roku
2026-01-15 19:43:28
1871文字
Public 松イチワンドロライ
 

第13回『ジャージ』

・クラスメイトの女子(深津の彼女)が出ます

クラスメイトの女子が少し大きめのジャージを羽織っていた。よく見ると胸の名前は彼女の名字ではなく、隣のクラスの男子のものだった。
あ、俗に言う“彼ジャージ”ってやつだ。
「ねぇそれさ」
「ん?」
「ジャージ」
「あ、彼氏のなの。今日こんなに寒くなるなんて知らなくて」
恥ずかしそうに頬をほんのりピンクに染めながら嬉しそうに笑う彼女に対して一之倉は「いいな」と思った。
「え?」
「ん?」
「今イチノ、いいなって言った?」
思いは音となり外へ出ていたようで、彼女が目を丸くしている。
「声に出てた?」
「うん。そっかー。イチノも彼女に着て欲しいのね」
袖口からほんの少しだけ覗く指先で口元を押さえてふふっと笑った。



「ねぇ、ジャージ貸して」
昼休み、いつものように学食で向かい合ってご飯を食べながらごくごく自然に切り出した。
「ジャージ?」
「うん。忘れたんだ」
「まぁ構わねぇけど、体育あったか?」
いつもは適当で大雑把なのに、こういう時に限って細かいところまで把握してる。松本のイヤなところ。
「ない。ちょっと寒くて
今日は急激に気温が下がったけれど、暑さにも寒さにも比較的強く、加えて我慢も得意な一之倉が寒いと言ったからか、血相を変えた松本が「大丈夫か!?」と額に手を伸ばす。
「なっ、何すんだよ!?」
「いや、イチノが寒いとか言うから熱でもあんのかと
失礼なのか、優しいのかわからない物言いに「嫌ならいいよ」と松本の手を払った。
「いやなわけじゃないぞ!」
「でも渋ってんじゃん」
「そんなことねぇよ。飯食ったら教室寄れよ」
なぜだかキレ気味の松本を不審に思いつつも、貸してくれるならいいかと、食べ終えた食器を返却口へ運び食堂を出た。

「はい」
「ありがと」
手渡されたジャージを受け取ったが、松本は反対側を掴んだまま離さない。その状況に、理由はわからないがやっぱり嫌だったんだと少し心が沈んだ。
………やっぱりいいや」
パッと手を離すと、違うんだ!と焦りだした松本。
「何が違うんだよ?」
苛立ちから出た思っている以上の低い声に、松本の凛々しい眉が困ったように下がった。
あ、のさ」
「何だよ」
……ちょっとこっち!」
突然一之倉の手首を掴み廊下をずんずんと進む。何すんだよ!とか、離せよ!とか、そんな言葉を呑み込んだのは、一歩前を行く松本の耳が赤く染まっていたから。
空き教室の扉を開けた松本に続き一之倉が中に入ると、バサッと肩にかけられたジャージ。ふわっと漂う松本の匂いに息が止まりそうになった。
彼ジャージ、やば
「袖、通せよ」
「ん」
言われた通りに袖を通せば、圧倒的に長い袖。松本はやっぱり腕長いよなぁ。なんて思いながら袖口から指先を覗かせた。
「うっ
「え?」
小さく唸り声を漏らした松本に、何かあったのかと思った瞬間、視界から松本が消えた。
「うわぁ!」
抱きしめられたと気付いたのは、鼻腔を擽る松本の匂いと、鼓膜を打つ松本の心臓の音と、急激に上がった温度。
「すまん!」
……急にどうしたの?」
……イチノが、かわいくてだなその
“彼ジャージ”
松本が耳元で囁く。その熱のこもった声は一之倉の高い体温をさらに上げていく。
「なっ、ちょ、えっ!?」
まさか松本の口から“彼ジャージ”なんて言葉を聞くとは思わなかった。腕の中で顔を上げると、耳まで真っ赤染まった松本が天を仰いでいた。
……渋ってたの、何で?」
鋭い眼光で問う一之倉に、観念した松本はぽつりぽつりと話し始めた。
……イチノがオレのジャージ着てる姿想像したら、あまりにかわいくてだな。……誰にも見せたくねぇけど、寒いって言ってるんだから貸してやらなきゃってまぁ、そんな感じだ」
「ふっ何それ」
松本の方がかわいいなんて思いながら背中に腕をまわした。



教室に戻った一之倉の姿を認めたクラスメイトの彼女は、大きな瞳を落ちそうなくらい開いたあと、ふわっと表情を緩め、細い指で握ったジャージの袖口で口もとを塞いだ。
「何だよ」
「そっちだったのかーって思って」
男である一之倉が、同性である松本のジャージを着ていることを突っ込むわけでもなく普通に接してくる。そこはさすが深津の彼女だ。



「彼ジャージどうだったピョン?」
「破壊力半端ねぇわ」
一之倉のかわいさを思い出して手のひらで額を押さえる。
「野放しにしてて大丈夫ピョン?」
首を傾げる深津に「名前入ってるからな」と自信満々に笑った。