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hisashiNKI
2024-05-18 23:58:57
2684文字
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シドのソファと会ってないジョシュクラ
クライヴくん30歳あたりのはなし、弟はいません。全然カップリングな感じじゃ無いです
「クライヴ!ここでいいか?」
「ああ、そこでいい。すまない、ありがとう。」
ソファを運んで来てくれたガブとグツの額にはうっすら汗が浮かんでいる。しっかりとしたオーク材でできているようで、一見したよりは重いのだろう。書面を見ていた手を止め慌てて駆け寄り支えようとするが、「大丈夫だよ」と軽く笑われたため、おとなしく引き下がった。
「この部屋、な〜んか足りないと思ってたんだよなあ。ほら、見ろよ。やっぱりしっくりくる!」
腕で汗を拭いながら数歩後退り、部屋の絶妙な位置に置かれたコバルトブルーのソファを惚れ惚れと眺めるガブ。グツも隣で満足そうに頷いている。
確かに、たった今置いたばかりと思えないほどこの部屋に溶け込んでいる。ずっとここで主の帰りを待っていたかのようだった。
シドの隠れ家がダルメキアによる襲撃を受けた日
——
。あの日から少しして、逃げ延びた仲間達のうち数人だけを伴い、一度だけ戻ってみたことがあった。打ち捨てられたままの遺体を荼毘に付し、弔った。まだ使えそうな道具や武具、菜園で育てていた貴重な草花をいくつか回収し、そんな中、シドの部屋でこのソファを見つけた。机や本棚などは荒らされて壊れ、悲惨な有様だったのが、この空色のソファだけは瓦礫の中で何事もなかったかのように平然とそこにあった。
ソファを目に捉えたガブの表情が、一瞬歪んだのがわかった。ガブは、ゆっくりと近寄ると、布張りの背もたれをそっと撫でた。長い間使われてきたのだろう座面は左側だけ少し凹んでいて、ついさっきまでこの部屋の主が座っていたかのように錯覚させられた。
流石にその時は大きな物は持ち出せず、布を掛け、ダルメキアの残党狩り部隊が迫る気配を感じながら、かつての隠れ家を後にした。
——
それから二年も経ってしまった。
ようやく、生きることが希望になり始めた新しいこの家で、皆が使えるよう居住区か広間に置いてもらうように伝えたのだが、ガブはこの部屋に置くと頑として譲らず、運び込むのも自分でやってしまった。そもそもこの部屋自体、どこででも眠れる自分には不要なものだったのだが、“シド“がその辺で雑魚寝しているのは周りに示しがつかないからと、古参の仲間達に苦言を呈されたため整えたものだった。
「シドさんよ、これからは存分にここで寛いでくれ。酒をちびちび、そのまま寝落ちしてもよし!煙草を吹かして灰まみれにしてもよし!
…
って、お前は煙草はやらないんだったな。」
「ああ。けど、ここで喫んでみると気持ち良さそうだ。」
天井まで大きく開き、凪いだ湖畔が一面に映る窓
——
本来は飛空艇の開口部だが
—
へ、紫煙が燻る様を想像した。
「おお、例のブツか。馴染むな。」
いつの間にかオットーが戸口に立っていた。
「クライヴ、ガブ。すまんが、ソファとねんごろはお預けだ。ちっとばかしまずい事態になりそうでな
…
」
「やっぱり、こうなると思ったよ
…
」
肩を落として嘆くガブの背を、グツが励ますように叩いた。
結局、運び込まれたその日のうちに自室に戻ることは能わず、あの日から二年と、オットーの持ち込んだ“まずい事態”のために更に数日を経、ついにソファは新しい主の帰還をその座面で受け入れることとなった。
二年前に見た凹みはそのままで、平らな右側にそっと腰を降ろした。煙草は無い。代わりに、よく眠れるようにとジルが用意してくれたホットワインがあった。
こんなに静かな夜は久しぶりだ。
いつもは遅くまで賑やかな酒場も、今夜は早々に店仕舞いとなったようで男達の調子の外れた歌声や女性達の弾んだ笑い声も聞こえてこない。
珍しくトルガルが、カローンや子供達の傍ではなく、少しだけ開いていた扉からそろりと部屋に入ってきて足元で丸まった。頭を撫でてやると気持ちよさそうに鼻を鳴らした。素足にトルガルの腹が当たって暖かい。父の形見である装備品を全て外したのもいつぶりだろうか。たまには手入れしろと、ブラックソーンに叱られてしまった。
黒の一帯は風がほとんど無い。気候は安定しており、たまに降る雨の日だけ肌寒い。今夜はよく晴れていて、月明かりだけで部屋の中が見渡せるほど充分明るかった。しかし、なぜだか少し身震いがして、ホットワインを口に含んだ。
ちょうど良い温かさの液体が喉を通り過ぎて行った後、深い深いため息が出た。数瞬、自分が吐いたものだと認識できず、思わずトルガルを見るが、彼は穏やかに寝息を立てている。
月が雲に翳り、部屋の中へ静かに闇が訪れる。
——
突然、自分がひどく疲れていることに気がついた。
座っていられず、持っていたワインの杯を床に置き、ソファに横になる。
自分の体躯を収めるには窮屈で、横向きになって体を縮こませた。
騎士になるためがむしゃらに剣を振るっていた時も、ベアラー兵として従軍し、酷使した体が鉛のように重く感じた時でも、‘疲れた‘と思ったことはなかったはずだ。
目を瞑ると、煙草の烟った匂いがしたが、きっと幻臭だ。
シド、俺は、うまくやれているかな。
シドの最期の後ろ姿が脳裏をよぎって、そして、
——
ジョシュア。
ジョシュア。
あの時、薄れる意識の中で、目に焼き付けた姿。
ジョシュア。
ちゃんと、眠れているだろうか。
お腹を空かせていないだろうか。
寒い思いをしていないだろうか。
痛く、辛くないだろうか。
躓いていないだろうか。
胸元に手を当て、羽根を掻き抱く。
暖かい毛布と食事が、そこにありますように。
よろめいた時には、支えてくれる仲間がいますように。
笑っていられますように。
この世に神はいない。けれど、どうしても。
フェニックスの羽根が柔らかく輝き、赤い燐光が舞う。
小さな小さな光は、暗闇を照らしながら、やがて窓の外に消えていった。
|
目が覚めると、被った覚えのない毛布が体を包んでいた。床に置いたはずの杯も無くなっている。頭の中で、ジルに感謝の言葉を述べた。
首を捻って窓の外を見る。既に日は高く昇っているようだった。
今日もオットーが難しい顔をして、あれやこれやと厄介ごとを持ってくるのだろう。素足を床に着けると、冷んやりとしていて気持ちがいい。居心地のいいソファから離れるのは名残惜しかったが、なんとか腰を浮かし、そのまま裸足で机に向かった。手紙箱を覗いて、さてどれから手を付けようかと腕を組んだ。
進み続けていれば、会える。必ず。
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