roku
2026-01-15 19:38:48
1467文字
Public 松イチワンドロライ
 

第8回『秘密』


「オレ、松本のこと好きだなぁ

テスト前、談話室だと集中できないし、ひとりだと途中で投げ出してしまうから付き合ってほしいと声をかけられた一之倉は、同室者のいない松本の部屋でテスト勉強をしていた。机に向かって横並びに座り、お互いわからない部分を教え合う。そんな流れだった。先に問題を解き終わった一之倉は、手元から顔を上げふと松本の方を見た。
伸びた背筋、正しいペンの持ち方、お手本のような綺麗な字。そして、凹凸のはっきりした彫りの深い横顔。
あぁ、やっぱりいいな。
椅子に横座りし、頬杖をついてじっと眺める。松本は集中しているようで、一之倉の視線に気づくことなく問題を解いている。時に走らせたペンを止めてうーんと唸り頭を掻く。その姿でさえも絵になるな。なんて思っていたら、ピタッと手を止めた松本がスローモーションのように顔を動かした。くっきりとした二重の瞳が一之倉を捉え「オレも好きだぞ」と口にした。
どうやら一之倉の言葉は音に乗り外へ出てしまっていたようで動揺を隠せない。
「え?き、急に、な、なに?」
「急に言ってきたのは一之倉だろ?」
ふっと表情を緩めた松本からはもっともな言い分。その笑顔に、ぶわっと身体が熱を帯び、鼓動がどんどん速くなり、息が苦しくなる。
真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、腕で顔を隠し立ち上がれば、キャスターのついた椅子は床を滑りガコンとベッドに当たった。
「ごめん!オレ戻る!おやすみ!」
早口で最低限を告げ松本に背を向けた。が、一之倉は次の一歩を踏み出すことができなかった。なぜなら、松本に手首を掴まれたからだ。
「待てよ」
離せよ」
背中を向けたまま答える。
「何でだよ」
「だって
一之倉は、自分の好きと松本の好きは違うと伝えようとしたのに、松本が「両思いなのに?」なんて当たり前のように口にするから、根が生えて動けなくなった。それと同時に気付いた。掴まれた手首がいやに熱いことに。
振り返って見た松本は一之倉と同じように頬を赤くさせていた。
「本気?」
……嘘でこんなこと言わねぇよ」
松本は一之倉の手首を掴んだまま、恥ずかしさからか視線を泳がせる。
「付き合えるの?オレと」
「当たり前だろ」
泳がせた視線を戻した松本はいつになく真剣な眼差しを一之倉に向ける。
「へぇ。じゃあキスできる?」
切れ長の目をスッと細めて煽るように言う。
松本はすぐそこにあるベッドに一之倉を押し倒し、覆い被さると唇をくっつけた。
――のだが、勢いが良すぎて歯と歯がぶつかり唇にカンッと当たった。
「っ!!痛いだろ!」
「す、すまん!!あ、一之倉、血が
「もぉ
言われて舌で唇をぺろっと舐めると鉄の味がした。
「本当にすまなかった!!」
……もういいよ。松本も血出てるからおあいこだな」
一之倉は伸ばした手で松本の唇の血を拭った。



「イチノ唇怪我したピョン?」
「ん?乾燥で割れた」
目敏く唇の傷を見つけた深津に動揺ひとつせず答えた一之倉。
「ちゃんとリップでケアしなよー」
野辺が優しくアドバイスをくれる。
「うん、そうする」


「あれ?松本さん唇どうしたんすか?」
「えっ?いや、あ、これはその、ぶつかって、だな
まさか気付かれるとは思っていなかった松本はたじたじになってしまう。
「ボールか?」
「あっ、あぁ、そうだ」
「松本さんでもそんなことあるんすね!」
「気ぃつけるべ」
河田のナイスアシストのおかげで松本は沢北の質問攻めに合うことはなかった。