roku
2026-01-15 14:22:00
1237文字
Public 松イチワンドロライ
 

第5回『電車』

・モブ子が週一回見かける松本と一之倉の話

毎日毎日馬車馬のように働く私にとって、満員電車に揺られての出退勤は鬼のように疲れるし、何の為に生きているのかわからなくなるときがある。だけどここ最近見つけたほんの短い時間だけど癒しの空間。
それは毎週水曜日に訪れる。
大学生であろう彼らは始発駅から乗ってくるのか、いつも同じ車両の同じボックスシートに並んで座っている。
今日もまた私が利用する時刻の電車に彼らはいた。
ひとりは凛々しい眉とくっきりした二重にシュッとした鼻筋とほんの少し痩けた頬が色気を増長させている、いわゆるハンサムというやつだ。もうひとりは切れ長の涼し気な瞳に下がった眉と薄い唇が印象的な可愛い男の子。
初めは大学生同士、仲の良い友達だと思っていた。だけど真ん中に置かれた手が絡まっているのを見たとき、私は胸を撃ち抜かれてしまった。それから私は悪いとは思いつつ、彼らの座るシートの近くに立ち、彼らが降りるその駅に到着するまでスマホを弄るふりをしたり、本を読むふりをしたりしながら、会話を盗み聞くようになった。
「イチノ。今週の土曜昼から練習休みになったからどこか行かねえか?」
確か彼はバスケ部だった。
「急だね。バイト入ってるや」
そうか」
とても残念そうに、悲しそうに、“イチノくん”の肩におでこをつけてしゅんとなるその姿は、大きな身体に反してとても可愛い。そう思うのはイチノくんも同じようで、「交代頼んでみるね」と彼の頭を撫でる。
「本当か!?」
「フフッ、まぁ、オレもデートしたいから」
ぱぁっと明るくなる顔。キラキラする瞳からはどれだけイチノくんのことが好きなのか手に取るようにわかってしまう。
いいなぁ、デート。もう長らくそんなの無縁だ。ここ最近は、このままひとりで朽ち果てて行くのかもしれないとさえ思う。ただそれまでは彼らの幸せを分けていただこう。
「どこに行く?何がしたい?」
「焦んないで!交代できなかったら普通にバイトだから」
……そうだけど」
今度は唇をムッと突き出して明らかに拗ねている。
「だからもう少し我慢して」
……オレはイチノと違って我慢は苦手だ」
「知ってるよ。だから毎回オレが大変なことになってる」
「それは悪いと思ってる。でもイチノが可愛いから――っ!!」
少しずつ大きくなる声量に何かを感じ取ったのか、空いている手で思い切り彼の口を塞いだ。
「しっ!声が大きい。電車だよ?」
「すっ、すまん
可愛いと言われたイチノくんの頬が少しピンク色に染まっている。
怒った素振りでフイッと彼の方から顔を逸らしたイチノくんとバチッと目が合ってしまった。その瞬間フッと弧を描いたイチノくんの唇。同時に流れた車掌さんのアナウンス。私の最寄り駅はまだ3つ先だけど、あまりの気まずさに手にしていたスマホを鞄にしまい、降ります!と人を掻き分けホームへ降り立った。
私が見ていたことに気づいていたようなイチノくんの笑み。
罪悪感に苛まれた私の心臓がバクバクしている。