hisashiNKI
2025-03-07 00:50:10
1354文字
Public
 

お互いへの肉欲に気づいてしまったジョシュクラ

再会後すぐくらい。幼年期の終わり。
2人とも大人になってしまったな...というめっちゃポエムです。

 
 愛しているのだ。この人を。それ以外なにもない。
 なにもなかった。

I
 
 抱きしめて欲しい、と告げると眉を下げてあの頃と変わらない少し困った顔をした。腕はこちらに開かれて、飛び込むまで絶対に閉じられることはない。長い首筋に鼻を寄せると背に腕が回される。大きな腕。暖かい腕。あの頃と同じ。抱きしめる強さも、伝わる熱も。
 ひとりでもずっと火は絶やしていないはずだった。そのつもりだったのに、額を合わせたあの瞬間、身体中のすべて、指先が、心が、火を灯して息を吹き返すのを感じた。ほんとうは、凍えて冷たくなっていたのだ。けれど幼い日の自分が立ち止まることを許さなかった。前へ。炎のある方へ。手のひらに小さな小さな火種を抱えて、此処にようやく帰ってくるまで、ずっと何もないところを彷徨っていたのだった。

「兄さん」
 呼ぶと、腕に力が籠った。彼は犬のように鼻を小さく鳴らして僕の髪にそっと唇を寄せた。
 くすぐったくて笑いながら思わず顔を上げた。ほとんど鼻先がくっつきそうな距離で、彼の深い青を見た。青色はこの夜闇に沈んで、微かに光を湛えていた。
 今日は新月だったな、とふと思った。

 しかし、彼の表情は想像していたものとは全然違った。
 あたたかな思い出の中、僕の手を握り励ますよう強く語った真っ直ぐな眼差しとは似ても似つかなかった。
 瞳はこちらを捉えながら、ほんのわずか揺れていた。戸惑うように。怯えたように。
 一体何に?
 濃い漆黒の睫毛は小さく震え、瞳は濡れたように暗く静かに揺らめいて僕を映す。
 この瞳は知らない。こんな瞳は……

 それでも目はずっと逸らされなかった。
 どれだけ時間が経ったのだろう。
 瞬きをする数瞬だったかもしれないし、もしかしたら幾夜も超えて、数百年も何千年も経ったのかもしれなかった。彼の擦り切れた唇は少しだけ開いていて、胸はゆっくり上下し、かすかな吐息をこぼしている。
「兄さん」
 覗き込んだままさっきより強く呼ぶと彼の肩がギクリと跳ね、ついに交わった瞳は逸らされてしまった。なのに、抱いたままの手は縋り付くように僕の背を滑った。

 僕はそこでようやく気が付いた。彼が何を恐れているのか。懊悩の中、何を期待しているのか。
 十八年という月日が重くのしかかってくる。あの頃とは違う。もう、違ってしまった。二人とも、春の森の木漏れ日の中、無垢な手を取り合って顔を寄せて笑い合った時とは……
 泣きだしたいような感傷が一瞬、駆け巡ったあとには、腹の底から湧いた薄暗いものが全身を瞬く間に蝕んだ。彼を愛している。ただ側にあるだけでよかったのに。
 僕は気付いてしまった。欲望を、身を焦がす熱情を。
 
 彼は受け入れるべきか、幼いまま気づかないふりをするべきかで苦しみ、背を掴んだ手は震えていた。
 しかし、みすみす逃すわけにはいかなかった。僕はもう知ってしまったのだから。
 少し開いたままの唇を指でなぞると、目は伏せられ頭は殉教者のように項垂れた。
……ジョシュア、」
 ようやく吐き出された声は掠れた小さな喘ぎだったが、熱を孕んだ響きは僕の耳にはっきりと届いた。
 

 父もいない、母もいない、新月の暗闇の夜、この世界に僕たち二人だけ。