風花莉亜
2026-01-15 07:35:20
4045文字
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名前で呼ばれるのは、まだ慣れそうにない。

第14回とどち版ワンドロワンライ参加作品。千早くん視点。名前呼びの話で教室でイチャイチャしてます
いつも通り、なんでも大丈夫な方向け

「葉流ちゃん」
「何?」
「今日は球捕れって言うの禁止ね!」
「!?なんで……っ」
「今日の圭ちゃんは傷心なので」
「傷心?身体に異常はないのか?」
「ないよ?」
「そうか。じゃあ、球捕れ圭」
「は、はぁ〜〜〜!?ちょっと葉流ちゃん俺の話聞いてた!?」
「わぁ!!要くん、落ち着いて!ここ教室だからね?ほら、注目浴びてる!!」

部活動前の、人が疎らにいる教室内でわぁわぁやってる我が野球部。
いつもの事と言えばいつもの事なのだが、大きな声がしたらそちらに注目するのは普通の事で、まだ教室内に残っていたクラスメイトや廊下を歩く他クラスの人からも、要くん達は奇異の目を向けられていた。
ちょっと席離れてて良かった、なんて自分の席で部活動へ行く準備をしていた俺は、我関せずを通す為に有線イヤホンを耳に嵌める。
あの間に入ってあげてる山田くんには悪いとは思うけれど、我が身が可愛いのでごめんなさい。
心の中で手を合わせて、そこでふと、隣が静かな事に気が付く。
いつもだったら「うっせーぞ要」くらいは言いそうなものなのに。
え、もしかして、まだ寝てる?
授業をお昼寝の時間と勘違いしている節のある隣の席、藤堂くんの方へと視線を向ければ、静かに要くん達の方を見ていた。
なんだ、起きているではないか、あまりにも静かだったから、てっきり寝ているのかと思ったのに。
果たして、頬杖をついて一体何を考えているのやら?
真っ直ぐ見詰めるその表情からは何も読み取れなくて、もしかして目を開けたまま寝てるなんて事ないよな? と彼の席に近付いてから目の前で手のひらを振ってみる。
すると、肩がビクリと揺れた。

「うおっ」
「あ、起きてた」
「寝てるように見えるか?」
「微動だにしなかったので、遂に『目を開けたまま寝る』を習得したのかと」
「ンな訳ねーだろ」

なんだ、やっぱり起きていた。
まぁ、普通に考えて目を開けたまま寝たら、せいぜい白目になっているのがオチだろうし。
それはそれで面白いので、見てみたいという気持ちはあるが。
それにしても、起きていたとしたら一体どうしたのというのだろうか? どちらかと言えば、傍観するより輪に入るタイプなのに。
観察するようにじっと藤堂くんを見詰めていると、居心地が悪かったのか器用に片方だけ眉を上げて見せる。

「なに?」
「熱でもあるのかと」

そう結論付けて額に手を伸ばしてみるが、特に熱くもない。
おそらく平熱。
えぇ? こんなにしおらしい藤堂くん、はっきり言って気持ち悪いんですけど!?
そんな事を心の中で叫んでいると、何か失礼な事考えてるだろ、なんて、相変わらず勘の鋭い事だと舌を巻く。
熱はないとわかった為、額に触れていた手を離そうとしたのだが、タイミング良く伸びてきた藤堂くんの手が俺の手を攫った。
まだ教室内には人が残っている。
だと言うのに、机の上でぎゅっと握り締められて心臓が跳ねた。
手遊びでもするように、俺の手をニギニギと握ってくるのはやめてほしいんですけどね? ここ教室なんでね? 人目につく訳ですよ! そこのところ、わかってるんですかね?
このまま放置しとくと、手の甲にでも唇を落としてきそうだったのでやんわりと手を引っ込めると、口にはしなかったが不満そうな表情をされる。
それに気付かないフリをして未だに何やら言い合ってるバッテリーに身体ごと視線を向けると、後ろから蚊の鳴くような声がした。
何を言ったのか聞き取れなかったけれど、今の、藤堂くん?
らしくない小さな声に思わずバッと振り向けば、これでもかと目を見開く姿に出会ってこちらがびっくりする。

「もしかして、聞こえた?」

バツの悪そうな顔でそう言われ、こくりと頷くかどうか悩む。
聞こえたは聞こえたけれど、内容までは聞き取れなかったから。
えーっと、なんて頬を掻きながら濁せば、「聞こえたよな、そーだよな」なんて一人で勝手に言い始めたので静観する事にした。
墓穴を掘って全部言ってしまえ。

「あー……要と清峰さ、その、俺らと違ってただの幼なじみだけどさ、名前で呼び合うじゃんか。それがちょっと、その、う……
「う?」
「羨ましい……とか思ってしまいまして」
「ぶふっ、なんで敬語なんですか……っ」

何を言い出すのやらと身構えたのが馬鹿らしくなる回答に笑ってしまう。
しかも何故か敬語。
面白くない訳がなかった。
藤堂くんって案外可愛らしい事考えるんですね?
要くんと清峰くんが互いを名前で呼び合うのなんて今に始まった事ではないけれど、俺達が付き合ってから半年、名前の呼び方は一向に変わらなくて、何かしら思う所があったのだろう。
付き合っていたって呼び方が変わらない人達もいるというのに、藤堂くんは不満だったらしい。
……名前呼び、ねぇ。
付き合ってからハグしたりキスしたり、それ以上の事だってしてるけど、触れ合う事以外の変化も悪くはないかも?
さて、藤堂くんは名前で呼んだらどんな顔をするのだろうか? 見てみたくなった。
ニコリと笑みを貼り付けて椅子に座っている藤堂くんを覗き込むように腰を折ると、藤堂くんの口元がヒクリと動く。
何やら良からぬ事を考えているとでも思われたのだろうか? 心外だな?

「藤堂くんは、名前で呼ばれたいタイプだったんですね〜?」
「うぐっ、語尾上がってて腹立つけどその通りだから何も言えん」
「あは。可愛いですね?」
「俺を可愛いとかぬかすのはオメーだけだわ」
「は?他の奴が言ったら殺します」
「物騒すぎる」

呆れたとでも言いたげな顔をしているのに、どこか嬉しそうに見えるのは俺の気の所為か。
いや実際そんな顔をしているのだろう。
だって藤堂くん、俺の事大好きですし? ちょっと独占欲覗かせたら尻尾振って喜びますし?
そんな所も可愛らしいなんて思うのは、俺一人で十分だ、他の誰にだって見せてやらない俺だけの特権。

「あおいくん」そう呼ぼうとして、口を「あ」の形にした所で、藤堂くんが先に「あのさ!」と口を開いた。
間の悪い男め。
遮られた事で若干ムッとしたが、先を譲ってやる事にする。
何だかんだと俺は藤堂くんに甘いのだ。

「今日の帰り、バッセン行こうぜ」
「はぁ」

なんの脈絡もなく突然そんなことを言われた為に、俺の口からは間の抜けたような声しか出なかった。
しかし、藤堂くんは特に気にする素振りも見せずニコニコとしていて、そのまま会話を続行するつもりらしい。
……仕方がないからそのまま付き合ってやる事にするか。
だってこの笑顔の前では、俺にはどう足掻いても太刀打ちなど出来ないので。

「バッセンで俺が勝ったら名前呼びな?」
「え、嫌ですけど?」
「そんなに名前で呼ぶの嫌なんか!?」
「ではなく、賭け事で名前呼びするのが嫌なだけです」
「うん?」
「名前呼びって特別なんでしょ?」
「!!じゃ、じゃあ今のやっぱりなしで」
「あはは」

俺の言葉を聞いて、慌ててなかった事にしようとする藤堂くんに笑ってみせる。
そもそもこちらは賭けなんかしなくったって呼んでやるつもりでいるのだ。
ただ藤堂くんがその瞬間を遮っただけの話。
名前呼びを特別だなんて嘯いて藤堂くんをその気にさせたのは、バッセンに行って勝敗が決まるまで名前呼びをお預けだなんて、俺が嫌だっただけ。
だって、名前を呼んだ時の藤堂くんの反応を早く見たかったし、どんな表情を見せてくれるのか、今から楽しみなのだ。
後はそのタイミングを計るだけ。

要くん達の会話が纏まったのかは知らないけれど、向こうの方で部活に行こうと言う声がする。
それに二人で頷き、鞄を手に取り彼らの後をついていく。
前を歩く藤堂くんを見て、もしかしてタイミングとやらは今かもしれないと思った。
だって今の藤堂くんは、完全に油断しきっている。
名前云々の話が一旦白紙に戻ったと思っている藤堂くんに不意打ちを食らわすべく、教室から出て行こうとするのを袖口を引っ張って阻止した。
後ろに傾く身体のその耳元へと唇を寄せ、なるべく甘い声を意識する。

「あおいくん」
「っ!?」

耳を手で覆ってこちらを振り返る藤堂くんは、これでもかと言う程に赤かった。
顔も耳も、もしかしたら身体全体なんじゃないかって程に。
してやったり。
ニッと笑って藤堂くんの横をすり抜け、要くん達を追い掛けようと廊下へ一方踏み出したその足は、俺の腕を引く藤堂くんによって再び教室内へと戻されてしまった。
後ろからぎゅぅぅぅっと抱き竦められて、身動きが取れない。
藤堂くんの心臓がドクドク脈打つのが背中越しにわかる程に力強く、そして早くて、それが伝染したかのように俺の鼓動も早くなる。
それだけじゃなくて、身体中の血が沸騰したかのように熱くなって、きっと藤堂くんに負けず劣らず身体は赤に染まっている事だろう。
あぁ、教室に誰も残っていなくて良かった。
教室にいたクラスメイトはいつの間にか一人残らず居なくなっていて、廊下にも人がいなくなっていた。
こんな所を誰かに見られた暁には、校内で噂になるのは目に見えているから、だから、良かった。

「ちは……っ、瞬平」

藤堂くんから紡がれる俺の名前は、酷く甘美な響きをもっていた。
狡い、な。
藤堂くんの反応を楽しみたかったのに、とんだ反撃を喰らった気分だ。

「瞬平、こっち向いてくれ」

こっち向いてなんて言いながらも、俺の意思なんて関係なく身体を自分の方へ反転させてくる藤堂くんに、力が強いなぁと心の中で呟く。
見つめ合ったその瞳に劣情を感じてそっと目を伏せると、当たり前の様に唇が降ってきて俺のものに重なった。

「葵ちゃーん?瞬ちゃーん?置いてくよー?」なんて、遠くで要くんの声がしたけれど、今はまだこのままで。
藤堂くんの首に腕を回して、もっとと強請った。


END