空虚な呪い(モレー+藤堂+ヨハンナ)

モレーと藤堂、少しのヨハンナ様。弊カルデアの聖杯サーヴァントたち。

「や~っと終わった、終わったぁ。なにアレ? 話の途中にワイバーンが割り込んでくるの、地味にムカつく~! ていうかなんで近世ヨーロッパの街中にワイバーン? 神秘ガン無視?」
 踊るように、あるいは周囲の静寂に暗い眼を光らせるように、モレーはつま先立ちのスキップで一回転した。——それから、刀を支えに膝をついて息を切らしている歳若の侍を見下ろす。
「あんなのでも神秘の薄い近代サーヴァントにはキツイか。立てる? おぶってあげようか?」
……必要ない」
 再臨を青の復讐器から未来の洋装に。戦闘時とは違い青白いような童顔は、モレーから見れば、増して未成熟な少年のように見える。血走った眼にゆくゆくと理性が戻ってきているのをモレーは舌舐めずりをして、もったいない、と頭の片隅で考えた。それが邪神に服する魔女らしい仕草であることなので。
 とはいえ、カルデアのシミュレーター周回程度でむやみやたらと悪徳を企てるほどモレーは軽率でもない。隣でささやく山羊のバッフィーを軽くこづいて黙らせ、モレーは手を差し伸べるべく藤堂のそばに歩み寄った。
「ごめんねー。アタシの悪特性付与が悪さしちゃったんでしょ。急に再臨するから驚いちゃった」
……はぁ。問題ない。こちらこそ時間を取らせてすまなかった」
 モレーは笑顔を貼り付けたまま、宙ぶらりんに無視された手を握って開く。そーお、と応えた声は我ながら上滑りしていた。
 自覚しているのかいないのか、藤堂はモレーから視線を逸らし、後方にいた藤丸とマシュ、同行の青髪の侍と亡国の皇帝に手を振っている。
 ひとつ深呼吸をついて、モレーも駆け寄ってきたかれらを振り返った。

     *

 カルデアでは深夜にも活動するサーヴァントはいるものだった。
「Il pleut, il pleut, bergère, Presse tes blancs moutons ; Allons sous ma chaumière,~♪」
 暗闇にはふさわしくないような陽気な童謡を歌うのは、カルデア三大災厄ことハロウィン生まれのサーヴァント、ならぬフォーリナーのジャック・ド・モレー。
 真夜中こそは邪神を讃える黒ミサにふさわしい。異端の魔女らしく肌を染め上げたモレーは、可愛らしい曲のようですべてを奪われていく王妃を嘲笑う歌を口ずさみながら、カルデアの廊下を闊歩していた。
「なぁに、羊じゃなくて山羊がいいって? アハッ、可愛らしい羊ちゃんだからいいんじゃない。弱っちくって愛らしくって! アタシは羊好きだよ、可愛いから」
 ヒトには理解できない声でバッフィーが唸る。都合よく聞かなかったことにして、モレーは歌の続きに耽った。
 BAR蜘蛛の巣で一杯してもいいし、こっそり賭けポーカーをしているグループを冷やかしに行ってもいい。夜の図書館というのもオツなものだ。本音はマスターの夢で遊びたいところだが過保護な復讐者の影に邪魔をされるので遠慮しておく。
 ふらりふらりと、人通りの少ない方向へ。たとえばたった一人で、愉しく可笑しく静かな夜を過ごすのもけして悪くはない。
「Voilà l’éclair qui luit.♪ あれ、あれれ?」
 長く薄暗い廊下にうずくまる白っぽい毛玉。
 昼間の周回にも言葉を交わした小柄な侍だ、とモレーが気づくのにはそう数歩もかからなかった。
「ほんとに子羊ちゃんが迷子になってら」
 モレーは足音高らかに影に近づく。変に驚かせて斬りかかられてもたまらない。いつでも剣を抜けるように柄に手をかけている。
「藤堂君? そんなとこ独りっきりじゃ危ないよ〜。カルデアにはぼっちの坊やを見かけたら悪いコト考える悪党だってたっくさんいるんだからさ、アタシみたいにね?」
 かつて特異点で召喚されたモレーが迷惑をかけた罪悪感から、自分も枠に入れておく。カルデアで派手にやらかした覚えはないが、念のため。
 深夜帯の廊下には等間隔に最低限足元がうかがえる程度の灯りがついているのだが、節電のためにあまり人が行き交うことのない箇所は落とされていることも多かった。
 藤堂は四辻の奥、非常倉庫の方面へと延びる通路に座り込んでいた。そんなところなので灯りもなければ温度もない。彼の目立つ髪ばかりが暗闇に浮かんでいるように見えた。
「藤堂くーん」
 再度、呼びかけてみる。
 うつむいているようだった藤堂がゆっくりと顔を上げた。
「消えろ」
 死体のような色白に、瞳孔ばかりが大きく、爛々と燃え盛るように火花が散らつく。
 木乃伊が肉体を縛るがごとく青布で締め上げた身体が、いまにも崩壊しそうにみしみしと軋んでいる。モレーが注視している合間にも、肩に走る金の繋ぎからガクッと腐肉のようにずり落ちそうになり、藤堂は忌々しそうに鋼の腕で押さえつけた。
 酷く哀れで惨たらしい霊基だ。どこぞの誰かにそうあれかしと定められた存在。彼は、どれほど願われ、呪われたのか。動く死体のアヴェンジャーとなるまで。
 ——同類だ。空っぽのと同じ。
 恍惚に突き動かされ、モレーは弱点を曝け出しているような藤堂に接近した。つま先が当たるような間近に迫っても、藤堂は悪態をつくばかりで動こうとしない。
 否、動けないのだ。本来霊基にまんべんなく循環するはずの魔力が空気に染み出すようにやわく放出されてしまっている。これでは逃げるどころか立ち上がるのも容易ではないだろう。身体が崩れるならば尚更這いずるのも難しい。
「Oh là là! 可哀想に、こんなになるまで呪われて。それじゃちょっと不便でしょ? アタシが手伝ってあげる」
「触るなっ! クソッ、クソッ……!」
「はいはーい、おとなしくしてて。くっつけたげるから」
 振り払うのすらうまくできず身悶える藤堂の顎を掴み、モレーは一切の遠慮なしに指を半開きの唇に突っ込んだ。腹に直接手首を押し込まなかっただけマシだったことにしてほしい。無理やり内側から魔力を弄り回し、近代サーヴァントにしては妙な神性の気配にざわつく胸を自身の神性で相殺し、魔力の流れを整えていく。
 はふはふと息をする藤堂の唇から飲み込みきれなかった唾液がほたりと垂れ落ちる。まばたきに雫が濡れていた。モレーは冷めたような頭で、コイツこの顔でベーゼが下手くそそうなのマジかよ、と背徳の魔女らしい感想を覚えた。
「けぼっ……けほっ」
 指を引き抜いたとき、藤堂は喉奥から神経を刺激されたせいか泣く寸前のような表情で咳き込んだ。
「落ち着いた? なんか変な魔力混じってんね、神にでも目をつけられた?」
……似たようなものだ。ひとまずは厚情痛み入る……
「うんうん、お礼云えてえらい! てかたぶんアタシの悪特性付与がまだ生きてたっぽい? あなたよっぽど善良だったんだね。そのくせなんでこんな呪いじみたボロボロの霊基なのか、そこんとこお姉さんにも教えてくんない?」
「それは……僕が、裏切り者だから……
 へーえ、とモレーは眼を細めた。魔力を回すついでにかけた暗示のおかげで、どこか焦点の合わないような藤堂は、ぼんやりと いざなわれるがままにとつとつと生い立ちを、霊基に刻み込まれた悪性を零してくれる。
 前半生は母親に出生を呪われ、死期にも親しき友人に背を向けて逃げろと呪われ、味方と思った仲間に疑いを呪われ、斬り捨てておきながら遺体を晒して呪われ。彼の人生は呪いに満ちていた。
「僕は、結局、どちらとも信用されていなかった……なのにここでは新選組の皆に許されて、迎えられて……。けれどもあの夜の自分が殺した奴らを憎いと云うんだ。復讐すべき、唾棄すべきだと。でも御陵衛士の皆は僕を裏切り者だって思ってて、でも新選組だって僕を殺し、ああ、殺して殺された! みんなみんな、伊東先生も服部さんも、あいつらが、ああぁ!」
 濁った泥のような恨み節を吐き出し、藤堂は顔を覆った。
 にんまりとモレーは唇を湿らせる。またも分解を始めそうな、か弱い霊基を癒すように撫でさすり、モレーは甘く甘く、チョコレートを溶かし込むような甘さを声色に乗せてささやいてやる。
「かわいそーな藤堂平助君。あなたは頑張ったのに、みんながあなたに求めたのはいつでも素直で物分かりがよくて可愛い空っぽなお人形。あなたがみんなの意思に反することをしたら口を揃えて間違ってるなんて吐いて塞ぐような、皮袋で綿を包んだ薄っぺらな友情だったんだね。藤堂君はずうっとSOSを発してたのに。寂しいさみしいって。ねぇ?」
 涎で濡れた指先で顎をつまんで覗き込む。暗い眼をしていた。まるで泣き疲れた子供ように。
 きれいなガラス玉に似た眼球を舐めたくなり、モレーはうっとりと喜悦が昇ってくるのを感じた。怨嗟に濡れた霊基はどこもかしこも美味そうだ。
 身にそぐわぬ呪いを押し付けられた者同士、救ってあげなければ!
「さみ、しい……?」
「そう、さみしかったんでしょ? だぁれもホントのあなたを見てくれない。可愛い外見 そとみさえあればいいって思ってる。いまでさえ、アヴェンジャーってるのはぜぇんぶ、あなたが好きなアイツらがあなたに復讐たれと呪ったせい。アタシとおんなじ。可哀想だね、欲しくもない無辜の怪物を押しつけられて、自己矛盾に苦しんで……
「苦しい……そうだ、僕、復讐しないと」
 暗闇は怪物の絶好の隠れ家だった。外なる神の端末が影から触手の器を産み出す。靄がかった聖骸布は被せれば思考を支配する。
「復讐は甘美の蜜なんだよ、藤堂君?」
 モレーは祈り跪くような藤堂の冷たい頬にビズを落とした。
 裏切り者の復讐者。秩序に殉ずる善性。矛盾が苦しいのなら考えなければいい。空っぽであるのが望まれているのならそうあればいい。
「藤堂君もアタシと同じところに堕ちてきたらいいよ。堅っ苦しいことから頭を解放させて、果てのない快楽に耽って、どん底まで堕落してしまえば、なにもかも楽になっちゃうんだから——そう、さみしいなんて感情を抱かずにいられる。だから、一緒に我が神に心も身体も委ねよう?」
 頬ずりをするような距離で吹き込むと、藤堂の隙だらけの精神は揺らいだ。相も変わらず知らぬ神性が匂っているが、力尽くで外つ神への信仰心に磨り潰してしまうまでだ。
 同類が、欲しい。
 寂しいのはモレーも同じで、心の底から藤堂に共感していた。ないはずの高潔な騎士道精神が染み付いた、邪悪なる堕落を欲する霊基。鏡を見ればいつも歪な怪物が映る。
 だァれも要らないなら、アタシがもらったってイイでしょう?
「イア、イア、ラシェイバノワデボワ、ウミーレプチ……
 歌うように邪神を讃え崇めよ。藤堂が引きずられるように呟く。
「いあ、いあ……
 金の継ぎ目が濁りを帯びていく。諦めたような瞳に炎が熾る。支えてやっていた身体はいまやモレーに縋りついてすべてを預けていた。
 煉獄の炎がぽっかりと口を開ける。異界の扉の閂が壊される。
 ああ、もうすぐで堕ちてくる——
「聖なるかな。聖なるかな。締め上げますね。加減なし!」
「ッギャ————⁉」
 背後からつんざくような光の柱が直撃してモレーは磔になったように悶え転がり、再臨がほどけて二臨に還った。苛烈なほどの誓言に邪神の端末はまたたく間に焦げ落ちて干からびて粉塵と舞い消えた。思考をかぶせられていた藤堂は初めてぎょっとしたように身をよじる。
 雷に当たったネズミのような瀕死のモレーが這いつくばって見上げれば、モレーが呪い呪われた象徴のような少女が後光をかざして立っている。
 女教皇の名をほしいままにする聖人としては可憐すぎる仕草で、ヨハンナはあちゃーと舌を出した。
「すみません、やりすぎちゃったみたいです。お赦しください。なにぶん間一髪だったもので」
……アタシみたいな日陰者にはちょーっとそれ強すぎたんだけど……!」
「ごめーん。ほんっとーにごめん!」
「かっるぅ」
 キラキラとまばゆくような手をあたりまえに差し出され、これだから秩序・善は、とモレーはぼやきながら身体を起こされた。彼女に限って云えば けがして踏みにじりたいという思いすら霧散するのだ。
「あの、いったい何が?」
 きょとんと眼をまるくして、再臨する余裕もないらしい藤堂がモレーとヨハンナを見比べている。それはそうだろう、狂気に陥っているときはよく記憶がトリップするものだ。
 ヨハンナは距離を置いて座り直したモレーをちらと見やり、にこりと善オーラ全開の笑みを浮かべた。
「藤堂君を探してるって匿名の方に頼まれまして、手の空いていた私とモレーで引き受けたんです。モレーが見つけてくれてよかったです。ね、モレー」
「まあ、そんなとこ。気をつけなよ〜、暗がりには悪魔が潜んで手をこまねいているんだから」
 聖女のくせに嘘は気に食わないが保身のためには従うほかない。れっきとした成人のサーヴァントに対して捜索願いとか正気か、とモレーはツッコミながらも口には出さなかった。こちらは狂気であることなので。
 動揺が走った藤堂は膝をついて頭を下げた。
「お手間おかけしてすみません。医務室に行くつもりだったんだが、なにぶん召喚されたばかりだから」
「迷った?」
「そんなとこだな」
 照れたように笑った藤堂は立ち上がろうとして、まだ本調子でないのか膝が震えてふらついた。とっさにモレーが差し出した腕に、藤堂は迷わずしがみついてきた。
「ご、ごめん、モレー。目眩がして」
 モレーは瞠目して、慌てて取り繕った作り笑いを浮かべる。
「だぁいじょうぶなの、迷子の迷子の藤堂君? 医務室まで送ってってあげようか?」
「なんだか云い方が引っかかるんだが、仕方ない。頼む」
「私もついていこっかな。というかここどこ? 後追ってきたからよくわかんないんだよね」
「ばっかじゃないの、ヨハンナ様? あーもう、アタシがいなきゃ迷子が二人……
 三人はそれぞれの歩幅でカルデアの廊下を歩いていく。早足の藤堂がなぜか先頭を行くので、自然モレーとヨハンナが横に並んでいた。
 藤堂には聴こえないであろう小声でヨハンナが云った。
「先の事は未遂ということで、他の方々には内緒にしておきますね」
「なにそれ。恩を売ってアタシから取り立てようって?」
 余計なお世話、とモレーは吐き捨てる。モレーが堕落と異端の魔女であるのはそうと霊基が歪めて定められているからで、ヨハンナには邪魔をされて舌打ちをしこそすれ感謝する筋合いはない。
 渾身の誘惑に失敗したせいでいまもべっとりとまとわりつくバッフィーの監視が痛い。仮にも聖人の御前なので影から出てきやしないが。
 ヨハンナはモレーの卑屈にはちっとも気づかず、そうですねー、とおざなりな相槌を打った。
「そう解釈してくださっても構いませんが、私はあなたに共感……ううん同情? つまるところ、お友達になってみたいと思っていたので。あなたが藤堂君を誘ったのも、そうだったんじゃないんですか?」
 モレーはあっけにとられて、ヨハンナを見つめ返す。ぱたりと足音がやんだ。
「どうした? 道順違ったか?」
 さすがに不審に思ったらしい藤堂が軽く振り向いた。青ガラスのような瞳には、いまは呪い狂わされたような恩讐の炎は見受けられない。ただ、モレーには馴染みのない異郷の神性が彼を包むようにかすかに匂っている。
……合ってるよー」
 我ながら気のない返事だった。女教皇猊下ともなれば心を見透かす能力でも所持しているのかと忌々しく思うが、ヨハンナは万人に夏の日差しのような光を振りまいているばかりだ。
 下手を打ったことはモレーも自覚している。気を取り直して今度は、真昼のちょっとしたお茶会に誘うという手も、カルデアではやぶさかでもない。