、それと同時に松本に会いたい気持ちが大きくなった。

「今日はありがとね。楽しかった!」
「こっちこそ。気をつけて帰りなよ」
改札口で彼女を見送り時計を確認すると23時。ポケットの中のスマホが震える。発信者は見なくてもわかっている。
「もしもし。お疲れ」
『もしもし。聡もお疲れ』
スピーカーが周りの喧騒を拾ったのだろう。外か?と訊ねてきた松本。同期と飲んでいた帰りだと報告する。
『男?女?』
「ん?女の子」
……ふたり、か?』
訝しげな顔が安易に想像できた。だけどやましいことは何もないので「うん。誘われたから」と返事をする。
『珍しいな』
松本の声を聞きながら空を見上げれば、夜道を明るく照らす月が浮かんでいる。
朝も昼も夜もずーっと一緒だね
「帰ってもひとりだから」
『ん?』
「ひとりが寂しくて誘われたから飲みに行った。ごめん」
『そんなに寂しい思いさせてたんだな。オレこそごめんな』
「ううん。毎日電話してくれるじゃん。嬉しいよ」
『よかった』
「そろそろ切るね」
『おう。また明日な。気をつけて帰れよ』
「うん。家着いたら連絡入れる」
通話を終えた一之倉は「いっちーがやってきたら大喜びだと思うよ!」そんな彼女の言葉を思い出して、最終の新幹線に飛び乗った。