roku
2026-01-15 14:27:01
2942文字
Public 松イチ
 

途中下車

・時折突拍子もない行動にでる一之倉と計画的に行動する松本の話

ピロン
メッセージの通知音が静かな部屋に響いた。メッセージの送り主は松本の同棲相手、一之倉だ。
友人と会うために地元へ帰っていた一之倉は、松本が仕事から帰るまでには帰ってくると言ったが、久しぶりなんだからゆっくりしてこいと送り出された。それでも電車の本数も少ないため21時には帰ると言って家を出た。
現在の時刻はすでに21時を過ぎている。
松本は風呂から上がったところで、下着だけを身に着け伸びてきた髪から垂れる雫をタオルでガシガシと大雑把に拭きながら片手でメッセージを開く。

【待ちぼうけ。】

そんなメッセージと共に送られてきたのは真っ暗な中、赤い光を主張している信号機が写るロータリーの写真。
ん?なんだこれ?
メッセージを打つのも面倒くさく電話をかける。
「どうしたの?」
「その言葉そっくり返す」
「あ、写真?」
「あぁ」
「乗ってた電車が15分遅れでね、乗り継ぎ1時間待ちになっちゃった」
前半と後半の話に何の脈絡も感じられず松本は点と点を繋ぐため頭を働かせ、知らず知らず無言になってしまった。
「きいてる?」
「おぉ聞いてる。けど写真と何の関係があるんだ?」
「今日フリーきっぷなんだよね」
相変わらず話の全貌が見えずに「それで?」と話の先を促す。
「乗り継ぎ駅で降りてみた」
「は?」
一之倉は時々、思いついたから行ってみた。退屈だったからやってみた。などと言い、突拍子もないことをすることがある。それはひとりでだったり、人を巻き込んでだったり、その時によって様々だ。今日はひとりで行動を起こしたようだった。
「そしたらね、なーんにもなくて、それが面白くて写真送っちゃった」
「イチノさぁ危ないからホームでおとなしく待ってろよ」
「ふふっ、危ないって。オレ男だよ?心配しすぎ」
男とはいえ松本にしてみれば可愛い恋人で、心配になるのは当然のことだった。だけど一之倉はそんなことどこ吹く風と適当に受け流している。
「お前だったら1時間ぐらい我慢できるだろ?」
「そりゃできるけど、もしかしたら新しい発見があるかもしれないでしょ?」
新しい発見とは何なのか。目的地へ行き、目的を済ませばまっすぐ帰宅する松本にはよくわからない。
「あ、今わかんないって思ったでしょ?」
……まぁな」
「例えば美味しそうなお店とか、楽しそうな施設とか」
それを見つけたからといってどうするんだ?そんな松本の思いを見透かしたように「そしたら次のデートで行けるでしょ?」とスピーカー越しに笑う一之倉。
………
向こう側にいる可愛い恋人の姿を想像し、早く腕の中に閉じ込めてしまいたいという欲が溢れ出す。
「松本?」
「駅、何時着だ?」
「22時半ぐらいかな」
迎えに来てくれるのかなと弾む心を悟られまいと、何でもないように時間だけを告げた。
一之倉の到着時間を確認した松本は、電話を切り服を着る。玄関のシューズボックスの上のキートレイからは家の鍵だけを取り駅へ向かった。



「おかえり」
改札から出てきた一之倉に差し出した手。普段は他人に見られることを気にしている一之倉だが、今日はどういうわけかその手を取りそのまま腕に絡みついた。
「ただいま〜」
表情がいつもよりも柔らかいことから、それなりのアルコールを摂取していることが覗えた。
「外だぞ」
松本は緩みそうになる顔を引き締めて諌めるように言う。
「え〜。松本だって繋ぐつもりだったでしょ?」
それはその通りだが、手を繋ぐことと腕を組むことは随分距離感が違う。
「いいのか?」
「うん。ねぇ、お迎え、車?」
「車がよかったか?」
今日は一之倉をより近くで感じていたくてあえて歩いて来たのだ。
「ううん。くっつきたかったから嬉しい」
松本の逞しい腕にさらにギュッと絡んで見上げると、整った顔が近づいて合わさる唇。
切れ長の瞳は大きく開かれ「外だよ!?」と訴えている。暗がりでもわかる赤くなった頬。
「イチノが可愛いからだろ?」
「ちょっと!」
「ははっ、誰も見てねぇよ」
一之倉はその言葉にきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認するともう一度キスしてほしくなった。そしてそっと目を閉じてみる。
今度は松本が驚く番だった。
ふぅとひとつ息を吐いて親指と中指で輪っかを作ると一之倉の額の前でピンと弾いた。
「痛っ!」
衝撃を受けた額を押さえ「何すんだよ」と睨む。
「そういうことは家に帰ってからな」
松本は優しく微笑むと、一之倉が額にあてた手を引き剥がし、ほんのり赤くなったそこにチュッと口づけた。松本の一挙手一投足が一之倉の心をざわつかせ大胆にさせる。「じゃあ早く帰ろうよ!」と手を引くと、凛々しい眉を下げ嬉しそうに「そうだな」と返す。
手を繋いだ大の男がふたり、急ぎ足で歩く姿はなんとも滑稽だけど、そんなものは誰も見ていなかった。

部屋に入るやいなや一之倉を腕に閉じ込め深く口付けると一之倉は舌を絡めて応えた。
ふたりは本能のままに抱き合って、泥のように眠った。

目を覚ますと、眠っていても男前と言える松本の顔が視界を埋め尽くしている。これにはいつまでも経っても慣れなくて、もぞもぞと寝返りを試みるも、背中に回った腕と、下半身に絡みつく長い脚が邪魔をして身動きが取れない。一之倉は諦めて松本の目が覚めるまでこのままでいようと額をその胸に埋めた。

再び目を覚ました頃には、朝というには遅く、昼というには少し早い時間だった。ダイニングテーブルの上にはフレンチトーストとお揃いのマグカップに入ったコーヒー。食事は一之倉の担当だ。
「おはよう」
「おはよ」
「身体大丈夫か?」
松本は毎回こうして身体を気遣ってはくれるが、それならもう少し手加減してくれればいいのに。と思うこともなくはない。だけど愛しい人が自分だけを求めてくれることほど幸せなことはないから、この程度の痛みや怠さなど、なんてことない。
「いつものことでしょ」と受け流す。
……それよりさ」
「ん?」
フレンチトーストにかぶりつきながら視線はきっちり一之倉を捉えている。
……一緒にやりたいことがあるんだけど
比較的はっきりと物を言うタイプの一之倉が言い淀んでいるのは普段の松本の行動の形にあった。
「なんだ?そんなに難しいことか?」
……そうではないんだけど」
「なら言ってみろよ」
「ん。………目的地のない途中下車の旅」
普段松本が目的地と自宅を往復するだけだということを知っている。だからこそ目的地のないデートに誘うことは気が引けた。少しの間を空けて言いにくそうに言葉を紡いだ一之倉はスッと視線を下げた。
「いいぞ」
「へ?」
二つ返事で了承されたことに驚きを隠せず口が開いてしまった。
「だからいいぞ」
「えっ、でも松本そういうの嫌いでしょ?」
「ひとりなら絶対しねえな。でもイチノが一緒ならいいなって思ったんだ」
照れくさそうに指で頬を掻く。その姿に一之倉は胸が温かくなるのを感じた。
スマホに頼らず行けるところまで行ってみよう。松本とふたりならたとえそこに何もなくても楽しいに決まっている。
「嬉しい。ありがとう。大好きだよ」