雨鶴
2026-01-16 12:24:41
1302文字
Public 小話
 

半纏の話

長次の半纏に疑問を持つ小平太。あれ?あんなだったっけ?ほんのりこへ長。

冬が来て、流石の小平太も寒さに耐え兼ねて柳行李から半纏を取り出した時だった。
あれ?そう言えば」
長次の半纏は蝶々柄だけど、下級生の時はちょっと違った気がする。
「蝶々一匹だったような?」
長次の事なら何でも覚えているのに、半纏の記憶だけボンヤリしている。何でだ?

「長次の半纏って、そんな柄だったっけ?」
その夜、いつもの日課の読書をしている同室者に小平太は問い掛けた。
いきなりなんだ」
妙な質問に、長次は本から顔を上げて小平太を見る。
私もうろ覚えなんだが、と前置いて小平太は長次に半纏の事を話し始めた。
「一年生の頃に長次が着ていた半纏は蝶々が一匹だけで、菜の花が描かれてそれに」
それに?」
「動いていた気がするのだ」
小平太は自分で言ってて馬鹿らしいな、と思う。いくら生き物を描かれていたとて、装束の中の蝶が動くわけがない。
きっと勘違いだ。そう、笑い飛ばそうとした時、長次が本を閉じた。

よく覚えていたな」

「えっ」
過日、私の半纏の蝶は一匹。菜の花畑で飛んでいた」
「じゃあ、長次私が見た蝶が動いていたってのは」
小平太の言葉に長次は頷く。
「本当だ。あの半纏は、件の図書委員長に貰った物だ
「あの図書委員長に?」
《件の図書委員長》とは、自分たちが一年生の時の六年生。過去の各委員長達でクセが強い、変な先輩の一人だ。
そして長次は小平太に不思議な半纏の話を聞かせてくれた。

「あれは秋だった。私が図書室に居ると委員長がやって来て『中在家だけか。ちょうど良い、お前に蝶々をやろう』といって渡された」
風呂敷包みを渡され、開くと白地の半纏。下半分には菜の花畑が描かれて一匹だけ蝶がとまっていた。それだけだったら普通の半纏だった。
「でも違った」
小平太の言葉に「そうだ」と続けた。
「描かれていた蝶が、ヒラヒラと舞い飛んだ。驚きに委員長と半纏を交互に見た」
ただ、その半纏は一年しかもたないと云う。小平太が見たのは、その一年。しかも冬の短い間だけ。

『私の半纏、蝶々がいるんだよ』
くふん、と半纏の両手を口元に当てて笑う幼き日の長次の姿が、小平太の脳裏に思い浮かぶ。
あの頃、すでに淡い恋心を抱いていたのだろう。蝶々を見た記憶より、長次を見ていた記憶しかない。
あの頃とは随分様変わりしたが、時折見せる笑みは昔と変わらない。

「でも残念だな。一年しかもたないなんて」
かといって、一年生の半纏を六年間着る訳にもいかない。継ぎ足し継ぎ当てて、現在の半纏に仕立て上げている。小平太も長次も。他の六年生も。
「もう一度、見たかったが仕方ないな」
あーあ、と残念そうに呟く小平太に、長次は口端に笑みを乗せて小平太を手招きする。
委員長は『お前が願えば、また戻る』と仰った」
「あっ!」
長次が半纏の内側を見せると、そこにはヒラヒラと蝶々が一匹、菜の花畑で飛んでいた。


……………………………………

過去委員長は捏造。詳しくは別小説で。本当は小平太の半纏も作ってあげたかった。
不思議な布はお伽噺にもあるので、そこから引っ張ってきました。