風花莉亜
2026-01-15 07:26:32
5732文字
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擬似的、ファーストレモン味。

第8回ワンドロワンライ参加作品。千早くん視点の少女マンガ。何でも大丈夫な方向け

『藤堂くんが、すき』

授業中ずっとそんな言葉が脳内を駆け巡っていたからか、気付いたらノートの端に書き込んでいた。
ヤバい、そう思って消しゴムを手にしようと所で、授業終了の合図。
水を得た魚のように一斉に動き出すクラスメイト達に倣って自分も動き出そうとして、その前にこの恥ずかしい文字に消しゴムをかけなければと、今度こそ消しゴムを手にした。
こんなもの、誰にだって見せられない。
早く早く、脳内は焦りまくっているが、そんな事はおくびにも出さないように、普段通りの動きを心がけようとした。
しかし俺の動きより一歩早く、絶対に見られたくない相手が俺の机の前に立った。

「千早、次移動……って何を隠した?」

条件反射のように例の一文の書かれた場所を手で隠す。
しまった、手で隠すのではなくてノートを閉じるべきだった。
俺の動きに違和感を覚えてしまった藤堂くんは、見せろと俺の手を剥がしにかかってくる。

「ちょっ、やめてください」
「何書いてあんの?見せてみ?」

ググググ、脳筋ゴリラとただの人な俺では力の差は歴然で、指が一本一本ノートから剥がされていく。
この馬鹿力。
そうして遂にその時を迎えてしまう。
完全に俺の手が取り払われてしまったノートをバッチリしっかり、藤堂くんに見られてしまって、ぶわっと目に涙が浮かぶ。
見られた、見られてしまった!
赤くなれば良いのか、青くなれば良いのか、もう自分の感情がわからなかった。

「えー、なになに?『藤堂くんが、すき』……えっ?」

心底びっくりしました、みたいな顔をされて、あまつさえ声に出して読まれて、この世の終わりだとそう思った。
俺はみるみると涙の膜が出来てしまって、それを見た藤堂くんはワタワタと手を振る。

「なっ、だ、どう、」

全く何を言いたいのかわからないけれど、アワアワしている藤堂くんはかなり動揺している。
逃げるならば、今がチャンス。
ダンっと机に手を付いて立ち上がると、藤堂くんがビクリと肩を揺らながら怯むのを見て、その隙を見逃さなかった俺は脱兎のごとく走った。
背後から一歩出遅れた藤堂くんが俺の名前を呼びながら追い掛けてくるが、スタートダッシュさえ上手くいけば追い付けないだろう。
暫く追いかけっ子をしたが、目論見通り藤堂くんを撒く事に成功した。
息を整えたくて、人気のない場所にある使われていない空き教室に忍び込み、ズルズルとその場にしゃがみ込む。
埃っぽくて本当は座りたくなんてないけれど、全力疾走をした体は限界だと訴えていたので致し方ない。
シンと静まり返った教室では、俺の荒い呼吸音だけが聞こえた。
あーあ、このままだと授業をサボってしまう。
普段の行いは良い方なのでサボりだとは思われないだろうけど、だからと言って積極的にサボりたい訳ではない。
本当は教室に戻りたいのだが、藤堂くんと顔を合わせるには、まだ色々と覚悟が足りなかった。
よりによって本人に好きだとバレてしまった。
きっと今まで通りの関係では居られなくなってしまう、そう考えたら引っ込んでいた筈の涙が再び顔を出す。
ポロポロ、ボロボロ。
セーターの袖でグイッと拭ってみても、後から後から溢れだして頬を濡らすものだから、拭うのさえ諦める事にした。
泣いて泣いて全部流して、そしたら教室に戻れるだろうか?
考え出したら止まらなくて、嗚咽まで漏れてきてしまって、時間が戻らないかななんて現実逃避をした所で、スマホが振動した。
緩慢な動きでポケットから取り出すと、山田くんからメッセージがきていて。
内容は教室に居ない俺を心配したもので、藤堂くんも心配している書いてあるが、今はほっといてほしい。
しかし既読を付けてしまった手前、何も返さないのは逆にほっといてくれない気がして『大丈夫』と一言だけ送信した。
それは直ぐに既読が付いて『わかった』とだけ返ってくる。
あっさりと引き下がる山田くんに、藤堂くんにでも事情を聞いたのだろうかと思った。
藤堂くんは、山田くんにどこまで話したのだろう。
山田くんには藤堂くんの事を好きなのはバレているし、なんならたまに相談みたいなものにも乗ってもらっている。
少し話を聞いてほしいな、というタイミングでどうしたの?と山田くんから聞いてきてくれるので、俺は素直に話せているし、その都度どうしたら良いか案を出してくれる山田くんには頭が上がらない。
どうしようか、今回も相談してみようか?
握り締めたままのスマホを見詰めていると、突如教室のドアがカラカラと鳴りながら開いた。

「あ、やっぱりここにいた」
「山田くん!?」

ひょっこりと顔を覗かせたのは、ニコニコと笑う山田くんだった。
なんでここに。
大きく目を見開く俺に、実は千早くんのスマホと位置情報共有してるんだ、なんてとんでもない事を言った。
慌てて自分のスマホをチェックしてみるが、それらしきアプリは見付からない。
そもそも誰かにスマホを預けた事などない、と言う事はつまり。

「あはは、ふっ、ふふふ…………、くっ」
「山田くん?」
「ごめんね、冗談、冗談だよ?千早くんの慌てる姿が新鮮でつい……っ」
「本当にやめてくださいよ、その冗談。笑えません」
「うん、ごめんね」
「許しません」
「そこをなんとか!」
…………では、相談に乗ってくれます?」
「もちろん」

そうして俺は山田くんに藤堂くんに好きだとバレた事を話した。
静かに聞いていた山田くんは、なるほどねぇと一言。
え、それだけ?山田くんに限ってそれはないですよね?
ジッと山田くんの言葉の続きを待っていると、真剣な顔で俺の瞳を覗き込んだ。
この瞳は少し苦手だ。
視線を外したかったけれどそれは許さないと言われている気がして、逸らす事さえ出来ない。

「藤堂くんは、千早くんの事嫌ったりしないよ?」

諭すような声音だった。
藤堂くんに好きだとバレた事で、今までのような関係では居られないと怖がっているのに気付いた山田くんなりの言葉。
嫌ったりしない、それはわかる。
藤堂くんはこんな事で俺を遠ざけるような事はしないと理解しているつもりだけれど、どうしても最悪を考えてしまって怖いのだ。

「気持ち悪いなんて思わないよ?」

それも、藤堂くんならそうかもしれないって思う。
でもそれは、ただの俺の理想でしかない。

「そんな事、わからないじゃないですか」
「わかるよ。ねぇ、藤堂くんはそんな事考えるような人じゃないって千早くんが一番良くわかってるんじゃない?」
…………

わかってる。
男だからとかそーゆー理由で切り捨てたりしない人だって。
だけど、けれど、もしも。
負の連鎖に陥っている俺の肩をポンポンと叩いて、山田くんは大丈夫だと力強く頷く。
本当に、大丈夫なのだろうか?
それに対して、大丈夫大丈夫と返ってきて、心読まれてる!?と軽く怖かった。
山田くんはそんな俺から視線を廊下側へと向けて、それから突然立ち上がってしまう。

「さて、そろそろ僕はお役御免かな」
「え?」
「あそこでね、凄い顔でこっち見てる人がいるから僕は戻るね」

あそこ、と指さす先にはムスッとした顔の藤堂くんがいた。
ムスッていうか、何人か葬り去ってきた後みたいな、結構ヤバめな顔。
待って、これからアレの二人きりにする気ですか山田くん!?
何だかよくわからないけれど、めちゃくちゃ機嫌悪いじゃないですか!
顔を青くする俺に山田くんはそんな顔しなくても千早くんに噛み付いたりしないよ、僕にはくるかもだけど、なんてのほほんとした感じで言う。
何で山田くんに噛み付くのだろうか、首を傾げる俺に山田くんは前途多難だなぁなんて呟いてから、顎に手をあてた。

「そうだなぁ、要くんなら『男の嫉妬は醜いぞー、葵ちゃん』って茶化してたろうけど、僕には無理かなぁ」
「嫉妬って」

そんなまさか。
と言うか、誰が誰に?

「どっからどう見ても嫉妬でしょ。千早くんが僕に頼ってるのが面白くないんだよ。千早くんの一番近くは俺なのにって顔してるよね」

チラ、と藤堂くんのいる方を見て山田くんは苦笑する。
そうなのだろうか。
とても俺にはそう思えないけれど。

「山田くんには、そう見えるんですね」
「僕じゃなくても、そう見えると思うけど?」
「そうですか、ね」
……ちゃんと話し合いした方が良いよ」
「はい」
「じゃ、僕は先に教室戻るから」
「ありがとう、ございました」
「どういたしまして」

最後に上手くいくといいね、なんて残して山田くんは教室を出て行った。
入口で藤堂くんと何か会話していたのが気になったけれど、今はそれどころではない。
上手く、藤堂くんと話せるだろうか。
もう隠しようもないし、なかった事にだって出来ないし、だからこれから話すのは見られてしまったノートの事。
怖い気持ちはあるけれど、もう逃げられやしない。
だって、近付いてくる藤堂くんの目が逃がさないと言っている。

「千早さ、ヤマとの方が話しやすい?」
「はい?」
「だって、今回もだけど……俺よりヤマの事頼るじゃんか!もっと言うと次は要」
「そうですか?」
「そうだろ!俺、一回も相談とかされた事ねーけど!?」

山田くんは兎も角として、要くんに相談とかした事あったっけ?
要くんが勝手にアレコレ言ってくるだけで、別に相談とかした事ないんだけど、なんて言った所で信じて貰えないんだろうなぁ。
と言うか、そもそも藤堂くんの言う相談とやらは、十中八九藤堂くんの事についてなのだから、そんなの本人に言えるかって話なのだが。

「藤堂くんの話を藤堂くん本人にしろって言うんです?」
「ん?」
「その相談とやらは多分、藤堂くんについての事なんですけど」
「マジ……?」
「マジです」
「マジか……あー、なんだ、そっか。俺の事か」

ヤンキー座りをした藤堂くんはガクリと項垂れる。
と言うか、なんだこれ。
まるで嫉妬みたいな……え?ええ!?嘘だろ!?え!?
山田くんの言った言葉が頭の中に蘇って一気に頬が熱くなって、心臓も全力疾走した後のようにバクバク鳴る。
だってまさかそんな事。
でも、もしも本当にそうだとしたら?
山田くんの言うように、本当に本当だとしたら、そしたら…………

「お、男の嫉妬は醜いですよ」
「ば、嫉妬とかじゃねーし!!」
「そうなんですか?」
「〜〜〜〜〜〜っっ。くそ、なんて顔しやがる……あーもう、そうだよ、嫉妬だよ!おめーが俺以外の奴に頼るのが面白くねー!」
「へぇ?そうなんですか。へぇ……
「ンだよ、文句あっか?」
「ないですよ」
「じゃ、いーだろ別に……っ」
「あはは、顔真っ赤ですね?」
「うるせーよ、お前だって真っ赤だからな!?」

ガシガシと頭を掻いた後ビシッと指を刺されて、思わず叩き落とす。
俺の顔が赤いのなんて知っている、だってこんなにも頬が熱いのだから。
あーもう、なんだ、俺達同じなんだ。
そう思ったら心が軽くなった。
それからさっきよりも、もっと心臓が跳ねた。
藤堂くんの手が俺の手を掴んで、それから真剣な目で見詰められる。
フワリ、とどこからか柑橘系の香りまで漂ってきて、これはちょっと、期待してしまうシチュエーションでは?
期待してしまう己をまだそうと決まった訳じゃないと叱咤しながら、けれどやっぱり少しだけニヤける口元は許してほしい。
俺の欲しい言葉をくれるんですよね?
まるでその問いに答えるかのようなタイミングで、藤堂くんが口を開いた。

「俺も、千早の事が好きだ」
「!!」
「だからさ、俺と付き合ってくんね?」

握られた手に力を込めて、軽く首を傾げた藤堂にこれ以上ないくらい、ときめいた。
答えなんてわかりきってる筈なのに、なんでそんな迷子の子供みたいな顔してるんですか。
まさか告白断られるとか思ってます?
そんな事、天地がひっくり返ってもありえないのに。

「本当に、俺なんかで良いんですか?」
「千早がいい。千早じゃなきゃダメだ」
「っっ」
「な、だから付き合って」
…………………………はい」
「しゃっ」

小さくガッツポーズを作った藤堂くんは、眩しいくらいな笑顔を見せてくれた。
そんなに喜んでくれるなんて。
たかだか俺と付き合うって決まっただけなのに。

「本当はもう少し一緒にいたいけど、このままだと手ぇ出しちまいそうだなら先戻るな」

手を出してしまいそう、だと?
それってつまり、恋人的な触れ合いって事?
ボンッ、蓄積されて我慢出来なくなった何かが爆発した。
グルグルと目を回しながらも自分も一緒に戻るのだと告げれば、大きな手が肩に置かれて唇にフニっとした柔らかいモノが触れて離れていく。
と思ったら、口の中にレモンの味を感じて驚き、咄嗟に口を袖口で覆った。
な、なに?
舌を動かしてみればカラコロと丸い物体が移動する。
なんだこれ、飴?

「お前、その飴溶けるまで教室戻ってくんなよ?そんな顔、他の奴らに見せたくねーから」

俺に向かって指差しながらニッと笑って空き教室を出ていく姿に口をパクパクとさせる事しか出来なかった。
そんな顔ってどんな顔だよ。
くそ、言われなくても、こんな状態で教室になんて戻れる訳ないだろ。
カラコロ、口の中の飴を転がすと、甘酸っぱい味が広がった。
藤堂くん、飴食べてたのか。
だから近くに来た時、柑橘系の香りがしたのだと合点がいく。
あーあ、ファーストキスがレモン味なんて迷信だと思ってたのに、本当になっちゃった……

「藤堂くんのバカ」

噛み砕きそうになって、慌てて歯に込めていた力を抜く。
まだ教室に戻るには早い。
藤堂くんのバカ、キライ。
素直になれない俺は、本人がいないのにそんな事を言ってしまう。
誰も、誰も聞いてないのに。
制服が汚れるから嫌なのに、我慢出来なくて床に寝転がった。
目元を腕で隠して、ほんの少しの素直を。

「うそ……、好き」

大丈夫、俺しか聞いていない。

END