roku
2026-01-16 10:52:16
1856文字
Public 松イチワンドロライ
 

第12回『音楽』

大人軸/同棲中
・音質にこだわる一之倉の話

インターホンが鳴り、一緒に暮らしている一之倉宛に小さな荷物が届いた。配達員に礼を告げ、荷物はテーブルの上に置いた。しばらくして帰宅した一之倉が荷物に気づいて頬を緩めた。
「何買ったんだ?」
「ん?イヤホン」
「イヤホン?一之倉この前……」と言いかけた松本の前に手をかざし、「松本の言いたいことはわかってる!」と遮った。
以前デートの際、少し料金をプラスして音響のいいスクリーンでみた映画の迫力がとても凄く、その興奮が冷めやらぬうちにテレビでスピーカーが紹介されていた。ふたりとも映画は好きだったし、これとプロジェクターがあればと購入を決めた。週末に、寄り添いながら大きなスクリーンと良い音で見る映画は格別だった。
そんな中で届いたイヤホン。
これも音を良くするアイテムだ。
松本にすればスピーカーがあるのにイヤホンを買ったのか?ということだった。
「スピーカーとイヤホンは違うからね」
「でもヘッドホンがあるじゃねぇか」
松本のいうことはいちいちもっともで、だからといって別に怒っているわけではないことは長年の付き合いから分かっている。
「あれとこれは違うんだって」
「何が違うんだ?」
傍から見れば責めるような言い方だが、これもまた本当に違いがわからない松本が一之倉に訊ねているだけなのだ。
「これは出退勤で使いたい。ヘッドホンはかさばるから」
「それはわかる」
「音もさ、全然違う」
イヤホンは細かな音の表現に優れていて、どちらかといえば中高音域の解像度が高い。それに対してヘッドホンは重低音と、空間の広がりを感じる。
一之倉がざっくりと違いを説明してみたものの、松本はうーんと唸り声を上げている。
「フッ
「笑うなよわかんねぇもんはわかんねぇんだよ」と唇をムッと突き出し明後日の方を見る。
「じゃあ聴いてみてよ」
松本は一之倉が聴くような激しい音楽を好まない。一之倉はそれがわかっているから勧めたこともなかったが、今回ばかりは違いを自身で確かめてほしくなった。
「お、おう」
部屋から持ってきたヘッドホンと、先ほど届いたイヤホン。開封したそれは設定が必要で、松本はその間に夕飯の準備に取りかかった。

食事を終え、はいと差し出したイヤホンは一之倉仕様であったが試すだけなら問題はない。松本が耳に装着したのを確認し、再生ボタンを押す。

〜〜〜♪

「どうだった?」
………これ、すげぇな!ギターの、何ていうんだ?ウィ〜ンって……歪み??」
「うん」
「あと、音が細かい?」
「うん」
「ギターのハモリ?みたいなのもすげぇカッコよかったし、ボーカルの高音も綺麗だった」
「ふふっ、うん、そうだね」
松本の興奮が一之倉の頬をだらしなく緩めていく。同じものを共有できる喜びが、長い年月を経た今でも新しく生まれるのだと、鼻の奥がツンとした。
「い、一之倉!?」
「あ、ごめん何か嬉しくなっちゃって
鼻を軽くすすって、伝った涙を袖でゴシゴシと拭い、「次こっちね」とヘッドホンを手渡す。
違いがわかりやすいように、同じ楽曲を再生する。

〜〜〜♪

「うおっ!!」
驚く松本を眺め、温かく満たされていく心。自然と下がる目尻と上がる口角。
ヘッドホンを外した松本が「ヤバかった」とひとこと吐き出した。
「ふはっ!語彙力どっかいってるよ?」
「いや、だってよ
「わかる。全然違うよね」
「別物だった」
ボリュームを上げれば身体に伝わるリズムを刻む楽器の振動。耳全体を覆っているからか、遮断された世界はまるで自分のためだけに行われているライブのようだった。
「これで松本も違いのわかる男になったね」
そう言って笑うと、何か言いたげなまま松本は一之倉を抱き寄せた。
「どうしたの?」
「確かに凄かったけど……オレはあの頃の、有線のイヤホンが好きだ」
松本の言わんとしてることが伝わり、一之倉の心臓がトクトクと速くなる。

右と左を片方ずつ。
離れすぎると外れてしまうからとくっついて、
その近さにドキドキして、
ふたりして顔を真っ赤にしながら、
流行りに乗り遅れないようにと、寮の部屋で分け合った音楽。
今みたいに音質は良くなかったけれど、青春だった。

しんみりした空気を塗りかえるように一之倉が告げる。
「じゃあ取り戻す?青春ってやつ」
「あ?」
「ちょっと待ってて!」
部屋に向かった一之倉は1分もしないうちに戻ってきた。その手にはあの頃の初々しさを思い出させるアイテムが握られていた。