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roku
2026-01-16 10:31:01
2360文字
Public
松イチワンドロライ
第19回『お酒』『嫉妬』
・飲み会に行く松本に嫉妬する一之倉の話
「今日飲み会だっけ?」
玄関先で松本を見送る一之倉が予定を確認する。不安を覗かせた一之倉になるべく早く帰ると告げ、行ってきますのキスを交わした。パタンと閉まった扉を見つめ、女の人も一緒なんだよな
…
と暗い気持ちになった。それを振り払うようにパソコンの電源を入れた。
◇
在宅での仕事を終えた一之倉は夕飯を買いに近くのスーパーへ向かった。いつもならば献立を考えながら回る店内。だが今日は松本が飲み会なので惣菜コーナーへ一直線だ。酒のつまみになりそうな惣菜をいくつかチョイスし、酒コーナーのエンドに並べられた新商品と期間限定のチューハイを片っ端からカゴへ入れた。酔えば全部忘れられるかもしれない。そう思ったから。
ふたりの時の食事はダイニングテーブル。だけど今日はひとりなので、リビングのラグに座りテレビを見ながらつまみ片手に酒を飲む。あんまり強くはないけれど買った酒を全部消費するんだ!と意気込んで缶を空にしていく。3本目を空にした辺りで頭がふわふわしてきた。「一之倉は
ほろよい
・・・・
でガチ酔いだな」と松本が笑ったことを思い出し、恋しくなって確認した時計は22時を過ぎたところだ。飲み会なのだからまだ帰らないのは普通かもしれないが、なるべく早く帰ると言って家を出た松本。普段ならもう帰っていてもおかしくない時間だった。時を刻む秒針の音がカチカチと進むたびに不安が募っていった。
◇
「
……
とし。
……
ぜ
……
くぞ」
「
………
ん」
松本の声が聞こえて瞼をゆるりと上げれば、身体がふわりと宙に浮いた。慌てて腕を伸ばしてしがみつけば、アルコールと煙草、居酒屋独特の油っぽい臭いに混じる女物の香水の残り香。
「
……
おろして」
「あ?」
「下ろせって!」
一之倉の剣幕に押された松本が抱きかかえていた一之倉を寝室の手前で下ろした。
「遅くなってすまなかった。二次会の前に帰ってくるはずだったんだが断りきれなくてな」
てっきり遅くなってしまったことを怒っていると思った松本は素直に謝った。
なぜこんなに遅くなったのか。
なぜ連絡のひとつもくれなかったのか。
そう問いかける前に松本が謝罪を紡いだせいで、振り上げた拳の行き場がなくなってしまう。
「
………
楽しかったならいいんじゃない」
そんなこと、1ミリだって思ってない。だけど松本にも会社員としての付き合いがあるのは十二分にわかるし、それを責めるのはお門違いだと、頭では理解している。
「別に楽しかったわけじゃないぞ。ずっと早く帰りたいって思ってた」
「そ」
長い付き合いだ。松本の言葉に嘘はないことぐらいわかるのに、スーツに残る香水の匂いが、一之倉を素直にさせてくれなかった。一之倉は話を切り上げ寝室のドアに手を掛けた。
「聡
……
何に怒ってるんだ
…
?」
わからなければ訊ねる。これは松本のいいところでもあり、状況によっては嫌なところでもあった。今の一之倉にとってこの質問は後者で、答えたくはなかった。酒で流し、忘れたはずの嫉妬という醜い感情が再び心を支配しはじめてしまったから。
「
……
怒ってない。だから早く風呂入りなよ」
目を合わせることもせず、寝室に入りパタンとドアを閉めた。
ふぅと吐き出した溜息とともに頬を伝った涙。
いつからこんなに我慢できなくなったんだろう
…
。
ドアを背に座り込んで膝を抱える。
「松本
…
好きだよ。オレだけの松本でいて」
小さな小さな呟きは届くことなく溶けていった。
◇
なかなか寝つけずにいると、風呂から上がってきた松本がベッドに入ってきた。一之倉は壁側を向き松本に背を向けている状態で寝たふりをした。松本はそっとベッドに潜り込み、一之倉の後ろから腕を回して抱き寄せた。背中で松本の鼓動を感じ心臓がトクトクと高鳴っていく。
「聡
…
好きだ。
……
愛してる。だから
…
オレのこと、嫌いにならないでほしい
……
」
懇願するように吐かれた言葉は頼りなく震えていた。寝ているふりをしていた一之倉は、まさか松本の口からそんなセリフが出てくるなんて思ってもみなくて驚いた。
「
……
オレが稔のこと、嫌いになるわけないじゃん」
松本の腕に手を添えてひとりごとのように呟いた。
「
……
起きてたのか!?」
「ん」と短い返事のあと、ゆっくりと寝返り松本の胸元に顔を埋めてみれば、一之倉と同じボディーソープの香りがした。
「
……
同じ匂い」
「あ、もしかして煙草か?」
一之倉が怒っていた(実際には怒っていたわけではないが)理由に思い至り問いかけた。腕の中の一之倉は軽く左右に首を振り「違う。香水」と小さく吐き出す。
「香水
……
?あ、」
「こんな風に女の人、抱きしめた?」
「まさか!!」
焦った松本は「違うんだ、聞いてくれ!」と抱きしめる腕に力を込めた。
「弁解?」
「弁明だ!」
「どーぞ」
抱きしめられたまま軽く顔を上げ松本を見上げる。
「酔っ払った先輩が、店を出たところで転びそうになったんだ。それを支えただけ。本当だ」
「それで、その先輩に誘われて二次会まで?」
松本に限ってそんなことあるわけないが、寂しい思いをした分、意地悪したくなってしまった。
「違うぞ!」
「うん、わかってる。でも、すごく嫌だった。松本から女物の香水の匂いがしたことも、それに嫉妬してる自分も」
「本当にすまなかった。もう飲み会には行かねぇから許してほしい」
極端すぎる松本に思わず笑ってしまった。
「なっ、何で笑ってんだよ!?」
「だって極端すぎ。許すも何も、付き合いあるでしょ?」
「オレは仕事の付き合いより聡の方が大切だからな」
こういうことをさらっと言えてしまう松本に、愛されてるんだと感じて胸が熱くなる。
だから今日は素直に言える気がした。
―
稔、抱いてほしい
―
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