沢北がNBAで活躍するようになってから、松本と一之倉は有料チャンネルを登録した。日本の民放でアメリカの試合が放送されることがないからだ。
今日は試合に出ることが決まっていると連絡があったのでふたりはソファに並んでいつものように試合を観戦した。
「やっぱり沢北はすげぇよな」
「だね」
あの頃松本も負けてなかったよと目を細める一之倉は、きっと本当にそう思っているのだろう。
試合は序盤から沢北のチームが優位だった。そのままダブルスコアで勝利を収め、沢北はインタビューを受けた。英語で繰り出される質問に英語で答える沢北を見て、その成長ぶりに驚かされる。
「あいついつの間にかペラペラじゃん」
「後輩の成長は嬉しいもんだな」
そんな会話をしている間にインタビューは終わり、カメラに近づいた沢北はペンの蓋を口で開け、レンズにサインを書き込んだ。そして手を軽く上げ「Thanks!」と去って行った。
松本と一之倉は思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。
「ぷっ…」「はっ…」
「「あはははっ!!」」
「沢北のやつ、様になってるじゃねぇか」
「あの頃必死に練習した甲斐があったんじゃない?」
◇◇◇
「何やってんの?」
消灯時間が近づき人もまばらな談話室のテーブルで、何やら真剣に書いている沢北に声をかけた。
「うわっ!い、い、イチノさんっ!!」
大きな身体でガバっとノートを隠し「な、なんすか?」とおろおろしている。
「別に。すごい真剣だったから何やってんのかなって思っただけ」
「宿題…っす…」
「まぁそういうことにしといてやるけど、見られて困るなら部屋でしなよ」
それ以上掘り下げることはせず、素直に返事をした後輩におやすみと告げ、一之倉は談話室をあとにした。
「沢北がさ、怪しかった」
「ははっ、何だそれ」
部屋に戻るなりさきほどの状況を同室である松本に伝える。
「だってすごい真剣に机に向かってて…」
「宿題でもやってたんじゃねぇのか?」
「本人はそう言ってたけど、思い切り隠したんだよね」
「見られたくなかったんだろ」
一之倉はベッドに腰を下ろして思い返すも何だかすっきりせず「んー。違うと思うんだよな…」と呟いた。すると次の瞬間視界がぐるんと変わり、気づけば目の前には天井を背負った松本が熱のこもった瞳で一之倉を捉えていた。
「ふたりの時に他のやつの話すんなよ」
「……ほんとに嫉妬深いんだから」
呆れながらも緩んでいく頬。一之倉は松本の首に手をかけ引き寄せると同時に唇を重ねた。
◇
成績が芳しくない沢北の勉強をみてやれピョン。とキャプテン命令が下った。何でオレなんだよと文句をいいつつも真面目な松本は沢北の部屋を訪れた。ノックをして中へ入ると机に向かっていた沢北が慌ててノートをしまった。
「返事してから入ってくださいよ!」と唇を尖らせる。
「何度かノックしたが返事がなかったんでな」
疑いの眼差しを受け流し、勉強を教えるため沢北の隣に座れば先ほど隠したであろうノートが顔を覗かせていた。手に取りぱらぱらと捲ればそこには沢北栄治の名前が様々な書体で書かれてあった。
「ちょっ!見ちゃだめです!!返してよ松本さんっ!!」
「お前これ…」
「………イチノさんが見られて困るなら部屋でって言ったから部屋でやってたのに!結局見られたじゃん!!」
涙目になりながら机に突っ伏した沢北。
「何をやってるんだ?」
「練習っすよ!サインの!」
「あ?」
「だってオレ、アメリカ渡って日本人初のNBAプレイヤーになって活躍して世間を沸かせるんで。そしたら必要になるじゃないっすか!」
やたら大きな夢…というより確定している未来を語る沢北は自信満々だ。
「そうかもしれねぇが、そうなるためには先にこっちやらねぇとな」
松本は教科書を取り出し現実を突きつける。
「わ、わかってますよ……」
「なら始めるぞ」
◇
「―――というわけだったぞ」
「あははっ、何だよそれ」
「でもよ、どれもパッとしねぇ感じのサインだったんだよな…」
「あんまりセンスのない松本に言われるんだから相当だね」
「おい!」
「うそうそ!ごめん。それよりさ、松本は沢北の部屋で何してたの?」
距離を詰めて座った一之倉が松本の手に指を絡める。
「あ?勉強教えてたんだよ。知ってるだろ?」
「ふたりきりで?」
「確かにふたりだったけど何かあるわけねぇだろ。相手は沢北だぞ?」
「疑ってるわけじゃないよ。ただ、オレだって嫉妬するってこと」
そう言いながら松本の膝の上に向かい合う形で座った。
「……すまなかった。次からは談話室にする」
「わかってくれたらいいよ。せっかくふたりなんだからもう他のやつの話はなしね」
どちらからともなく合わせた唇。次第に深くなるそれはお互いの熱を上げていった。
◇◇◇
「あの後深津にバレてしばらくいじられてたよね」
「ははっ、そうだったな」
自信満々な沢北をことあるごとにからかっていた。その時深津が「お前のサイン考えてやったピョン」と1枚の紙切れを沢北へ渡していた。
「そういえばあのサイン…」
「深津が考えたやつか?」
「だと思う。何かすごいね」
「だな。でも…」
「ふたりきりの時に他のやつの話はしない」
テレビを消して松本を誘うようにソファに寝転べば、それは一之倉からの〝ここでいいよ〟のサイン。
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