やまだ
2026-01-15 20:24:24
1659文字
Public 原神
 

No title

ぎきょ〜だい 居場所の話

「なあ。人は生まれた場所に属し獣は餌場に属す、って文句をどこかで聞いたことはあるか?」
 今夜のガイアはこれを肴にエンジェルズシェアで飲むつもりらしかった。
 軽やかにカウンターチェアへ腰かけるなりアカツキワイナリー産のワインをボトルで所望する。ディルックが先に渡したワイングラスを顔の横でくるくる遊ばせながらの挨拶だった。
……モンドのことわざではなさそうだな」
 モンドは過去の抗争を詩に変えて唄い紡ぐ自由の国だ。隷属を意味する言葉は吟遊詩人たちから意図的に忌避され、死語になったものも多い。モンドではこのことわざは今日まで残ることができなかっただろう。
 注文のワインと一緒にドライフルーツの盛り合わせを提供してやるディルックへ、ガイアは適当な拍手をしながらにっこり笑った。
「ご明察だ旦那様。実は今日、旅人に会ってな」
……ああ、なら稲妻か」
 近頃はかの国できょうだいの手がかりを探して走り回っていると聞く。互いが互いの帰る場所なのだ、帰る場所なのに、と、先日アップルサイダーを飲みながら呟いた旅人は、ちょうど今へらへら笑うガイアが使う椅子に腰かけていた。
「僕はしばらく会っていないが、また何か巨介ごとに巻きこまれでもしていたのか? 随分厳しい言い回しを覚えてきたものだ」
……そうらしいな」
 珍しくガイアはコルク抜きに手こずっているようだ。
 難しい顔でオープナーを見つめるせいでディルックへの返事が少し遅れた。
 ディルックの視線に気づいたガイアが隻眼を笑わせる。
……おいおい、俺が先に会ったからって拗ねるなよ。見つけやすかっただけだろ。明日あたりおまえにも会いに来るんじゃないか? ここにいてやるといい」
……ということは、僕は明日も君のつまみを用意しなければならないんだな」
「ほお。それだけじゃご不満か? なら、そうだな……明日はワインじゃなくカクテルにしよう。旦那様お手製の午後の死に勝る美酒はないからなあ」
 干しイチジクを頬張るあいだだけは静かだ。もぐもぐ頬を動かしながらのガイアの人懐っこい笑顔に、ディルックはただ鼻を鳴らした。
「君ばかりが得をするじゃないか」
「そうとも。俺は稲妻の狐よりずる賢いのさ」
 踊り上がるような語尾でふざける男は、ラグヴィンドの家紋があしらわれたワインボトルをうやうやしい手つきでグラスに向けて傾ける。ごく薄いガラスの、なめらかな曲線に従って流れ落ちるルビー色は、ワイナリーを支える職人たちのたゆまぬ研鑽と誇りの色だ。
 佳い酒は杯を満たすときの音さえ佳い、と、いつかガイアが楽しそうに言ったことがある。まったく同じ台詞を、ディルックはかつてガイアとまったく同じ顔をした父から聞いた。
 父が存命であればガイアとはよい飲み仲間になったことだろう。
「ガイアさん」
 幸せそうにワイングラスを傾ける男へ呼びかける。
 うん、と瞬く義弟の前でディルックは静かに腕を組んだ。
「稲妻では人は生まれた場所に属すと、獣は餌場に居つくというんだったな。……では、君は?」
 はたしてガイアは目元でふっくらと笑った。ディルックからこう問いかけられることも、ディルックがとっくに答えを決めつけていることも、わかりきっているという笑顔だった。
 ディルックもガイアに見抜かれていることを知っている。そのうえであえて訊くのは、儚い思い出に流れてしまいそうな思考を引き留めるためだ。
 ガイアが高々と掲げたワイングラスに光が踊る。揺らめく赤は炎よりも朗らかで、優しい。
「人は故郷に、獣は餌場に。だが俺は稲妻人じゃないからな、その言葉の限りじゃない。ならどこに居つくかと言われると……
 隻眼でなければおどけて片目を瞑っていただろう。
 ガイアは実に機嫌よくにっこりした。答えをすでに知っているからこそ呆れ顔でいるディルックの胸元で、ひとりで乾杯のまねをしてみせる。
「そいつはもちろん、酒のうまいところに決まってる。そうだろ? ディルックの旦那?」