roku
2026-01-16 11:01:16
1803文字
Public 松イチワンドロライ
 

第23回『正月』『はちみつ』


「稔、コーヒー?紅茶?」
こたつで丸まり、『初笑い』と題されたバラエティ番組を見ながら時々声を上げて笑っている松本に、一之倉はキッチンから声をかけた。
「うーん
いつもならどちらかすぐに選ぶのに、今日は顎に手をあて何かを思案している。
「どうしたの?」
「あれ、できるか?」
「あれ?」
松本のいう“あれ”がわからずに、今度は一之倉が思案する。
「高校のときにさ、」
あまりに昔の話に、一之倉の口からは「高校!?」と珍しく大きな声が出た。
「おう。オレが寝付けなくて談話室にひとりで居たときがあっただろ?」
「あーあったね。まだ付き合う前の話」
あの時は、たまたまトイレに起きた一之倉が、仄暗い談話室でソファに座り膝を抱え込んでいる松本を見つけ何事かと思ったのだ。確か沢北がレギュラーのユニフォームをもらってすぐのことだった。
ただ、それを作ったのは後にも先にもその一回だけで、まさか十数年経って言われるとは思ってもみなかった。
「急に飲みたくなった」
ダメか?と凛々しい眉を下げ懇願する松本は、こうすれば一之倉が断らないということを知っていた。
「いいよ。待ってて」
一之倉は鍋を取り出し、水と砂糖、はちみつを加えて熱し、絞ったレモンの汁を漉して加えた。そこにスライスしたレモンを入れて即席ホットレモネードの完成だ。
「はい」
透明の耐熱グラスに入れられたそれは、松本の目にあの日よりもオシャレに映った。
「違うもんかと思った」
「ふっ。グラスかマグカップの違いだよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ほんのり広がるはちみつの甘さとレモンの酸味が疲れた身体に染みわたる。
「この味だ。懐かしい」
「よかった」
「あの時さ、次の日も早いのに飲み終わるまで隣に居てくれただろ」
「そうだったっけ?」
とぼけているが鮮明に覚えている。
あの頃、次期エースだと言われていた松本に向けられたのは“沢北さえいなければ”という同情の眼差しだった。だけど松本は沢北に対して“あいつがいなければ”なんてこぼすことはなかった。
自分の努力が足りなかった。努力を怠ったわけじゃないけれど、次期エースだと言われてどこかで驕っている部分があったのかも。悔しいけどアイツは山王が勝つために必要だ。と、沢北を認め、自身を見つめ直していた。まだBチームの一之倉にとって、そこは別世界だったけど、その真っ直ぐ折れない心を持ってる松本に、随分前から惹かれていた。そんな松本が眠れずにいる姿に、一之倉は何かしてあげたくてホットレモネードを作ったのだ。
「うん。すげぇ救われた」
「そうなの?」
「おう。あのままひとりでいたら、醜い感情がドロドロと流れてきてたと思う。聡のおかげで救われたんだ。眠い目をこすりながら隣に居てくれてそれでさ、すげぇいいヤツだな思ってそれから目で追うようになった」
……何の告白?」
今さらだけど、今まで知らなかった事実に一之倉の頬が熱を帯びる。
「でももしかしたら、自分で気づいてなかっただけで、もっと前から好きだったのかもしれねぇ」
……ちょっと!今さら恥ずかしいんだけど!」
照れを隠すように顔を覆えば「かわいいな」と抱きしめられる。
「また作ってくれるか?」
「こんなんでよければいつでも作ってあげるよ」
「ありがとな」と紡いだ唇が、ちゅっ、ちゅっとくっついては離れることを繰り返しながら、ふたりはその場に寝転がる。
「なぁ、ここですんの?」
「ダメか?」
ほらまたそうやって懇願するから。いいよって言うしかなくなるじゃん。
一之倉が松本に抱きつき噛みつくようなキスで応えれば松本のスイッチが入る。
テレビから聞こえる賑やかな笑い声に「聡の声が聞こえねぇ」と舌打ちし、電源を切った松本。
一之倉はさっきまでゲラゲラ笑ってたくせにと面白くなった。
「何だよ?」
「何でもないよ。早く続き、しよ」
一之倉が促せば「……やっぱりベッド行こう」と身体を起こす。
「何で?オレはここでもいいよ」
「ヒメハジメが床はダメだ」
「ぷっ!ははっ!何それ!」
何のどういう基準なのかわかりかねたが、あまりにも松本らしくてふたりでベッドへと場所を移した。
怒涛のように忙しかった年末を越え、一之倉のホットレモネードが松本の疲れを癒したことで、朝まで解放してもらえなくなるのだが、それはまた別の話。