インターハイの初戦で敗退し、過去二年よりもほんの少しだけ早く訪れた夏休み。沢北がアメリカへ行く前に、ウィンターカップへ向けて練習を開始する前に、夏らしい遊びをしようと言いだしたのは主将である深津だった。
「夏らしいって言ったってなぁ…」
松本が顎に手を当てて考える。
「プール?海水浴?」
河田が提案するも「人が多いところはいやだピニョン」というわがままに一蹴された。
「流しそうめんは?」
いいことを思いついた!と言わんばかりの野辺に「確かに夏っぽい」と賛同する一之倉。
「でも大がかりすぎねぇか?」
「食堂、許可おりねぇかもしんねぇべ」
松本と河田が冷静に答える。
「あー!!そしたら花火しましょーよ!!」
今までやったことがないからと沢北がアーモンドアイをキラキラさせている。
「沢北にしてはいい案ピニョン。買い出しは…「オレと松本で行ってくるよ。ね?」
「お、おう」
「あざーっす!」
松本とふたりの思い出を作っておきたかった一之倉は、深津が誰かを指名する前に買い出しを申し出た。
学校から歩いて10分とかからないところにあるショッピングモールには花火の特設コーナーができていた。
「小さい頃は毎年やってたなー」
どれがいいかなと量と値段を比較しながら松本は?と問いかける。
「小学生の頃に近所の同級生たちとやったな」
あの頃よりも格段に増えた種類に驚きながら「オレ、こういうのやったことねぇな」としゃがんだ松本が手に取ったのはロケット花火にねずみ花火。
「そうなの?」
「あぁ。周りに家がたくさんあったし、電線も多かったから」
「河川敷とかは?」
「花火禁止だったんだよな」
「この都会っ子め」
一之倉が肘で松本をつんと小突く。
「一之倉はあるのか?」
「当たり前だろ。定番だよ。あ、ちなみにこっちのもあるよ」
一之倉が指差したのは打ち上げ花火。実家の庭で。と付け加えると「そうなのか!?すげぇな!」と少年のように瞳を輝かせた。
「ふふっ。じゃあさ、今日は全部やろうよ!」
「楽しみだな!」
向けられた笑顔にトクンと跳ねた心臓。
悟られないように花火をカゴに入れ手早くレジを済ませた。
夕飯を終えて外へ出る。
頬を撫でる風は、立秋を過ぎたとはいえ生暖かく夏が終わる気配はまだない。
「早く行きましょうよー!」
花火の入った袋を抱えながら走り出す沢北。それを追って海岸へと向かった。
ろうそくを砂浜に突き刺し火を点ける。海からの風で火が消えないように風上に立った野辺を見て「気が利くな。サンキュ」とお礼を告げた一之倉。それを見ていた松本の眉が一瞬キュッと寄ったことには気づかなかった。
深津は始めから絶好調で、手持ち花火を束ねて振り回し沢北を追いかける。それを見た河田があまり虐めるでねぇ。と言いながら点火したねずみ花火をふたりの足元へと投げる。「危ないからちゃんとした使い方しなよ」と3人へ近づく野辺の手持ちの花火も、一本ではない激しさで燃えている。
そんな4人を横目にクスクスと笑いながらロケット花火を発射台にセッティングし火を点けた一之倉。
ピューと音が鳴り高く上がって落ちてくる。
「どう?」
「……何か思ってたのと違った」
松本の想像では空へ向かう花火は打ち上がった後、花が開くものだった。ただ笛の音がなるだけで何事もなく落ちてきたロケット花火にどこか物足りなさを感じ、その場にしゃがみ込み、また普通の手持ち花火に火を点けた。
「ふふっ。これはこういうもんだよ」
あっちの方がいい?と指差した先で深津が打ち上げ花火を準備している。「みんな離れるピニョン」と点火すれば夜空に花が咲く。昔、家の庭でやった花火よりもずっと迫力のある花火だったけれど、楽しみにしていたはずの隣の松本は何の反応も示さなかった。
「どうしたの?」
「……花火ってあっけないよな」
騒がしい仲間を見つめながら松本がこぼした言葉は、一之倉の胸を深く貫いた。
「…松本?」
「オレたちの夏みたいだな」
凛々しい眉を下げ、ふっと力無く笑った松本は「ごめんな」と一之倉の手を握った。ピクッと反応する身体。手の甲に重なる松本の手のひらは予想以上に熱を持っていた。
一之倉はどんな言葉をかけていいのかわからず、松本の手から逃げるようにして「これしない?」と線香花火を取り出した。返事はなかったが、先に落とした方が負けだよと言いながら一本を手渡す。
「ねぇ、松本」
「ん?」
「この勝負でオレが勝ったら聞いてほしいことがあるんだけど…」
線香花火を受け取る松本の目を真っ直ぐ捉え緩く口角を上げると「わ、わかった」と首を縦に振った。
せーので火を点けた小さな花火。パチパチと爆ぜる様子を無言で見つめ、このまま時間が止まればいいのにと願った言葉が音となる。
それを拾った松本がガバっと顔を上げた。
その勢いで持っていた線香花火の火種がぽとりと砂に消え、同時にしまったと焦りを隠せない一之倉の手から、線香花火はひらひらと落ちていった。
「「あ」」
ふたりしてぽかんと空いた口。顔を見合わせた瞬間に溢れた笑い。
「ははっ」
「ふっ、」
残念な気持ちが半分。これでよかったという気持ちが半分。
「なぁ、引き分けだから話はしてくれねぇのか?」
顔を傾け一之倉を覗き込む瞳は真剣そのもので、トクトクと波打つ鼓動が速くなる。
「そ、そりゃそーだろ!」
フイッと逸らしたその顔は激しく熱を持っていて、ここが暗がりでよかったと心からそう思った。
「あ!松本さんとイチノさんずりぃ!線香花火オレもやりたいっす!!」
打ち上げ花火を終えた沢北が騒がしくふたりに割って入ってきた。「みんなで勝負しましょうよ!!」と張り切って花火を配った沢北。
「もう一回勝負するか?」
細めた目で一之倉を捉え口端を上げた松本。少し悩んだ一之倉は松本から距離を取り「しようかな」と線香花火に火を点けた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.