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hisashiNKI
2024-11-05 20:33:23
2845文字
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なんでもない日のジョシュクラ(現パロ)
現パロです
特に何も起こりません
弟は長期出張帰り
二ヶ月ぶりに吸う空気に、郷愁にも似た懐かしさを覚え、そう感じる自分に少し驚いた。
まだこの土地に住み初めて半年も経たないが、一人と一匹が待つ家がある事実がそうさせるのだろう。庭の楓はもう紅く色づいているだろうか。
トランクケースは宅配に預けてしまったので、ほとんど空のコーヒーカップと財布、携帯しか持たずに空港のロビーを歩く。これから一週間は休暇のため、特に急ぐ用事も無い。空港内の売店や書店をのんびり覗いてから帰ることにした。
地方の小さな空港には大したものは売っていなかった。それでもなんだか広い窓から差す晩秋の午後の日差しに気持ちは弾み、普段なら一分も経たずに出るようなお土産物屋に気づけばなんと七分もいた。犬なのか猫なのか、狼に見えなくもない中途半端な形状をした動物が付いたキーホルダーを二つ買ってコートのポケットに入れた。
コーヒーを飲み干してしまったのでゴミ箱が無いか探していると、突然、鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。こんな所に花屋があるなんて。二人も入れば満員になるような、小さな店の店先には銀色のバケツが乱雑に置かれ、これまた無造作に大量の花々がそこに突っ込まれていた。ポケットに手を入れると、さっき買ったキーホルダーがチャリと音を鳴らした。二十八にもなる大人が買うものでは無かったなと花を見ながら少し後悔した。
コスモス、ダーリア、ゼラニウム、オキザリス、山茶花
……
、どれも瑞々しい花弁を華やかに広げバケツの中で伸び伸びとしている。子供の頃、丁寧に手入れされた屋敷の庭で、彼と手を繋いで花の名前を当てっこしたことを思い出した。
「薔薇は無いのか」
思わず呟くと、店の奥から細身の若い女性が出てきて「今朝全部買っていくお客さんがいて
……
」とすまなそうに言った。
「いや、いいんだ。そのお客さんの恋が実ればいいね」
「あら、ええ、ほんとに」
店員は微笑んだ。おそらく、今頃その彼(彼女かもしれないが)は巨大な薔薇の花束を抱えて、愛しい人の前にひざまづいていることだろう。
自分の何時間後かの姿かもしれないそれを想像しながら、さて薔薇がないならどれにしようかと一つずつ吟味した。結局、一つの種類に絞らずにバケツから一本ずつ違うものを包んでもらうことにした。両手で抱えるほどの大きさの花束になってしまったが、きっと喜んでくれるはずだ。あの日の庭で、稚い頬を紅潮させ、花壇を眺めていた彼の姿を思い描いた。
I
空港を出るまですれ違う人にはジロジロ見られ、タクシーに乗り込む時には運転手にヒュウと口笛を吹かれた。家の前に着くと、庭の落ち葉を掃いていたお隣のおばさんに「久しぶり、気合い入ってるね」とウインクされてしまった。おばさんは僕らの関係をどこまで知っているのだろうか。いつも肝が冷える。
玄関に影を落とす大きな楓の樹は、まだ頭のあたりしか染まっていなかった。花束を落とさないよう慎重に、胸の内ポケットから鍵を取り出して玄関を開けると、トルガルが嬉しそうに尻尾をブンブン振り回しながら駆けてきた。
「ただいまトルガル」
トルガルはおかえり、と言うようにアオンと吠えた。
土曜日だったので、てっきり兄さんは家にいると思っていたが不在だった。連絡を入れておけばよかったなと思いながらリビングに行くと、やけに広く感じる。
僕が家を空ける前は、リビングの半分ほどは本と資料と文献とその他諸々が山積みになっていたはずだった。自室がもうほとんど足の踏み場もないため、ここに仕方なく置いていたのだ。見ると、天井まで届くほどの真新しい巨大な本棚に、それらが整然と並べられているではないか。この二ヶ月の間に片付けておいてくれたのだろう、心の底から感謝しつつ、これは、もしかしたら怒られるかもしれないという恐怖も芽生えた。
花束を渡して、そして有無を言わせずキスをして、押し倒してしまえば有耶無耶になるのでは、いや、ちゃんと謝った方がいい、でも怖いな、いやだめだ謝ろう
――
「ワンっ!」
「うわっトルガル」
いつの間にか隣に来ていたトルガルが、僕の複雑な心情を察知したのか励ますように足に頭を擦り付けてきた。抱えていたままだった花束をダイニングテーブルにそっと置き、トルガルの頭を撫でた。
「そうだね、ちゃんとごめんなさいしないとね
……
」
トルガルはウンウンと頷いた。ように見えた。
I
日がすっかり落ち、もう晩御飯の時間だという頃になっても兄さんは帰ってこなかった。連絡を入れてみようかとも思ったが、今更な気もしてソファに寝転がったまま帰りを待っていた。そのまま眠ってしまったらしく、目が覚めた時にはもう日付が変わっていた。
シャワーでも浴びるか、と体を起こして伸びをした時だった。眠っていたトルガルがすくっと立ってすっ飛んでいったかと思うと、玄関の鍵を回す音が聞こえた。
くそ、トルガルに先を越された。僕もトルガルに負けない素早さですっ飛んで行くと、扉が開き、黒いコートを着た兄さんが僕を見て驚いた声を上げた。
「ジョシュア!おかえり」
「兄さん、ただいま。逆だけど」
兄さんはちょっと声をあげて笑って、それから僕を抱きしめた。秋の夜は肌寒かったが、腕の中に入ると暖かい。いつもするように肩に顔を埋めた。
「髪切ったんだ」
伸ばしっぱなしだった癖のある黒髪がこざっぱりとして、元々太くて長い綺麗な首筋が、更に形良く見える。
「ああ、仕事でちょっとな」
体を離して、兄さんは苦笑した。その話は後でゆっくり聞く必要のあるやつだな、と僕の直感が告げた。
トルガルが、キラキラした目で僕たち二人を見上げていたので、兄さんは頭を撫でてやった。撫でられて気持ちよさそうに細まったトルガルの目を見てついに決心がついた。
「
…………
兄さん、リビングの本棚、ありがとう。ごめんなさい」
もごもごと歯切れ悪く呟くと、予想に反して兄さんは吹き出した。
「ああ、次はちゃんと自分で片付けろよ。干からびた人参が本の下から出てきた時はどうしてやろうかと思ったが
……
」
僕は何も言えず、恥ずかしさと申し訳なさに目を逸らした。
出したら、しまう。食べ物は粗末にしない。基本を忠実に。
「これ、どうしたんだ」
コートを脱ぎながら、テーブルに置いたままだった花束を見て兄さんが顔を綻ばせた。僕はコートを受け取ってハンガーにかけた。
「空港に売ってて、綺麗だったから。でも今見るとちょっと変な感じがする」
真夜中のリビングの明かりの下で見る巨大な花束はなんだか少し滑稽だった。浮かれすぎていたかもしれない。
「嬉しいよ。ありがとう」
兄さんは花束をそっと両手で持ち上げて、しげしげと眺めていた。その横顔に胸が詰まって、今夜は寝かせられないなと思った。
――――――――
変なキーホルダーは兄にバカウケしたので二人とも家の鍵につけました。
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