やまだ
2026-01-15 20:18:36
1520文字
Public 原神
 

No title

ぎきょ〜だいが初めてぎきょ〜だいになった日の話

「ガイア……
 甘ったるく舌足らずな声は父とは似ても似つかない。
 ガイアはそっと絶望し、それから広大なベッドの上でころりと寝返りをうった。羽枕に半分沈んだ、今日できたばかりの義兄の白い顔がガイアへ傾けられている。
……眠れないの?」
……うん」
 昼間あれほど荒れ狂った嵐は通り過ぎた。名残の強風が森の木々を揺さぶっているようだが、そんなものではラグヴィンドの屋敷を小揺るぎもさせられない。
 父に捨てられ、同じ日に義父と義兄を得た。
 絹の寝具は旅のぼろに慣れた体にはなめらかすぎたし、ベッドを半分貸してくれた義兄の高い体温はガイアを途方に暮れさせた。つい昨日までガイアを抱いて寝てくれていた実父にも、自分はこの温度を渡せていただろうか。今夜はどこで過ごしているのだろう。
……お腹空いた?」
……空いてないよ。空いたのはディルックでしょ」
「兄さん、だろ」
……まだ恥ずかしいよ。それに変な感じ。昨日まできょうだいなんていなかったのに」
「僕だってそうだよ」
 部屋の中にはふたりだけなのに、枕の上で額をくっつけあってひそひそやる。このくらいの距離にいると、暗闇でもきらきら光るディルックの目がかろうじて見えた。
 祖国のため、と実父は言った。
 ガイアは見知らぬ祖国のために、この善良な目をこれから先ずっと騙しつづけて生きなければならないのだろうか。はたして、永遠に嘘をついた先でガイアが見る夜明けは本当に美しいのか。
 瞬くとぽろりと一粒涙がこぼれて、音もなく枕に吸いこまれた。
「俺、明日からどうしたらいいのかわからないよ」
 上手に声を出せたので、震えたりしゃくり上げたりはせずに済んだ。
「ディルック、教えて。朝が来たら、どうしたらいい?」
 もう父はいない。これからガイアはひとりだ。義父と義兄に囲まれて、疎まれないよう憎まれないよう、ちょうどいい距離で親しげにふるまうのだ。
 気が遠くなる。おそろしい。逃げだしたい。それなのに、もう世界のどこにも逃げる場所がない。また涙がガイアのこめかみを濡らした。
「朝になったら着替えて食堂に行くんだ。僕の服を着るといいよ」
 ディルックの無邪気な声が、恐怖に濡れた目尻に触れる。ぽかんとするガイアが見えているのかいないのか、ディルックはふっくら笑いながら手を繋いできた。
「ねぇガイア、うちの朝ご飯はおいしいよ。きっとね、テーブルには焼きたてのパンがあって、甘いポタージュと茹で卵があるんだ。父さんが大きいハムの塊を切り分けてくれるから、ちゃんと自分のぶんは厚く切ってもらうんだよ。畑で採ったばっかりの野菜と一緒にパンに乗せて食べるとおいしいんだけど、行儀が悪いって叱られるんだ。……ね、明日僕と一緒にやってくれない? それとね……
 ぐうう、と切なく重なる音により、ディルックのお喋りは断ち切られた。生まれた短い静寂を、ガイアはディルックと顔を見合わせてから笑う。必死に声を押し殺すので息が苦しかった。
……やっぱりガイア、お腹が空いてるじゃないか!」
……ディルックのせいだよ! さっきまでは平気だったのに、もうっ」
 くっくっと笑う合間に、ディルックがなおも朝食の描写を続けるものだから、いよいよ口につばが湧いてきそうだった。ああもう、と、先ほどとは異なる涙を枕に擦りつけながらガイアは嘆く。
「早く明日になってほしいな。お腹が減って死にそうだよ」
 ふふふ、とディルックはそれを聞いて楽しそうに笑った。
「決まった?」
「なにが?」
 体温の高い手が、ぎゅっとガイアの手を握りしめる。
「明日の朝が来たらどうするか、決まっただろ、ガイア?」