松本が彼を初めて見たのは小学4年になる前の春休み。母親に頼まれたお使いの帰り道で、自宅近くの公園をショートカットしようとしたとき。
彼はひとり黙々とシュートの練習をしているところだった。この辺りでバスケットゴールのある公園はここぐらいだから、見慣れた光景だったはずなのに足が止まったのは、何度ボールがリングに弾かれても諦めず、ただひたすらリングを狙い、肩で息をしながらもボールを投げ続けているその姿に心が惹かれたからだった。
田舎町だから同じ学校なら学年が違えど顔ぐらいは知っている。見たことがないということは隣町の小学校だろうか。
そんなことを考えながらお使いの袋に入ったスポーツドリンクを取り出し声をかけた。
「水分取らねぇと倒れちまうぞ」
「………え?」
まさか声をかけられると思っていなかったのか、辺りをキョロキョロ見回して、その細く鋭い瞳を大きくさせて「オレ?」と自らを指差した。
「おう。これやる」
松本が手に持っていたスポドリを差し出すと戸惑う少年。
「オレ松本稔。お前は?」
松本はペットボトルを、受け取れよといわんばかりに押し付けて名を名乗る。その圧に負けた少年はそれを受け取り同じように名乗った。
「…い、一之倉、聡」
「聡な!初めて見るけどこの辺に住んでんのか?」
「……春休みに入ってすぐに引っ越してきたんだ」
「そっか!じゃあもしかして同じ小学校?」
「4月から◯◯小に通うよ」
「お!同じじゃねぇか!何年?」
「4年になる」
「すげぇ!んじゃ同じクラスだな!」
松本は友達がひとり増えることを純粋に嬉しいと感じ、手を差し出してよろしくと笑った。その笑顔は太陽のように眩しいくらいキラキラしていた。
「でもまだ何組かわかんないけど…」
「ひとクラスしかねぇんだ」
「そうなの?」
「田舎だからなー」
それより、とバスケットボールを指差し松本は話題を変えた。
「バスケやってんのか?」
「ううん、まだ」
何でも、自分から輪を広げるタイプではない息子を心配した母親が、新しい土地での友達作りのためにと勧めたらしい。体験先で楽しいと感じた一之倉がやってみたいとお願いし、始めることに決めたそうだ。
「チーム決まってんのか?」
「まだ。体験行ったとこ以外にもあるみたいだから全部見てみたい」
「ならオレと一緒にやらねぇか?」
松本は一之倉と一緒にバスケがしたいと思った。
「バスケ、してるの?」
「おぉ!するか?」
松本は、買い物の荷物をベンチに置いて、一之倉から奪ったボールでドリブルを始めた。取れるもんなら取ってみろよと挑発すれば一之倉が松本のつくボールへ手を伸ばす。股の下を抜き右手から左手へとボールを移せば「すごい!」と感動した声を漏らす一之倉。
「これぐらい聡ならすぐできるようになるって」
「教えてよ!」
ふたりは日が暮れるまで遊んで、なかなか帰らない息子を探しに来た母親にお互いこっぴどく怒られたのだった。
「聡、また明日な!」
「え?いいの?」
「当たり前だろ。オレたちもう友達だからな」
へへっと笑う松本が、はい、と小指を差し出した。指切りの合図だ。一之倉は少し戸惑いながらもその指に小指を絡めた。
「「指切りげんまん 嘘ついたら針千本のーます 指切った!」」
それからは時間があれば公園でバスケをするようになった。そして学年が上がり4年になったとき、一之倉は松本が所属しているチームに入った。親友と呼べる仲へと進展したふたりだからプレー中の息もぴったりで、お互い切磋琢磨し実力を伸ばしていった。負けてばかりの弱小だったチームはどんどん強くなり、6年の後期リーグは県大会のベスト4という快挙だった。
◇
一之倉が父親の転勤で引越したことを知ったのは、中学の入学式で姿を見つけることができず母親に尋ねたからだ。母は「稔には言わないでって、聡くんが」と、隠していたことをとても申し訳なさそうに言った。
なぜ言ってくれなかったのか。親友だったはずなのに…。春休みの最後に「また明日」と約束したのに…。
それならば約束などしないでほしかったと唇を噛みしめた。
聡に何も言ってもらえなかったことが悲しい。
聡がいないことが寂しい。
それでもたかだか中学生の松本に何ができるわけでもなく、ただいたずらに時だけが過ぎていった。
◇
この春中学を卒業し、高校生になる。
進学先は、バスケ部強豪校である山王工業。
中学でももちろんバスケを続けたけれど、大きな大会に名を連ねるほど強い学校ではなかったため、ついに一之倉との再会を果たすことは叶わなかった。それでも諦めきることができなかった松本がわずかな希望を抱いて選んだ道だった。不思議と一之倉がバスケを辞めてしまっているのでは?という考えは浮かばなかった。
オレたちはバスケを通じて親友になったんだ。
バスケを通じて絶対に会える。
そんな根拠のない自信が松本にはあった。
あてがわれた寮の部屋で荷解きをしていると、コンコンと控えめにドアを叩く音がした。同室者だろうと松本は作業の手を止めドアを開けた。
「……さ、聡!?」
段ボールを抱えて扉の前に立つ坊主頭の同級生に、あの頃の面影を認めてその名を呼んだ。名前を呼ばれた一之倉もさらに男前に成長した松本に気づき、「え、うそ…稔!?」と目を大きく見開いた。
「いや、えっと、あ、ちょっと待ってくれ!」
「と、とりあえず、に、荷物、置くね!」
お互いまさかの再会にたじたじになる。
「まさか、本当に会えるなんて…な…」
松本は照れたように坊主になった頭を掻いた。
「………あの日、約束守れなくて、ごめん」
ずっと謝りたかったと頭を下げる一之倉。
「……引越したって聞かされた時、頭が真っ白になった。だってまた明日って約束したから」
「うん。ごめん。言ったら引越したくない気持ち、止めれなくなりそうだったから……」
声が少し震えている。
「聡?」
「オレ、公園で稔が声かけてくれてすごく嬉しかった。稔のおかげで友達だってたくさんできたし。バスケだって、稔がいたから上手くなれた。だから離れたくなかった。中学でも一緒にバスケしようって言ってくれたの、本当に嬉しかったから」
一気に気持ちを吐き出した一之倉は、涼し気な瞳を揺らしている。
「そうか」
松本は手を伸ばし涙が伝う頬に触れた。
「だから、指切り、断れなかった。約束したら会えるかもって……そう思って……本当にごめん」
「もう謝るなよ」
一歩距離を詰めた松本は一之倉を抱きしめた。
「確かに何でだよって思った。悔しくて悲しくて…寂しかった。でももしかしてオレが言い出しにくい雰囲気作ってたんじゃねぇかって…」
「そんなことない!」
「何にもできなかったけど、バスケ続けてれば会える気がしてた」
「オレもだよ。自分から黙っていなくなったくせに、いつか…って」
一之倉の腕が松本の背中に回る。
「オレたち、両思いだな」
ははっと笑った松本は成長してもあの頃のままだった。
「うん、そうだね」
「ようやく〝明日〟が来たんだ。これからはずっと一緒だぞ」
そう言ってあの頃のように小指を繋いだ。
「「指切りげんまん 嘘ついたら針千本のーます 指切った」」
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