僕は酔っている、とあらかじめ告げておく。楽しげにワイングラスを傾けていたガイアはディルックの隣で隻眼を少しまるくして、それからにやっと頷いた。
「そうか。まあ、うちのワインはうまいからな」
現在はディルック所有となっているラグヴィンド家のワイナリーは、当然モンドいちの広大さを誇る。ワイン樽がびっしり並ぶ製造所など、比喩ではなく入口に立つだけでは奥の壁が見えないほどだ。
当然試飲スペースもゆったりとられている。広々とした部屋はたったふたりで占有するには余るが、長テーブルに連なる新作ワインたちのためにはこれでも狭い。
メモ用紙片手に次から次へとグラスを変えていくガイアのだらしない顔がこの時期ばかりは頼もしかった。
くるくると紙上にペンを走らせるガイアの意見を参考に含め、今年出す銘柄の価格を決めるのだ。ディルックでは従業員が丹精込めて造りあげたワインの微細な味わいを汲んでやれない。多少舐めはするが、どうしても眉をひそめてしまう。
「それで旦那様、いったい俺に何が言いたい? これ以上ワインを呷っておまえの呂律が回らなくなる前に聞かせてくれよ」
新たなグラスを干し、少しすっぱいな、と呟いてガイアは製造者の名を確かめる。このくつろいだ様子を稼業を継いでからのディルックは毎年見てきた。なぜなら毎年ワインの季節になると、ワイナリーへふらりとガイアが顔を出すからだ。
よう旦那、奢られに来てやったぞと笑って、勝手知ったる足取りでワイン樽の隙間を迷いなく歩く。長年寝かせた高級ボトルには目もくれず、天使がそっと味見したあとの若いワインばかりを選び大きな声でぺらぺらと感想を口にする。
意図は明らかすぎるほどだった。
ディルックが名実ともにラグヴィンド家とアカツキワイナリーを背負うようになってからかさず毎年、たとえその時期どれほど関係が険悪になっていようとも、必ずガイアはワインを飲みにやって来た。
「ガイアさん」
うん、と首をななめにする男はおもしろそうに微笑んでいる。酔ったディルックがいったい何を口走るものかが楽しみでしかたないという顔だ。
その顔を眺めながら、その顔の上に手をかざす。
「……うん?」
語尾を上げてぽかんとする、ガイアのとぼけた面はすぐディルックの袖で隠れて見えなくなった。なので、頭を撫でられるこの男がいったいどんな顔をしているものかがディルックからは一切窺えない。
それでいいのだ。ガイアの指先でワイングラスがぐらっと揺れるのを見るだけでいい。
「……旦那様? どうした? あれっぽっちのワインで酔いすぎて俺が犬か何かにでも見えてるのか? もちろんおまえの大事な鷹でもないぞ?」
いやに早口で声高にふざけだす、普段の注意深さをすっかり忘れた声にふっと笑った。どうせ向こうからもディルックの顔など見えない。
「どうだろうな。もしかしたら隣にいるのは酒好きの大きな犬かもしれない。何しろ僕は酔っていてね」
「……ああそうかよ。なら尻尾のひとつも振ってやらんとな」
「へえ、随分賢い犬だ。どうぞ? できたらもっと撫でてあげよう」
「……性悪男め!」
首を竦めて歯噛みしながらも、ガイアはディルックの手を振り払わなかった。
きっと互いに酒を飲んでいてよかったと思っているし、顔を見られずによかったとも考えている。
あとの問題はどのタイミングでディルックが手を離すかのみだが、じきにガイアが何かそれらしい言い訳を考えつくだろう。それまでディルックはこのまるい頭を好きに掻き回していればいい。
ディルックとガイアは、長いことそうしてやってきたのだ。
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