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roku
2026-01-15 16:54:46
4296文字
Public
松イチワンドロライ
第16回『階段』『ゆらゆら』『月』
・月見をするために松本が場所を準備してくれる話
・大人軸/同棲中
「なぁ松本。月見したことある?」
ある休日。ソファに寝転びテレビを見ていた一之倉は、昼ごはんを作るためキッチンに立つ松本に投げかけた。
「月見?改めて聞かれるとねぇな」
「だよな」
「どうした?」
今日のお昼はサンドイッチがいいと言った一之倉のために、ゆで卵を潰しながら質問を返す。
「ん?いや、昔の人ってさ、風情があるし、優雅だなって思って」
一之倉の中では話は繫っているのだろうが、松本はまだ点と点が線で繋がらない。
「何の話だ?」
「今見てるテレビ、お城行ってるんだけど、月見用の櫓があるんだって」
「へー」
それは江戸時代、上洛した将軍が江戸へ帰る前に宿城とした城で、時の城主がそのために作ったとか。
松本はさして興味のない様子で一之倉に背を向けたまま8枚切りの食パンにマーガリンとからしマヨネーズを塗る。
「あ、全然興味ないじゃん」
「まぁ
…
。行きたいのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、元々戦うためだった城に、月を見るだけの場所を増設したんだよ」
ソファから身体を起こした一之倉は松本のもとへと移動し、これからパンに挟むはずのトンカツを一切れ摘んで口へ運ぶ。
「おいっ!」
「ん。おいしい」
もぐもぐとカツを食べながら、戦と平和の時代を知ってるお城、ロマンがあると思わない?と小首を傾げる。
「ロマン
…
なぁ
…
」
天井に視線をやり、考えています。と装ってはいるものの、“全然わからん”と顔に書いてある。
「もういい」
「あ、え、いや
…
」
松本に言ったオレがバカだった。こういう話は深津とするべきだったと吐き捨てソファに戻った一之倉は再びゴロンと寝転んだ。
その様子にヤバイと感じた松本がパンも具材もそのままに一之倉のもとへ飛んできた。
「すまん!えっと
…
その、ロマン
…
とやらはわからんが、深津じゃなくてオレと話、してほしい
…
」
床に正座してその膝の上でぎゅっと拳を握りしめて俯いている松本。
「フッ、何それ」
何がツボにハマったのか、珍しくははっと声を上げて笑う一之倉。
「笑うなよ
…
」
「だって素直すぎ。松本ってたまに可愛いよね」
ソファから床に下りた一之倉は、顔上げて。と囁き、それに従い顔を上げた松本の唇に自分の唇を合わせた。すぐに離れたそれに物足りなさを感じた松本は膝の上で握っていた拳を開き、一之倉の頬を捉えた。そのまま顔を近づけると、ダメ。と差し込まれた手にぶつかった。
「何でだよ」
ムスッと不機嫌をあらわにした松本に「ロマンがわかんないからお預け」と軽く“べっ”と舌を出す。それより早くサンドイッチ!と松本を急かしてダイニングチェアに腰を下ろした。
一之倉は松本が作ってくれた昼ご飯を食べながら他愛もない会話をする休日の、ゆったりと流れる時間がとても気に入っている。今日のサンドイッチはカツサンドと玉子サンドと野菜サンド。ボリュームたっぷりの豪華なナインナップに自然と頬が緩む。もちろん味も申し分ない。
全て綺麗に平らげ食器をキッチンへと運ぶ。
「今日も美味しかった。ありがとう」
「ならよかった」
洗い物をする一之倉を後ろから包み込んだ松本。手が離せないのをいいことに首筋を甘く噛む。
「ちょ!何やってんだよ!」
「さっきの続き」
だとしたらお預け時間短すぎるだろ!
どんだけ“待て”ができないんだよ!
そう心の中で悪態をつくも、身体はとても正直で、松本の唇や舌先が触れるたびに緩やかだけど、確かに熱を帯びていく。その結果、洗い物はまだ残っているというのに、手についた泡を落とし水を止めた。それを合図と取った松本は、一之倉の顔を自分方へ向け、噛みつくようなキスで口を塞いだ。太陽がギラギラと照りつけている時間であることがお互いの興奮材料となり、そのままベッドになだれ込むと、いつも以上に激しく求め合った。
▽
「月見、するか?」
松本は気怠げにまぶたを持ち上げた一之倉に訊ねた。すると一之倉は松本の胸板に頬を擦り寄せ「いいね。でもどこで?」と表情を柔らかくする。松本は情事後にこうして甘えてくる一之倉が好きだった。一之倉の前髪を掻き上げ額にキスを落とすとくすぐったそうに目を細めながら、ギュッと抱きつく。
自分がどれだけ可愛いことをしているのかわかっているのか?
再び下半身が硬度を増さぬようにするのは至難の業だった。それでも何とか耐えた松本が「屋上」と月見の場所を伝えると、一之倉は驚いた。なぜならこの建物の屋上は関係者以外立入禁止となっていて、住人ですら出ることはできないから。
「出れないだろ?」
「許可もらった」
松本は一之倉が眠っている間に大家さんに連絡を取り、屋上の使用許可をもらったとのことだった。それを聞いた一之倉は身体を起こすと「せっかくだし団子買いに行こうよ」とベッドの下に散らばる服をかき集め袖を通した。
部屋を出ると日は沈みかけていたが、まだ残暑厳しい季節。身体を撫でていく風は生温く、とてもじゃないけど良い心地はしない。それでも、昼間何気なく話題にした月見を実現させるために松本が場所を準備してくれたことが嬉しくて、早く!と階段を駆け下りる。一之倉は、まだ階段途中の松本に向けて手を出すとトントントンと足早になるその姿が好きだった。
松本が手を取ると、一之倉が指を絡める。いつしか当たり前になった流れ。少し前までは誰が見てるかわからないからと一之倉の方が外でスキンシップを取るのを嫌がっていたはずなのに。
近くのスーパーまで歩いて5分。
空は
黄昏
こうこん
から瞑色に姿を変えていた。
中秋の名月は少し前に終わってしまったこともあり、月見団子なるものは置いておらずどうしようかと悩む一之倉に「団子なら何でも同じだろ」とちょっとした和菓子コーナーにあるみたらし団子と三色団子をカゴに入れた松本。
「知ってたけど松本ってさ、見た目に反して雑いよね」
「
……
それ褒めてねぇだろ」
「いや、ある意味褒めてるよ」
下唇を軽く突き出して拗ねる松本の腰に手を回すと、元に戻った口元が柔く弧を描いた。
夕飯を終えて屋上へ続く階段を上る。一之倉はいつも一段先を行くが松本は理由を訊ねたことはなかったが、今ふと知りたくなった。
「なぁ。いつも一段先を行く理由はあるのか?」
「ん?」
後ろに手を組んで振り返った一之倉と合わさる視線が一直線になる。
「ち、近くねぇか?」
「目線」
「え?」
「松本を見上げるのも好きなんだけど、こうすると目線が同じになるでしょ。正面からの松本カッコいいからね」
言うだけ言って残りの階段を軽やかに上る。
一番上で何かを思い出したようにもう一度振り返る。
「それからさ、目線が同じになるとキスしやすいでしょ?」
小首を傾げた一之倉に駆け寄った松本は、一之倉のいる一段下で足を止め、両手で頬を挟んで唇を押しつけた。
「
…
んっ」
「確かにな」
目を細めて得意気に口角を上げると、心なしか一之倉の頬に赤みがさしていた。
ここは元来、立入禁止エリアだ。ふたりは音を立てないように静かに扉を開け外へ出る。転落防止の柵に手をかけ揃って空を見上げると、そこには右側が半分欠けた月。月を邪魔する雲はなく、愛でるには申し分ないと一之倉は思う。そんな隣で腰を下ろした松本は、先ほどスーパーで買った団子をがさごそとビニール袋から取り出した。
「風情なさすぎなんだけど」
「あ
…
すまない」
「いいよ。松本らしい」
笑って隣に腰を下ろし、松本が開けてくれたパックのみたらし団子を1本、パクリと頬張る。
「なぁ、あの月には名前があるのか?」
「ん?」
一之倉は一瞬意味がわからなかった。すると松本が「ほら、三日月とか満月とか
…
」と知ってる単語を並べる。
「あぁ、あれは下弦の月。これぐらいの時間に昇って朝でも見られるよ」
答えると、一之倉は何でも知ってるんだなと顔を綻ばせ、覗き込んでくる。
「これぐらい誰でも知ってる」
松本にドキッとしたことがバレないように、持っていた串をパックに戻すとその手を後ろにつき、もう一度視線を月へ戻した。
「そうなのか?」
「松本は興味の範囲が狭いよね」
「オレは一之倉にしか興味ねぇからな」
「なっ
…
!!」
当たり前のように吐き出されたセリフに松本を見やると、くっきりとした二重の双眸に捉えられた。その口もとはゆっくりと綺麗な弧を描き、地面に置いた手が重なる。半分の月明かりに照らされた松本の横顔があまりにも綺麗だったから、一之倉はそっと目を閉じた。
―――
真上にやってきた下弦の月を見上げながら一之倉は口を開いた。
「実はね、月見櫓作ってもらった将軍、そのお城で月見しなかったんだって」
「そうなのか?」
京から江戸へ下る途中の中山道で落石があり、その城には寄らなかったという話だった。
一之倉は、せっかく準備してもらった風情とロマンが溢れる櫓から月を愛でることができなかった将軍を運のない人だと思った。
それに対し、自分は松本が準備してくれた屋上という名の月見櫓で、大好きな松本と一緒に月見ができていることをとても幸せだと思った。
三色団子の串を松本の口もとに持っていき「あーん」と促す。少し照れながら一番上、ピンクの団子を口に入れる。
「おいしい?」
首を傾げて訊ねると、掴まれた後頭部が引き寄せられ合わさった唇。
「どうだ?」
「すぐキスしたがるんだから!」
「ははっ、好きだろ?」
そんなセリフもそういう笑顔も全部反則だ。
「ねぇ松本。ありがとう」
「喜んでもらえてよかった」
もう一度軽く触れた唇。次の瞬間視界が揺らいで、背中が冷たく硬い感触を受け止める。目の前には下弦の月にぼんやりと照らされている松本が影を作った。こんなところで押し倒されて本当なら抵抗するべきなのに、気持ちがどんどん昂っていく。影が重なり角度を変えて深く甘さを増していくキス。
「
……
っん、ま、つもと
…
」
残る理性で名前を呼ぶ。
「ん?」
「だめ
…
」
言葉とは裏腹に、一之倉は潤ませた瞳をゆらゆらと揺らし、頬を紅潮させている。
「ダメって顔してねぇだろ」
松本の袖をきゅっと掴んで首を左右に振る。
「ここでは、だめ。部屋、戻ろ」
外であるとかそうでないとかではなく、ここは一之倉にとって、松本が月見の為に用意してくれた特別で神聖な場所だったから。
ふたりは再び静かに階段を下りる。
―
目線が同じだとキスしやすいでしょ?
―
そんな言葉を思い出し、今度は松本が一段先を行くのだった。
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