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hisashiNKI
2025-10-06 22:18:49
14027文字
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ハロウィンなジョシュクラ(大公if)
大公ifで平和時空、ハロウィンネタな感じの20×25頃のジョシュクラです。
2人が城の中でひたすらいちゃつきながら甘々デートしてます。ハロウィンの様式は現代の感じそのままです。
注意
自我のあるオリジナルキャラが複数出てきます
色々捏造すごいです
目撃例一.
霊五の月七日 祭火の刻頃、巡回兵一名が庭園の東側外れ、庭木付近で影を目撃。木の間からちらちらと数回白い影が見え隠れし不審に思った兵が草むらに入るが何も発見できず。
目撃例二.
霊五の月八日 仰火の刻頃、兵士一名が東塔で目撃。東塔内部の危険崩落箇所を修繕していたところ、上階に影が見え、展望台まで追ったが消えてしまった。兵士は見間違いかと判断し詳しく調査はせず。
目撃例三.
霊五の月十日
………………………………
所見.
いずれの目撃者も、不審な影は見間違いか、幽霊か何かの類であろうと結論づけているが、私はこういった小さなものを見過ごしては危険であると申告し
――
………………………………
「なんだ、これは」
ようやく次の書類を手に取り、ざっと紙面に目を通したところで思わず声が出た。気づけばすっかり日は落ちて、いつの間にやら燭台に火が灯されている。
「ああ、陛下。申し訳ございません。警備隊長へ提出されるはずの書類が誤ってこちらに紛れ込んでしまったようです。今後はこのようなことがないよう
……
」
冷静沈着、仕事ぶりに全く狂いのない政務補佐官が珍しく慌てて釈明をした。
「私に見られてまずいものでなくてよかったな」
髭もじゃの厳つい顔を常になく白黒させる姿に、少し笑い声が漏れてしまった。書類を差し出すと、彼は託宣でも授かったように警備報告書を恭しく両手で受け取り深々と頭を下げた。
「なかなか興味深い報告だ。万聖節も近く精霊が騒いでいるのかもしれない。インプや小鬼のような悪し様なものが紛れ込んでるとも限らないから、私もよくよく目を光らせておこう」
「陛下、また菓子をご所望ですかな」
平常心を取り戻したらしい補佐官は、片方の眉を器用にあげて澄まして言った。
万聖節は元は北部の風習だ。冬が厳しく家の中で過ごす事の多い彼の地では、本格的に雪が降り始める前に悪さをする悪霊が入り込まないよう、住民達は家々を周ってまじないをする。この風習には様々なパターンがあってなかなか面白いのだが、それは今は本題ではない。ロザリア地方に伝わる際に、今のような形に姿を変えた。
まだ僕が十にもなる前のことだ。お菓子欲しさに補佐官
――
その頃彼は父の傍にいた
――
へ兄と共にいたずらをしかけた。驚いた彼は硬い石畳に盛大に尻餅をついてしまい、彼の立派な尻の骨には全治二週間のヒビが入った。
「
……
あの時のことは本当にすまないと思っているよ」
「根には持っておりませんよ。あの後お二人が作って下さった薬の味が、少しばかり舌に残っている程度です」
今度は声をあげて笑ってしまった。彼のとっておきのジョークはいつでも僕と兄には効果覿面なのだ。律儀な彼は、この程度の怪我にジョシュア様のお力を使わせる訳にいきませんと医務室でうつ伏せに寝込みながら、フェニックスによる治癒を拒んだ。僕は泣きじゃくりながら兄と二人、城の周辺に生えた薬草を片っ端から摘んできて、めちゃくちゃな薬を煎じて彼の元に持って行った。今でもその時の引き攣った笑みはありありと思い出せる。
「しかし、その報告書の最後の部分は見過ごせないな。ただの噂だと思って軽く見ていると、間者や不穏分子が紛れて工作をしていたとかいうこともある。それを書いた兵士はよく気がつくな。名を覚えておこう。それに、些細な事ではあるが我らが将軍殿の耳にも入れておいた方がよさそうだ」
「ええ。これから祭り事も多くなります」
補佐官は頷いた。万聖節が終われば年末には誕生の儀、年が明ければ復活の儀と立て続けに祭事がある。こういう時こそ有事の警戒を怠ってはならない。
「さて、将軍殿の分も菓子を用意しておきましょうかね」
補佐官は書類を片付けながら言った。彼の妻の作るロザリスの伝統菓子はとても美味いのだ。ついつい食べ過ぎてしまうほどに。兄の好物のアイシングのたっぷりかかったクッキーをたくさん用意しておいて貰うよう告げて、その日はペンを置いた。
I
「何、幽霊だって?」
「うん。城のあちこちで目撃情報があるんだ」
オーガンジーの薄布の向こうから、湯上がりの香りがほのかに漂ってくる。今夜は僕の湯には秋薔薇が入っていたが、彼の方には金木犀が入っていたようだ。いつものように裸足で床を踏む音と、水差しから水を注ぐ音が響いた。手元の本を読むともなしにページを捲りながら、蝋燭の火に照らされたシルエットがチラチラと視界の端に映るのを眺める。ベッドの中で彼を待つ時間が好きだ。
火照った肌を冷ますのに、少しだけ開けた窓を閉めるとようやく彼は僕の元にやってくる。今日はきっと薄いガウンを着ているはずだ。明日は休日でお互いに公務も軍務も無い。夜はこれからたっぷりある。窓の掛け金をかける音、それからこちらへ近づく衣擦れの音がして、天蓋の隙間から形の美しい指が差し込まれた。艶やかな黒髪と、夜闇に濡れた濃い青色の瞳が現れる。やはり、姿の良い体が纏っているのは僕が誂えさせた黒色の薄手のガウンだった。
「だからさ、明日僕たち二人で調査してみない?」
「幽霊を?」
広いベッドの端に乗り上げながら、兄さんはちょっと鼻を鳴らした。冗談だと思っているらしい。
「明日は城も静かだし久しぶりに城の中を探索する絶好の機会じゃないか」
「だがな
……
明日は遠乗りへ行きたいと言ってただろう」
兄さんは膝を滑らせて擦り寄ってきて、寝そべる僕の横で胡座をかいた。彼は少し困ったように首を傾げて、何か考えているようだった。子供の頃から、広い城の中をあちこち探索するのは僕たちのお決まりの遊びだった。この広くて古い城には秘密が無数に潜んでいる。この寝室だって、隠し通路が実は三つもあるのだ。長じるにつれて流石に頻度は随分と減ってしまったが、それでも折を見てはこそこそと二人で探索ごっこを続けていた。
黙ったままの兄さんを見上げると、薄い絹は肩に引っかかっただけというような風情で、ほとんどはだけてしまっていた。辛うじて胸の頂は滑らかな布地に隠されているが、湯を浴びて鮮やかな色に上気した豊かな胸元は、息をするたびにゆっくり上下した。ゆるく結われた腰紐はどうぞほどいてくださいと言わんばかりに、瑞々しい肉の張った腿の間に垂れている。
「遠乗りは今度にしようよ。早く調べておかないと、冗談じゃ済まない大事が潜んでいる可能性もあるだろ?」
「
……
それはそうだが」
兄さんの返答はなんだか歯切れが悪い。ピンと来て、言うか言うまいかほんの数瞬だけ迷ったが、声に出してしまった。
「ねえ、兄さん。もしかして
……
おばけ、怖いの?」
僕の言葉に、彼は瞳を大きく揺らした。
「
…………
実は、少し苦手ではある」
視線を僕から逸らし、ボソボソと答えた彼の頬にみるみる赤みが刺した。まさか、この人がおばけを怖がっているなんて。二十年間知らずにいた兄の弱点に、大きな衝撃と共に狂おしいほどの愛おしさが胸を駆け巡った。体の横にだらりと置いたままだった自分の手を握りしめてなんとか情動を押さえ込んだ。しかし、恥じらいを見せる初々しい少年のような表情の下には、触れられるのを今か今かと待つ熟れた肉体がある。もし僕が過去ロザリアの歴史に存在した、自身の妻を愛する余りに狂気に走った王であったなら、彼を今すぐ幽閉して誰の目にも触れさせないようにしていたことだろう。
「兄さん」
寝転がったままガウンの裾を割って腿に手を這わすと、しっとりとした熱い肌は敏感に反応した。兄さんは諦念か官能によるものかわからない小さな溜め息を吐き、無言で僕の顔の横に手をついて触れるだけのキスを落としてきた。
「わかった。明日は城の探索をしよう」
この人は本当に僕に甘い。やりたいと言ったことはなんでも叶えようとする。こんなに甘やかして、いつか砂糖漬けになった僕を食べてしまう気なんじゃないだろうか。受け入れて貰えたという満たされた気持ちが広がる一方、優しい彼を振り回す罪悪感が胸をちくりと刺した。今夜はうんとよくしてあげよう。
「兄さん、ありがとう。もしほんとにおばけが出てきたら、僕が炎で追い払うよ」
頬を撫でると、僕を映した夜色の目はきらと瞬いて、
「頼りにしてるからな」
と悪戯っぽく微笑んだ。
I
ここしばらく城に詰めていることが多かったので、アンブロシアの機嫌を取りがてら新鮮な空気を吸いに遠乗りに出たかったのが本音だ。厩舎へ行き、純白の美しい姿に予定が変わって申し訳ないと告げると、彼女は「やれやれ」と言ったふうに首を振った。羽毛を念入りにブラッシングしてやってから外に出た。
よく晴れた日で、冬の気配を感じる穏やかに翳った朝日が気持ちいい。今日は兵士たちも警備に必要な最低限の人員しか配備されていないため、修練場のあたりは普段の喧騒はどこへやら、閑散としていて少し物寂しかった。のんびり城の裏口の方へ向かいながら、さっき厩舎番にもらった林檎を齧った。
見上げると、陽の光が白皙の城壁に当たって黄金色に染まっている。二十五年間ほとんど毎日この城を見上げてきたが、季節や時刻、天候によって様々な色に染まるその姿はいつ見ても息を呑むほど美しい。太陽が顔を見せ人々が一日を始めるこの時間は、炎を思わせる橙と金色が混ざり合い、暖かで力強い光を見せた。
――
この色は弟の色だ。
一見繊細なように見えて、ジョシュアは一度決めたら納得いくまで絶対に自分の意思を曲げない強さがあった。しかしそれは、”国主”という大きすぎるものの前では何重にも鍵をかけられて普段は胸の内にしまわれている。俺も弟に甘すぎる自覚はあるにはある。だが、幼い頃から彼の抱えるものを嫌というほど感じてきたので、俺にだけ晒されるその火種はどうにか守ってやりたいのだった。
庭園へ入ると、正面からトルガルがのっそりと歩いてきた。彼はこちらに気づいて一声吠えると、林檎を見つけて目を輝かせた。
「トルガル、おはよう」
朝の散歩がてら城の周りを巡回してくれていたのだろう。朝露の草むらにでも入ったのか少し湿った頭を撫で、林檎を差し出すと一口で食べてしまった。
「厩舎の方に行くともっともらえると思うぞ」
「アウッ」
彼は嬉しそうに答え、尻尾を振り回しながら裏門の向こうに駆けて行った。
部屋に戻ると、カーテンは引かれたままで薄暗く、まだジョシュアは起きていないようだった。マントを脱いでソファに掛ける。今日は使用人たちに朝の身支度は不要だと伝えてあったので、弟の服を準備してやらないといけない。なるべく音を立てないようにクローゼットから動きやすそうなものを見繕い、それもソファに掛けた。弟が起き出してくるまでにまだ半刻はあるだろう。読みかけの本の続きでも読もうかと部屋を見回すが、ベッドサイドに置いたままなことに気がついた。慎重に寝室の扉を開けると、驚いたことにジョシュアは半身を起こしていた。
「おはよう。早起きだな」
声をかけると、天蓋に映ったシルエットがゆっくりこちらを向いた。ベッドに近寄って布を引くと、鳥の巣のようなくしゃくしゃの髪をして、眩しそうに目を掠めた裸の弟がいた。
「
……
おはよう。昨夜のあれで、よく早朝から動けるな
……
」
かすれた低い声に熱の名残を感じて少し腰が騒つくが、窓から差し込む朝日の清廉さがそれを振り払った。
「ほら、起きたなら顔を洗え」
剥き出しの肩にガウンをかけると、彼は物欲しげにこちらを見上げてきた。前髪の上から額にキスをすると、不満そうに喉を鳴らした。
「口にして欲しかったのに」
「顔を洗ってからな」
腕を取って引っ張ると、ジョシュアは観念してようやくベッドから降りた。休みの日はいつもこうだ。寝かしておいてやりたくもあるが、林檎はほとんどトルガルにやってしまったしいい加減腹が減ってきていた。そのまま手を引いてバスルームの方へ弟の体を押しやり、侍女に朝食を持ってきてもらうように告げるためベルを鳴らした。
部屋でゆっくり朝食を摂り、ちゃんと身支度ができた褒美に約束通りキスをしてやった。しかし昨夜の続きで少々盛り上がってしまい、気づけばすでに日が中天にかかりかけていた。このまま続けると探索どころか部屋から一歩も出ずに休日が終わる可能性がある。鋼の意志で互いの体を引き剥がし、乱れた息と裾を整えた。
「どこから行くんだ?」
城の見取り図(昔、二人で描いたものだ)をキャビネットから出し、テーブルに広げた。
「あなたってほんと切り替えが早いよね
……
」
「ぐずぐずしてたら日が暮れるぞ」
だらしなくソファに寝そべっていた体をようやく起こして、ジョシュアは地図を覗き込んだ。
「そうだな。中庭からにしよう。この外れの茂みのあたりで白い影が見えたらしい。あとは厨房付近と、東塔だ」
果たして昼日中から幽霊が出るのかは怪しいところだが、しばらくぶりの秘密のお遊びに胸が弾んだ。それに厨房へ寄るのなら好都合だ。何か外でも食べられる軽いものを用意しておいてもらおう。
地図から顔を上げた弟の目も興奮に輝いている。目が合うと、彼は「行こうか」と頷いた。
I
「うーん、特に異変はないな」
秋薔薇の咲いた中庭は、庭師の姿もなく噴水の水音がするだけで、とても静かだった。時折、空の高いところを飛ぶ鳥の鳴き声が響いた。冬を越えるため北部から渡ってきたノスリだろう。こんな長閑な場所に何か悪いものが潜んでいるとは到底思えなかった。
「ん、この辺り、草が少し倒れてないか?」
目撃情報のあった辺り、庭木の後ろへ回り込んでいた兄さんがこちらへ手招きした。
見ると、確かにシダの茂みに何かが入ったような分け目ができている。しゃがみ込んで熱心に調べていた兄さんが「あっ」と声を上げた。
「なに、何かあった?」
慌てて黒髪の隣にしゃがむと、彼が声をあげた訳がわかった。地面によく見知った足跡が付いている。兄さんは地面から何かを拾い、僕の目の前に差し出して苦笑を浮かべた。灰黒の毛が数本、指に挟まっていた。
「朝トルガルに会ったんだが、体が少し湿っていた。ここに入ったんだな」
「なんだ、トルガルかあ。でも、どうしてこんなところに」
「特に変わった様子は無かったが
……
何も言ってこないなら大丈夫だろう」
トルガルが警戒を示さないのなら、それは一番信頼のおける安全だ。しかし念のためぐるりと中庭を見回ることにした。
静謐に包まれた庭は、柔らかな陽射しを受けて咲き誇る薔薇と秋草がそよぎ、甘やかな花の匂いが鼻腔をくすぐった。まるでこの世界にはこの紅い花弁と、秋光にくすんだ緑、ささやかな水音、そして隣を歩く黒い姿しかないように思えた。そっと彼の手を取ると、青い目は驚きに見開かれ、すぐに離されてしまった。子供の頃は自然と繋いでいたのにと残念に思っていると、彼は黒い手袋を脱いでみせ、僕に向かってはにかんだ。僕も彼に倣って左手の手袋を脱いでポケットに突っ込み、差し出された暖かい大きな手をもう一度握った。
僕も兄さんも特に言葉は交わさなかった。この小さな僕たちだけの箱庭をゆっくり歩いた。
I
厨房は城の奥まった場所にある。小さい頃何度か兄さんにせがんで一緒に忍び込み、こっそりつまみ食いをさせて貰ったものだが、ある時母に見つかってしまった。その時厨房で働いていた者全員が次期大公に悪いものを食べさせたと、処分を受けそうになってしまった。そして僕ではなく兄さんだけが酷く彼女に責められた。なんとか父が子供のやったことだからと収めてくれたが、僕の行動ひとつで多くの人が大きな影響を受けることを思い知り、この身の軽率な行動を深く恥じた。何より、あの時僕を抱きしめながら震えていた兄さんのか細い腕がいつまで経っても忘れられなかった。
もう母もこの世にはいない。僕のささやかな楽しみを咎める者は誰もいない。だがやはり向かう足はどうにも重くなった。自分が調査をしたいと言い出したのに、あまりに情けなかった。
「ジョシュア。あの時は子供で無力で、母上に何も言い返せなかったが
……
俺はこの国に生きるさまざまな人と触れ合うことは、何よりも大切なことだと思っているよ」
振り向いて僕を見つめる兄さんの声は優しくて、それでいて力強かった。中庭を出てからは手を離してしまったのに、僕の考えていることをどうしてぴたりと当てられたんだろう。
「お前の顔を見ていればわかるさ」
兄さんの小さな笑い声が広い廊下に響いた。
「少し前に先代の料理長が引退して、今は彼の息子が継いでいるんだ」
「うん、それは知ってる」
「昔よく食べさせてくれたパイの味もそっくりそのままだろう?」
そういえば、料理長が代わったということは報告を受けていたのに、味が全く変わらないことには気を留めていなかった。
「そっか、僕の好物だから
……
」
僕の呟きに、兄さんは柔らかく微笑んだ。
「軽く食べられるものを用意しておいてもらうように頼んである。早く行こう」
兄さんは僕の腕を取った。
十数年ぶりに足を踏み入れた厨房は、昔の記憶と変わらずにどこもかしこもピカピカに磨かれ、壁にはぎっしり大小様々な形の鍋や包丁、調理器具がかかっている。さながら料理人のための武器庫というような様相だった。調理台の上には今日の晩餐に使うのだろう、色とりどりの野菜や豆、果物が置かれ、香辛料の芳しい匂いが漂っている。昼を過ぎ、さらにまだ夜の支度には早い時間で、ちょうど休憩時間だったのか調理場に立って作業する者はいないようだった。
「こ、ここ、これは陛下!クライヴ様も
……
」
何か探している様子で奥の棚を引っ掻き回していた男が、ひっくり返りそうになりながら駆けてきて膝をついた。
「楽にしてくれ」
彼は僕の言葉に跪くことは諦めたが、頭を深々と下げて縮こまった。
「あなたが新しい料理長か。挨拶が遅れてすまない」
「い、いいえ。陛下。わざわざこのようなむさ苦しい場所にお越し頂けるとは、きょ、きょ、恐悦至極にございます
……
」
小柄でずんぐりとした料理長はますます肩をぎゅっと狭め、ほとんど頭と膝がくっつきそうなほど体を折り畳んだ。僕はその器用な形に、どうにか吹き出すまいと唇を噛んだ。
「料理長、面をあげてくれ。陛下も私も今日は私的な用事で来たのだ。そう畏まらなくていい。それと、頼んでいたものはあるか?」
「ハハッ!すぐお持ちいたしましょう!」
料理長は真っ赤に染まった顔を勢いよく上げ、またもひっくり返りそうな足取りで石窯の方へ向かった。こちらへ戻ってきた時には油紙の包みを二つ、両手に抱えていた。
「軽いものがよろしいとのことでしたので、小さ目にお作り致しました。兎肉のミートパイでございます」
彼はまた頭を下げて、包みをおずおずと差し出してきた。
「ありがとう。私は昔からこれが好きでね。先代から変わらない味に感謝するよ」
そう告げると、彼は肩を震わせて、鼻をずびりと鳴らした。兄さんが包みを受け取ると、彼は「そ、そうだ!こちらもお持ちください」と調理台から小さな包みを引っ掴んだ。
「これは?」
兄さんが開けてみると、つややかな赤い粒が一掴みほど入っている。
「こちらはザクロと申しまして、カンベルの方から仕入れた珍しい果物にございます。今夜のデザートに使うものが少し余りましたのでお包みいたしました。それはもう甘酸っぱく爽やかな口当たりでして
……
喉も潤いますので、食後に是非お召し上がりくださいまし」
彼は満面の笑みで答えた。近頃は叔父の尽力もあり、カンベルとの貿易も徐々に活性化している。初めて食べる食材が夕食に並ぶことも増えていた。
料理長に礼を告げ、厨房から出ようとしたところでようやく僕も兄さんも本来の目的を思い出した。
「そうだ、料理長。この付近で何か妙なものを目撃した者はいないか?」
「妙なものでございますか
……
?ああ、そういえば数日前、皿洗いの女中がこの隣の食糧庫で変な形の影を見たと騒いでおりました。私は瓜とでも見間違えたのだろうと申したのですが、ゆらゆらと怪しげに動いていたとかで。さらに何か聞いたことのない音もしたらしく
……
」
僕と兄さんは顔を見合わせた。報告書には音のことは書かれていなかった。
「その女中とは話せないか?」
「申し訳ございません。実家のあるラザロの方へ帰っておりまして」
料理長は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「瓜のような形のゆらゆら動く影に、聞いたことのない音か
……
」
言いながら、ウィルオウィスプを頭上に掲げた。
「ゴブリンでも入り込んだんだろうか」
兄さんも中に入り、赤光に照らされた部屋をぐるりと見回した。
食糧庫は窓が無いため、薄暗くかなり冷んやりとしていた。夜に燭台の灯りだけで入ると、妙なものを見たと勘違いすることもあるかもしれない。そういえば幽霊は大丈夫なのか、瓜やカボチャの並ぶ棚に向かった後ろ姿に聞いてみると、「怖くない」と素っ気ない一言が返ってきた。
念入りに庫内を調べてみたが、やはり特に何も見つからなかった。もし兄さんの言った通りゴブリンが食糧欲しさに忍び込んだのなら、盗みはすぐに発覚しただろうし、あの不潔な体では必ずなんらかの痕跡は残すことになっただろう。それとも、不穏分子や間者が国家転覆のため何か細工をしたのだろうか。しかし、そうであったらこうやって目撃情報があがってくるのはかなり間抜けな話であるし、それにわざわざ音をたてるようなことをするだろうか。
「やっぱり幽霊だったら、夜に来ないと駄目かな」
兄さんは返事をしなかった。火球に照らされた背中が少し強張ったように見え、そっと彼の腕を撫でた。
I
ついに最後だ。俺達は長い回廊を抜けて、東塔へ向かった。ミートパイは塔の展望台へ登って食べることにした。
老朽化したこの塔は今やほとんど使われておらず、ほぼすべての用途は新しく建てられた新塔の方へ移っている。緊急時にはロザリス城下町にまで火急を知らせるため、こちらの展望台も使用することになっているが、幸い、十年前の政争の折からは大きな事件や戦もなく一度も使われたことはなかった。
――
実はそのおかげで、時折ここで弟と会っているのだが。
人目につかず、静かで空が近いため、美しい月夜を間近に感じられるここは互いに気に入りの場所だった。
長い螺旋階段を登りながら、しかしそろそろ逢瀬に使うのはやめるべきだろうと思った。いつもここへ来る時は夜間が多くはっきりと古びた様相を目にすることも少なかったが、足場も悪いし、崩れそうな箇所がそこそこある。睦み合っている最中に崩壊して、怪我やまして命を落とすことになったとしたら。そんな理由で主君を危険な目に合わせることに、全身に冷やりとしたものが走った。前を歩く背中にそれを進言すると、もしもの時は顕現するから大丈夫だと本当か冗談かわからない答えが返ってきた。
ようやく最上階に辿り着き、さっきの杞憂も忘れて爽やかな空気に伸びをした。日は次第に西へ向かい始め、まだ正午も過ぎて幾ばくも経ってはいないはずだが早くも夕刻の気配がしていた。ジョシュアは弾んだ息のまま、柵のない端まで歩いて行って屋根を支える円柱へ手をついた。それから深呼吸をして、風をその伸びやかな体に受けるように手を広げた。癖のある長めの髪が太陽の光を反射しながらはためき、まるで空を滑空する霊鳥の尾のように見えた。
「気持ちいいね!」
俺の視線に気づいたジョシュアはこちらを振り向いて無邪気な声を上げた。
「あっちに水道橋が見える。ようやく完成するんだ
……
」
ジョシュアは眼下を指差した。父の代から続いていた国を挙げての一大事業は、そろそろ終盤に差し掛かっていた。父の悲願が達成されれば、国中に水資源が行き渡る事になる。恐らく、それは何世代にも続くロザリアの発展に繋がるだろう。この、子供の頃と同じ笑顔を見せる弟が、偉大な父から受け継いだものを正しく成就させつつあることに、視界が少し滲んだ。
俺も同じように風を受けようとジョシュアの方へ足を向けた。しかし、突然吹きつけた強風と高所に眩んでよろめいた。まずいと思う間もなく弟の腕が俺の体をしっかりと捉えた。
「危なかった
……
」
心臓が早鐘を打っている。ジョシュアは俺を抱き留めたまま、ゆっくり後ろへ下がった。
「大丈夫って言っただろ」
ジョシュアは俺の目を覗き込んで囁いた。
「お前がフェニックスでよかった」
感謝の気持ちを込めて背に回した腕に力を込めると、ジョシュアは俺の腰を強く引いた。そして彼は長い睫毛を伏せ顔を寄せ
――
ふいに階段を上がってくる足音が聞こえた。二人同時に体を引き離し、少し距離を取った。さっきよりも心臓の音が酷い。一体誰が、もしくは何がやってくるのか、ジョシュアと二人固まったまま降り口を見つめていると、ひょっこりと見覚えのある黒髪が覗いた。
「陛下、クライヴ様」
ウェイド卿はこちらを見とめると素早く敬礼をした。
「なんだ、ウェイド卿か
……
」
ジョシュアは心底安心したように胸を撫で下ろした。
「休息中のところ、お邪魔してしまいましたか」
「い、いや
……
」
「お二人が塔に入るのが見えたので、何かあったのかと思いまして」
ウェイド卿は申し訳なさそうに眉を下げて答えた。
「何かあったと言えば、そうだ」
ウェイド卿に警備報告書のことを話すと、彼も把握していたらしかった。
「わざわざ陛下と将軍ご自身で調査しなくても
……
いや、野暮な言い分でしたな」
ウェイド卿はしたり顔で口の端をあげた。彼は昔から俺たちの探索の唯一の協力者なのだ。
「ん、あ。パイが」
さっきジョシュアと抱き合った時、胸の間で包みが少し潰れてしまったようだ。幸いザクロの方は無事だったのでほっとした。こちらが潰れていたら大惨事だっただろう。
「ああ
……
!せっかくのパイが
……
」
ジョシュアはひしゃげた包みを見て悲壮な声を上げた。
「こうやって紙でうまく巻けば食べられるから。ほら」
ジョシュアの手に持たせてやると、彼の頬はみるみる薔薇色に染まり、立ったまま齧り付いた。幸せそうに目を細めて頬張る表情が随分幼く見え、俺の頬も思わず緩んだ。ウェイド卿はなんだか照れたような妙な顔をしてこちらを見ていた。彼も腹が減っているのかと思い、俺の分をわけてやろうかと声をかけると、彼が返事をする前に突然、子供のような可愛らしい声が展望台に響き渡った。
『それ、モグに寄越すクポ!』
「なんだあ!?」
ウェイド卿が俺たちの背後に向かって大きな声を上げた。
振り向くと、ロザリアの空を背景にして、白いふわふわの謎の物体が浮かんでいた。
「まさか
……
モーグリ!?」
ジョシュアは驚愕に目を見開き、白い物体を凝視している。瓜のような形、ゆらゆら動いて、不思議な音がする
――
目撃証言とほぼすべて一致している。本や伝承で伝え聞いてはいたが、実在しているとはつゆほども思っていなかった。想像よりちょっと
――
いや、かなり愉快な姿の妖精を目にして、色んなものが集ってくる万聖節故に紛れ込んだのだろうかと思い至った。
『お兄さんたち、モグに見惚れてないで、さっさと食べ物を寄越すクポ!もうモグはおなかがぺっちゃんこすぎて、このちっちゃなかわいい羽根を動かすのだって非常に辛いんだクポ。もし力が尽きてここから地面に落っこちたら、あんたらは殺モグ犯クポ!』
「何を必死にクポクポ鳴いているんだ?」
ウェイド卿が首を傾げた。
「腹が減ってるようだ」
俺は手元の包みを小さな手に差し出した。
『そっちじゃないクポ!んもぉ、人間ってモグたちのことぜーんぜん知らないのクポね。モグは人間と違って何でもかんでも口に入れないクポ。食べられる物を探してさまよっているうちに、下の庭で仲良くなった毛むくじゃらが林檎を持って来てくれたけど、それすら食べられないデリケートさなんだクポ』
なるほど、それですべての合点がいった。
「すまない、こっちか」
もう一つの包みを開いて、赤いザクロの実を小さな手の平の上に置いた。
『ありがとうクポ!これなら食べられるクポ!』
モーグリは不思議な鳴き声を上げてからくるりと一回転し、ザクロを嬉しそうに口
――
があるようには見えないが、いつの間にか実は消えていた
――
に入れた。
「兄さん、もしかして彼の言葉がわかるの
……
?」
ジョシュアが信じられないというような表情で、目を見開き俺とモーグリを交互に見やった。
「ああ。はっきりとはわからないが、なんとなく言いたいことは伝わってくる。おい、一つでいいのか?」
モーグリに尋ねると、彼はまた高く鳴き声をあげてぴょんぴょんと鞠のように跳ねた。
『一つで充分クポ!クポの実よりずいぶん酸っぱくてびっくりしたけど、おなかも膨らんで元気いっぱいクポ!お兄さん、話のわかる人間で助かったクポ〜これでまた冒険が続けられるクポ!』
「旅の途中だったのか。気をつけてな。また動けなくなったら困るだろう、これも持って行け」
小さな手に乗せられるだけ実を乗せると、モーグリは俺たちの頭上をぐるりと大きく回った。
『一宿一飯のお礼に、お兄さんたちに幸運のまじないをかけたクポ!運命が交われば、またどこかで会えるクポ。毛むくじゃらにもよろしくクポ〜』
不思議な音をクポクポ響かせながら、白い小さな姿は空の向こうへ消えていった。
「いやあ、幽霊騒ぎの正体があんなのだったとは誰も思いつきませんよ」
ウェイド卿はしきりに目を瞬かせて、白い毛玉が去った方角を眺めていた。
「兄さん、彼は最後なんて言ってたんだ?」
ジョシュアも伝説の生き物を見た興奮に声を弾ませている。
「ザクロの礼に、幸運のまじないをかけてくれたそうだ。あと、トルガルにもよろしくと」
ジョシュアは深く感嘆のため息を漏らしてから、小さく呟いた。
「
……
兄さんって、御伽話のお姫様だったの
……
?」
I
幽霊騒ぎの正体も判明し、安堵した僕たちは塔を降りた。ウェイド卿は警備隊長に報告をしてくると言い、軽やかに敬礼をしてから去って行った。
僕はさっき見た妖精を、細部を忘れないうちにスケッチしようと私室へ戻ることにした。
部屋の扉を開けると、芳しい香りが漂った。テーブルにはアイシングがたっぷりかかったクッキーや、シンプルなシードケーキなどの焼き菓子がいくつか並べられている。
「さっそくモーグリのおまじないが効いたね」
「ああ」
兄さんは微笑んだ。補佐官の妻が腕を奮ってくれたのだろう。皿の横にはメモが添えられ、"Trick or Treat!"の文字と、彼女の名前が署名されていた。
兄さんは顔を綻ばせてクッキーを一枚手に取り、ほとんど一口で食べてしまった。まるでトルガルとそっくりだった。
行儀は悪いが、ソファに寝そべって背にクッションを置き、スケッチブックを腹に立ててモーグリの姿を思い出しながら手を動かした。兄さんは向かいの一人がけに座り、菓子を摘みながら本を読んでいる。時折吹き抜ける柔らかな風が気持ちいい。夕暮れの燃えるような赤い色が部屋の中を照らし、しばらく木炭が紙に擦れる音と、時折クッキーを齧る音、本を捲る微かな音だけが響いた。
「よく描けてるな」
気づくと、兄さんが後ろからスケッチブックを覗き込んでいた。
「俺まで描く必要があるのか?」
頭の後ろで兄さんの笑う気配がして、少し胸がこそばゆくなった。御伽話のような光景を描き留めておきたかったのだ。
「うん。描きながら思いついたんだけど、今日あったことを絵本にでもしたら子供たちにうけるんじゃないかなって」
「なるほど、いいな。モーグリは子供が喜びそうだ。トルガルも登場させて
……
だが、この絵を使うのか?主人公が俺だと、子供が嫌がるんじゃないか?」
「そうだね、全身真っ黒の、髭の生えたいかつい将軍だとね」
後ろを振り向くと、兄さんは苦笑して肩をすくめた。
「そこは昔の僕たちにしておくよ。"小さな兄弟王子の小さな冒険"」
兄さんの手が僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「そういえばさ、聞いていい?どうして兄さんは幽霊が苦手なのか」
兄さんはまた向かいのソファに腰掛けて、もう一枚クッキーを取った。兄さんは僕の突然の問いかけに動揺したのか、クッキーを手にしたまま目線を泳がせたが、覚悟したように眉間に皺を寄せ、頷いた。
「
……
補佐官の尻にひびを入れたその次の年、仕返しをされただろう?」
そういえば、そんなことがあった。翌年の万聖節の頃、兄さんと二人で城内を散歩していると、木の影から大きなおばけが飛び出してきた。僕は悲鳴をあげて隣の胸にしがみつき、兄さんは青い顔をしていたっけ。おばけの正体はシーツを被ったマードック将軍と補佐官だった。
「あれがそんなに怖かったのか?」
「
……
あの二人の後ろに、もう一人いただろう?」
「え
……
?」
背筋にひやりとしたものが走った。そんなもの、見た記憶がない。
「少し離れたところに、ローブ姿のフードを目深に被った男がいたんだ。異様な雰囲気で
……
この世のものだとは思えなかった。俺を真っ直ぐ見ていて、何か言ったようだが声はしなかった。その男を見た瞬間頭痛がして、顔を上げた時にはいなくなっていた」
「そ、それであの時の兄さん、すごく怯えていたのか
……
」
突然、部屋の温度が数度下がったように感じて羽織っていたガウンを握りしめた。
「それからは一度も見ていないんだが、あの不気味な姿がずっと忘れられなくてな
……
仮装をしていた使用人か兵士かと思ってその後すぐ調べてもらったが、見つからなかった」
古い城だ、幽霊の噂や怪談話はそれこそいくらでもあるが、そんな特徴の幽霊話は聞いたことがなかった。兄さんは立ち上がって、僕の隣に座った。
「
……
怖かったか?」
僕を見る夜色の瞳は潤んでいて、揶揄うようにきらりと光った。
「約束しただろ。また現れたら、僕が炎であなたを守るよ」
そう答えると、クライヴ兄さんは濡羽色の睫毛を伏せて、僕の頬をそっと撫でた。僕は彼のクッキーの味がする唇に口付けた。
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