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roku
2026-01-15 16:24:07
4167文字
Public
松イチワンドロライ
第15回『鏡』『偶然』
・偶然の再会からワンナイト(大人軸)から始まる松イチ
⚠直接的な描写はありませんが、それっぽい雰囲気があります
「見えるところはやめろってあれほど言ったのに
…
」
洗面台の鏡に映る自分の姿を見て一之倉はひとりごちる。
首筋、鎖骨、胸元。
オレのものだと言わんばかりにつけられたいくつものキスマークと噛み痕。その痕をなぞっては、本能のままに求めてきた松本を思い出し、再び身体に熱が宿った。
◇◇◇
きっかけは一之倉が出張で訪れた慣れない土地での出来事だった。
名前を呼ばれ振り返ると声の主はまさかの松本だった。松本は高校卒業後、関東の大学に進学しそのままその地で就職したはずだった。だから一之倉はなぜこんなところで?と、とても驚いたが、それを汲み取った松本が「出張なんだ」と教えてくれた。それに対し「そうなんだ。偶然だね」と顔を綻ばせた。
そんな一之倉に「仕事が終わったら連絡してくれ」と松本は、自分の電話番号を書き入れた名刺を押しつけ、一之倉が呆気に取られているうちに、その場からいなくなってしまった。
え?松本ってこんなに強引だったっけ?
もっとこう、奥手で照れ屋だった気が
…
。
会わない間に経験を積んだのか。
悪いことではない
…
とは思いながらも、かつて好きだった相手の変化に胸の奥がジクジクと疼いた。
その夜は、松本に指定された居酒屋で昔話に花を咲かせた。久しぶりの再会に心が躍り、お互い普段よりも酒を飲んだ。
店を出たところで松本が覚束ない足取りの一之倉の手を取った。そしてアルコールが一之倉の気持ちと行動を大胆にさせ、こんな時ぐらい許されてもいいだろうとそのまま松本の腕に絡みついた。フッと口角を上げた松本が一之倉を連れ込んだのは自分が宿泊しているビジネスホテルだった。
―――
目を覚ました一之倉の視界に入ったのはスヤスヤと眠る松本の顔。思わず声を上げそうになり慌てて口を塞いだ。身体には松本の腕と足が巻き付いていて身動きが取れない。何がどうしてこうなったのか?
記憶を手繰り寄せるも、飲みすぎた酒のせいであまりに曖昧で、考えることを止め綺麗な松本の寝顔を見つめることにした。
昔より男前だな。相変わらずモテてるんだろうな。彼女
…
いるよな。でも、オレそんな松本としたんだよな。
身体に残る僅かな痛みと違和感がそれを物語っていた。
一之倉の刺さるような視線に気付き、ゆっくりと瞼をもち上げた松本は、朝の挨拶もそっちのけで「そんなに見つめられると穴があく」と笑いながら髪を撫でた。その自然なスキンシップと微笑みは、さながら恋人相手のようで、一之倉の心臓がトクンと大きく跳ねた。髪から滑りおりた手のひらが頬に触れ、松本が纏う色気に耐えきれずきゅっと目を閉じる。
「
……
なぁ、一之倉の対象は男なのか?」
その質問は何を意図しているのか。
親指の腹で薄い唇をなぞる松本の本音は見えない。
もともとは女の子が好きだった。だけど松本と出会って、松本に恋をしたことで全てが変わってしまった。直接伝えることのできなかった思いは拗れに拗れ、気がつけば“松本に似た男”しか選べなくなっていた。
「
……
だとしたら何?」
真っ直ぐ見つめられ、動揺でほんの少し声が震えていた。
「今彼氏は?」
「えっ?
……
いない、けど」
「ならまた連絡してもいいか?」
これはどういうつもりなのか?
期待
…
してもいいのだろうか?
そんな考えは、続く松本の言葉にいとも簡単に打ち砕かれた。
「また一之倉と一緒にメシを食いたいだけだ」
困ったように頼りなく下げた凛々しい眉。
―
ズキン
そりゃそうだよな。
―
ズキン
酔った勢いでこうなっただけだ。
―
ズキン
オレたちはあの頃から変わらず“トモダチ”だ。
酒が残った頭よりも痛みを増していく心。
身体に残った傷痕が早く消えればいいと願った。
◇◇◇
また連絡してもいいか?と訊ねてきた松本に対し、一之倉ははっきり返事をしなかったが、出張から戻った1週間後【週末空いてるか?】と連絡が入った。そんなものありはしないが、先約があると断ると、その嘘を見透かしたように電話がかかってきた。スピーカー越しの松本は、いつなら空いてるのか?何が食べたいか?と一之倉に逃げ道を与えなかった。その結果、翌週末に松本の家に行かなければいけなくなってしまった。
―――
目の前に“松本似の男”ではなく“松本”がいる。松本が時折向ける射抜くような熱い眼差しに、危うく勘違いを起こしそうになる。その度に「また一之倉と一緒にメシを食いたいだけだ」という松本の言葉を思い出し、平常心を取り戻してはいたものの、時間が経つにつれて次第に緊張で汗ばんでいく手のひら。少なくなる口数。一之倉は松本と視線を合わせることなく1本また1本と、酒の缶を空にした。
「えっ
…
」
気づいた時には世界が反転していて、一之倉の視界に映るのは天井を背負った松本。松本は一之倉の手首をひんやり冷たい床に縫い付け「無防備なんじゃねぇか?」と口端をもちあげ、そのまま唇を奪った。それに対し一之倉の身体は一気に熱を帯び、苦しいほどに心拍数が速くなる。松本が一之倉の唇を舌でなぞると上下の唇が離れくぐもった声が漏れた。すかさず舌を捩じ込んだところで、自由の利く足を動かした一之倉の蹴りが脇腹に入った。
「うっ
……
」
「いい加減にしろよ!」
「
……
何すんだよ」
一瞬の隙をついて逃れたが、一之倉の身体はとても正直に反応を示していた。
「それはこっちのセリフだろ!」
いくら好きな相手であっても、それでも許せないことだってある。
「どういうつもりだよ!からかってんの?オレが男が好きだから?」
「違う!」
「じゃあ何?我慢の男なら何しても抵抗されないと思ったわけ?」
「そうじゃない!」
「女の子だと色々面倒だもんな。でもさ、性欲処理なら他当たれよ」
悔しかった。簡単に押し倒されてしまったことも、松本にその気がないことをわかっていながら身体が反応したことも、余裕に満ちた松本の態度も全部。
一之倉はテーブルをバンッと叩いて立ち上がり荷物を抱えてリビングを出た。玄関を開けるためドアノブに伸ばした手は、後ろから追いかけてきた松本の手に阻まれた。
一之倉を包み込むように抱きしめた松本は「すまなかった」と謝罪の言葉を紡ぐ。
「何に対しての謝罪だよ」
「
……
き
…
なんだ」
冷たく言い放った一之倉に対して、松本の声はあまりに小さく、そして震えていた。
「なに?聞こえなかったんだけど」
「一之倉のことが、好きなんだ」
肩口に額を埋めた松本の口から今度ははっきりと告げられた思い。松本は抱きしめている腕に徐々に力を込める。“帰らないでくれ。離れないでくれ。”そう言うように。
「
………
うそ、だろ?」
「嘘じゃねぇよ。一之倉だってオレのこと
…
」
「待って!まさかオレ
……
」
好きだって言ったのか?松本に。
「本当に覚えてねぇのか
…
?」
友達で居続けるために一之倉は忘れたふりをしていると思っていた松本は驚きを隠せなかった。
一之倉が顔だけで振り返ると悲しみの色を宿した大きな瞳が揺れていた。
「
……
ごめん」
「そうか
…
。じゃあやり直しだな」
松本は一之倉をひょいと抱えて寝室へ運ぶ。一歩ずつ廊下を歩くたびに「止めろよ!下ろせよ!」と騒がしい口を唇で塞ぐと、頬を真っ赤に染めて大人しくなった。
そっとベッドに下ろし覆い被さると、切れ長の瞳が大きく開かれた。
「どうした?」
「
………
オレ、思い出した」
出張中に偶然再会し、連絡を取って酒を飲んだ。その後松本の泊まるホテルに入るなり抱きついたのは一之倉だった。そのまま松本をベッドに押し倒してセックスしようと迫ったのだ。できるわけがないと拒否した松本に対し、オレが受け入れる側だから大丈夫だと唇を合わせて
……
リードしてたはずがいつの間にか形勢が逆転していた。松本になぜこんなことをと訊ねられ、「好きだからに決まってんだろ!」と吐き捨てた。そしたらやたらと優しく扱われて、まるで本物の恋人のようで嬉しくて、うわ言のように好きという言葉が溢れていたのだ。行為の最中にあれほど好きだとつげられ、松本の心が動かなかったわけがない。
そう考えると、あの日一之倉が傷ついたのはお門違いだった。
松本が一緒にメシを食いたいだけだと言ったのは、一之倉の記憶が曖昧だと感じたからで、逃げ道を与えなかったのは、恋愛対象が同性である一之倉を逃がすわけにはいかなかったからで、家に呼んだのは意識させたかったから。
「オレ、松本にすごい好きって言った
…
よな?」
「そうだな。離してくれなかったぞ」
「
……
もうそれ以上言うなよ!全部思い出したから!」
恥ずかしさからみるみる赤くなる顔を両手で覆う。
「一之倉」
「
……
なんだよ」
指の隙間からチラリと見やると、嬉しそうに表情を崩した松本が目に入る。
「可愛いな」
言うなり一之倉の手を剥がし、額に、目尻に、頬にキスを落とし、耳を甘く噛む。
「んっ
…
」
「煽んなよ」
「ちが
…
」
否定的な言葉は松本のキスに飲み込まれ消えていく。
「最後まで、いいのか?」
「
……
ダメだって言ってもするんだろ?」
「そんなこと言わねぇくせに」
意地悪く笑う松本が首筋に柔く噛みついた。
「ちょ!松本!?見えるところはやめろよ!」
「ん。わかった」
それからお互いをただただ求め合い、何度となく果てた。
◇
ペタペタと足音が近づいて、一之倉が立っている洗面所の扉が開く。
「帰ったかと思った」
後ろから包み込むように抱きしめた松本の頼りない顔が鏡に映る。
「何でだよ?」
「嫌だっていう一之倉に無理やり
…
」
盛り上がった勢いで“お前はオレのものだ”という独占欲丸出しの痕を残したのはいいが、いざこうして改めて見るととても痛々しく、申し訳なさでいっぱいになる。
「
……
別に嫌だとは言ってねーだろ。見えるところはやめろって言ったんだ」
「すまない
…
」
鏡越しの松本があからさまにしゅんとしているのが可愛くて、ふっと笑みが溢れた。
「もういいよ。その代わり
…
」
松本の腕の中でくるりと身体を回転させて向き合い、その首に腕をかけた。そのまま松本を引き寄せ背伸びをして、耳元で囁く。
「オレにも付けさせろよ」と首筋に噛みついた。
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