roku
2026-01-16 10:22:51
1305文字
Public 松イチワンドロライ
 

第17回『金木犀』

1.金木犀は香りに反して花が小さいことから花言葉は「謙虚、謙遜」
2.一度嗅いだら忘れられないくらいの匂いであることから「初恋」という花言葉も持っている
3.その強い香りが邪気を払うとされていて、「幽世」とも言われていて神社によく植えられている
4.寒い地域では育たないらしく、分布は北限が秋田、岩手の南部といわれている

これらすべてを盛り込んだ話

「あ、ひょっほひひ?」
「おぉ。口の中空にしてからな」
夕飯の唐揚げを頬張りながら思い出したように問いかけた一之倉が、ハムスターみたいでかわいくて伸ばした手で頭を撫でる。
「ん」
猫のように目を細めてもぐもぐと食べすすめた。
「それで、どうした?」
「今日の帰り、神社の前通ったらすごくいい匂いしたんだよね」
「金木犀、咲いたんだな」
なんてことないように答えた松本は、日中はじんわり汗ばむ陽気だけれど、秋が来たことを感じた。
「へー。あの匂いがキンモクセイなんだ」
「え?」
「え?」
「知らないのか?」
決してバカにしているわけではなく、秋の代表とも言えるほど有名な木を知らないことを不思議に思い、出た言葉だった。
「だって秋田では見たことないし
バカにされたと思った一之倉はムッと薄い唇を突き出して怒っている、というより拗ねている。
「そうなのか!?あ、でも確かに言われてみれば山王の頃は咲いてなかったか」
顎に手を当てあの頃を振り返る。バスケ漬けの毎日は瞬く間に過ぎていき、その中での季節の移り変わりは、インターハイ、国体、ウィンターカップという大きな試合とそれに付随する練習や予選で感じていた気がする。桜が咲いたら春。花なんてその程度だったことを思い出す。
「オレの育った所は山王よりも北だからさ」
金木犀は寒い地域では育たないことを、松本はこの時初めて知った。
「じゃあ明日見に行くか!」
「え?いや、いいよ、別に」
松本の提案に目を丸くさせた一之倉は、そこまでみたいわけじゃないと断ったが、デートの一環だと押し切られてしまった。


昨日一之倉が通った神社へ足を運べば、境内に植えられた金木犀の木は、黄みがかった橙色に染まっていた。
「匂い強いのに、花小さいね」
初めて間近で金木犀を見た一之倉が、かわいいと表情を緩めて呟く。
その様子を横目に、かわいいのは一之倉の方だ。そう思ったのは言うまでもない。
「それを理由に謙虚や謙遜って花言葉があるらしい」
視線を花から松本へと移した一之倉の瞳は、そんなことまで知ってるの?と語っていた。
「これ、一度嗅いだら忘れないね」
「確かにな」
「なんだか“初恋”みたいだね」
「初恋?」
「うん。初めての恋って、どれだけ月日が流れても、何があっても忘れられないじゃん?そんな感じ」
その言葉に顔を顰め「そんな相手がいるのか?」と傷ついたような目で一之倉を見る。
「うん。松本」
「あ?」
「オレの初恋」
言いながら手持ちぶさたにしている松本の左手を掬い、指を絡める。
「いっ、一之倉!?」
「知らなかった?」
軽く腰を折り、小首を傾げて上目遣いで覗き込む一之倉に、右手で額を押さえて俯き大きく息を吐く。
一之倉の初恋が自分であったこと。
覗き込む仕草がかわいすぎること。
あざとい彼氏にどれだけ心を掻き乱されれば慣れるのか。
松本の心臓は、音が聞こえてしまいそうなほどドクンドクンと大きく波を打っている。目線を下げればフッと笑った一之倉と目が合う。
「オレも初恋だぞ」
絡まる手をギュッと握り返せば、一之倉の頬がゆっくりと赤く染まっていった。