roku
2026-01-16 11:12:06
1091文字
Public 松イチワンドロライ
 

第8回『傘』

大人軸
・学生時代両片思いだったふたりが再会する話

ぽつ、ぽつ、と一之倉の頭を濡らした雫は、その数秒後にザーッと激しく地面を打ちつけ水たまりを作った。急いで屋根のある建物に移動したが、随分と濡れてしまった。タオルで水分を拭き取りながら近くに傘が売っていそうな店を探すも見当たらず、仕方なく雨が止むまで待つことにした。
仕事中じゃなくてよかった。
それにしても止まなかったらどうするかな。
一之倉はグレーの空を見上げて溜息を吐いた。その時「……一之倉?」と名を呼ばれ、声のする方を振り返ると、自分の視線よりも少し上に懐かしい顔が。
「松本?」
声の主は高校三年間を共に過ごした仲間である松本だった。あの頃から男前だったが、スーツを纏い伸ばした髪を片方だけワックスで掻き上げた松本はさらに男前に磨きがかかっている。
「やっぱり一之倉だ。久しぶりだな」
あの頃と変わらぬ笑顔を向けられ一之倉の心がとくんと跳ねた。
……ここで働いてんの?」
気づかれないように視線を後ろのオフィスビルに移す。
「おう。一之倉は……雨に降られたのか?」
松本は一之倉の濡れた髪と服を認めて確かめるように問いかけた。
「うん。急に降ってきたから駅まで行けなかった」
「なら入っていけよ」
バサッと黒い大きな傘を広げた松本は、とても自然に一之倉の肩を抱く。
「ち、ちょっと!」
「あ?」
「肩」
「近づかねぇと濡れちまうだろ」
すでに濡れているのだ。逆に近づきすぎると松本が濡れてしまうではないか。一之倉は松本から距離を取ろうと試みるも、肩を強く抱いた手はびくともしなかった。諦めて松本に身を委ね歩く速度を合わせた。傘を打つ雨の音がうるさく会話もままならないのでふたりは無言のままだ。ただ、雨のおかげで心臓の音がかき消されていることに一之倉は安堵していた。
駅までは普通に歩けば10分ほどだが、弱まることのない雨足に心なしかゆっくりになる。
ここを右へ曲がり200メートルほど行けばもう駅、というところで松本は足を止めた。
「どうした?」
気持ち大きな声で問えば、少しためらいながら口を開いた松本。
「雨すげぇし、メシ食って帰らねぇか?」
久しぶりに会った同輩。しかも一之倉がずっと思いを寄せていた松本からの誘い。断る理由が見つからなかった。
「いいよ」
その返事に隣で嬉しそうにはにかむ松本を見て危うく勘違いしそうになってしまう。
雨が止まないからご飯を食べるだけ。
ただの雨宿りだ。
そう言い聞かせていたのに、傘をたたんだ松本が一之倉の手を取り指を絡め、ぎゅっと握りしめたから、雨宿りなんてものは口実に過ぎないんだと、その手を握り返したのだった。